第754話 初歩的な占い

「キャス。貴女の言う事ももっともですがあれも危険これも危険と言ってばかりではなにもできないではないですか。今は緊急事態なのですよ」

「…姫様の言う通りだ。可能な限り早急に全てのアイデアを出し尽くした上で、リスクの少ないものから選択してゆくしかあるまい」


エィレの言葉にキャスも不承不承それを認めた。

確かにリスクがあるからと避けていられる状況ではないのだ。

アルザス王国、ひいてはこの地方の人型生物フェインミューブ全体の存亡にかかわる問題なのである。


「そうですね……時間さえあればまた違うのでしょうけれど」


エィレの言葉には実感が籠っている。

彼女は王家の娘として魔族に関することを一通り教わっていたからだ。


魔族は瘴気を好む。

そしてその瘴気は魔族自身からも発せられる。


現在防衛都市ドルムは魔族どもに包囲されていると考えられる。

火急かつ速やかに各国が連合軍を組織し彼らを討ってドルムを救出しなければならぬ。


だが現状魔術による高速通信が完全に遮断され、そして各国への連絡が遅れれば彼らの軍勢の到着が遅れてしまう。

そして連合軍の結成が遅れればそれだけでドルム陥落の危機が加速度的に高まってゆく。


なぜなら時間が経てば魔族が不死身同然ともなる瘴気地が魔族自身から放たれる瘴気によって誕生してしまうからだ。

彼らはドルムをすぐに落とす必要はない。

包囲しながらドルムの兵達を城内に押し込めて、ただ時間稼ぎをしているだけでいい。

ひとたび瘴気地が生まれ、そして定着してしまえば、そのにじみ出た瘴気が辺り一帯を次々に汚染してゆく。

そして周囲が瘴気に染まっていまえばドルムだけでは魔族の軍団に勝ち目がなくなってしまう。


人類の絶対防衛線とは言うけれど、各国の連合軍が十年かけてようやく追い散らした魔族どもをドルム一城の兵士だけで倒し切れるはずもない。

堅牢堅固なその城塞都市は魔族どもとの小競り合いであれば十分な戦力であり、そして同時に魔族どもが総がかりで攻めてきた時は各国が集うまでの間魔族どもに瘴気地を造らせぬよう持ちこたえるだけの戦力を整えているのである。


それゆえ各国への救援要請……連絡手段が断たれ、あまつさえそれにドルム自身が気づいていないという今の現状はかなり致命的だ。

ドルムの命運は風前の灯火と言っていいだろう。


「しかし魔族ども相手に油断するのは問題外だが過大評価しすぎるのも考えものだな。袋小路に入ってしまう」

「まあ連中の知能平均は人型生物フェインミューブのそれよりはだいぶ高いようじゃし、実際わしらが今話し合った程度のことは考慮していてもおかしくはないがの」

「それは打つ手がないのでは?」


ミエの呟きに、けれどシャミルは首を振って否定する。


「うんにゃ。は違うぞ、ミエ。その大層な結界術とてそうじゃ。それだけの規模の魔術となれば大魔術の域じゃ。魔族もピンキリじゃからのう。そのような術を唱えられる者が魔族とはいえそれほど大量におるとは思えぬ」

「なるほど……?」


シャミルの意見はだいぶ建設的に聞こえた。

確かに思いついたからと言って納期が足りぬからとか予算の都合やらで実現戟なかった事は山のようにある。

魔族だとて同じようなもののはずではないか、と考えれば少しは気が楽になろうと言うものだ。


「……今の話を聞いてひとつ思いついたことがあるニャ」


と、そこで壁に背もたれずっと考え込んでいたアーリが口を開く。


「神様に直接答えを聞くような高度な占術はさっきので打ち止めとしてもだニャ。なのはまだ使えるんじゃないかニャ?」


ぱちくり、と目をしばたかせたネッカはぽむと手を叩いた。


「あ、確かにでふね」

「初歩的な占術……って言うと〈魔力探知ソヒュー・ルシリフ〉とかあのあたりです?」

「そうでふね。魔導術の初歩的な占術というと確かにミエ様の仰った〈魔力探知ソヒュー・ルシリフ〉とか、他にも〈鉱物探知クリュー・ルシリフ〉、〈来歴探知コクヴィヒ・ルシリフ〉、それに〈物品探索ルサイズプ・イラセック〉といった目の前のものを調べる呪文が多いでふ。なのでそういうの発想がすぐに湧いてこなかったでふ」

