第753話 角度

頭を抱えて呻くキャス。

青ざめているエモニモ。

板書用のペンを取り落とすネッカ。

口をあんぐりと開けクラスクの方を見るシャミル。

くわと瞳孔を縦に開くアーリ。


「それって……かなりまずいんじゃ……」

「ですよね?!」


そして顔を見合わせるエィレとミエ。


「ちなみに水晶玉越しって呪文の行使できるんです?」

「できないでふ! 対象を視認できてても斜線が通ってないでふから! だからこそセキュリティに穴があったわけで……!」

「ですよね!?」


頭を抱えて悲鳴を上げるネッカ。

完全に想定外だったのだろう。

まあ見たこともない初見の魔術相手にここまで詰められただけでも相当優秀ではあるのだが。


「落チ着ケ」

「は、はいでふ!」


クラスクの短い一言にびしりと背筋を伸ばすネッカ。


「ウチの魔導術の一番の専門家ハお前ダ。

「ははははいでふ!!」


べしべし、と己の頬を叩き我を取り戻すネッカ。

それを見守り少し真面目な表情をするラオクィクら他のオークども。

『仕切り』という表現はオーク達にとってその場の統率権と裁量権を意味する重要かつ栄誉な言葉である。

それを与えられた相手を注視するのは彼らにとって当たり前のことなのだ。


「えーっと落ち着いたところでさっきの発言の一部は訂正しまふ。水晶玉越しにも発揮される魔術効果もあるにはありまふ」

「あるんですか!?」

「はいでふ。ただしそれは目標が『術者』の探知系魔術とかでふね。例えば〈魔力探知ソヒュー・ルシリフ〉の呪文を唱えれば、水晶玉越しに向こうの部屋にある魔具の魔力とかを認識する事ができまふ」

「あーそっか、水晶玉越しの相手を目標にはできないですけど対象が術者自身の魔術をかける分には水晶球の手前で魔術行使が完結してるから問題なくって、でその術者の視力? とかが魔術で強化されて水晶球の向こうをその効果で見る、って分にはちゃんと効果があるんですね」

「はいでふ。なのでこちらが十全に防御術をかけた上で通信を行えば、通信先の相手が魅了されたかどうかまでは判別可能でふ」

「ただしそれでは水晶球の向こうの相手が術にかかってゆくのを指を咥えて眺めているだけになる。それ以上はなにもできんな」


ネッカの説明に一言添えたキャスに、アーリやシャミルが不承不承頷き同意した。


「向こうの人に呼び掛けたりとかできないんです? こう隣の人とかに」

「いや、難しいだろうな。魔術通信は基本的に密室で一人で行うものだ」

「そうでふねー。魔導師的には魔具の起動時の合言葉ギネムウィルなんかもあまり魔導師以外には知られたくないと思いまふし、魔術セキュリティの高い部屋に非魔術師が入ればそれだけで探知されたり情報漏洩されるリスクが増しまふ。なので通信士基本一人で通信するはずでふ」

「魔術師じゃない人が入ると探知されやすくなっちゃうんです?」

「そうでふね……常時その部屋の中から動かないなら問題ないと思いまふが、もし外出してしまう場合、外で心の中を〈思考探知クルゲグル・ルシリフ〉の呪文とかで覗かれたら簡単に部屋の位置がバレてしまいまふ。魔術の行使能力がない場合、そうした術をかけられても抵抗以前にそもそも自分が術の対象になっている自覚すらない人も多いでふし」