「占い的なもの……?」


今度はミエが目をぱちくりとさせながらイエタの方を見る。


「そうですね…はい、アーリ様が仰る通り聖職者の初歩的な祈りに〈吉凶ウラツァエ〉があります。選択しようとしている行動の吉凶を占う呪文ですね」

「おおー…」

「ただ問題もあります。ネッカ様の仰る通りこれは『占い』なのです。術者の実力次第で若干的中率は上下しますが、基本当たったり当たらなかったりです」

「ちなみにイエタさんが使うと?」

「わたくしですと……だいたい八割程度は信用できるかと」

「十分高いじゃないですかー!?」


思わずミエが真顔で突っ込む。


「そうですね……ただそれでも外れる事は普通にあります。なので普通は重要な選択などの時にはあまり用いません」

「なるほど…二割外れるとなると確かに頼り切りってわけにはいかないですね」


と、そこにひょいと首を…もとい顔を突っ込んできた者がいた。

サフィナである。


「おー……サフィナも知ってる。〈災禍前哨ラロヴ・ヒ・モニ〉って呪文。サフィナ唱えれる」

「あら、イエタさんのとは違う呪文ですね。どんな効果なんですか?」

「にたようなやつ、選択肢思い浮かべて呪文唱えるとそれが安全かどうかわかる。ちょいちょい外れるのもいっしょ」

「へえ! ちょっとずつ違うんですね!」

「ニャ。聖職者の使う〈吉凶ウラツァエ〉の森人ドルイド版かニャ……?」


少々怪訝そうな顔でアーリが呟く。

そもそも今になっても未だサフィナの職業がなんなのか不明なままなのだ。


「それ組み合わせテ使っテミルカ。うちガすぐに連絡取れる国ファルン、グラトリア、それにアルザス王国の王都ギャラグフ新聞社ダナ。試しにそれぞれの呪文デ占っテミロ。水晶球使っテ直接連絡取ル場合ト、エィレの言っテタ魔導師を外に出シテ中継点を設けル奴ト、〈転移ルケビガー〉の呪文デ移動すル場合、全部デタ」

「わかりました」

「おー…やってみる」


クラスクの命令に頷いたイエタとサフィナガそれぞれ呪文を唱え、ひとつの呪文に対しひとつの質問をなげかけてゆく。

その結果……


「ふむ、こうなりおったか」


二人の言葉をネッカが板書し、その結果を眺めながらシャミルが呟いた。


・ドワーフの王国グラトリア王都へ

水晶球での直接通信:安全、かつ凶

中継点を設けるため街の外へ出て通信:危険、かつ吉であり凶

〈転移〉での移動:安全、かつ凶


・ノームの王国ファルン王都へ

水晶球での直接通信:安全、かつ吉でも凶でもない

中継点を設けるため街の外へ出て通信:危険、かつ吉でも凶でもない

〈転移〉での移動:安全、かつ凶


・アルザス王国王都へ

水晶球での直接通信:安全、かつ凶

中継点を設けるため街の外へ出て通信:危険きわまりない、かつ凶

〈転移〉での移動:安全、かつ凶


「「「うん……?」」」


そしてほとんどの者が首をひねった。


「どういうことなんでしょうねこれ」

「確かに妙ですね。ファルンへの連絡が吉でも凶でもないというのは…?」


ミエの疑問にエモニモが同意し、眉をひそめた。


「大前提の話をしまふが、神聖魔術のこうした低位占術の場合、ごく近い未来しかわからないはずでふ。二人ともそれで合ってまふか」

「そうですね。おそらく半鐘楼程度先のことまでしか占えないかと」

「おー、サフィナのもだいたいおんなじ。いちじかん」


イエタは古い言い回しで、サフィナはこの街の新しい時間単位で告げたが、言っている内容に大差はない。

つまりいずれの呪文もだいたい一時間以内に起こり得る内容についての結果だということになる。


「で…サフィナちゃんこれ安全と危険の基準はどうなってるの?」

「おー……おー?」


くくい、と首を傾けたサフィナハ、しばらくしてくくくいと元の耐性に戻った。


「安全は命に問題ない。危険はえーっと…てごわい? 倒せるかもだけど命がなくなる危険あるかもしれないやつ。危険きわまりないのは…こう、


ざわり、とサフィナの言葉に一同がざわめく。


「ニャるほど、水晶球の前で魅了されるのはアーリ達的には的には大問題で致命的ニャけど、命に別条がニャイから『安全』って分類されるわけだニャ? で貴重な伝達役である通信士が魅了されるのは人型生物フェインミューブ的には『凶』ってなるわけニャ」

「そうだな。そして少なくともこれではっきりしたことがある」


キャスが深くため息をつきながら、その占いの結論を簡潔にまとめた。





「我々の街も、魔族どもに見張られている。そして警戒されているということだ」





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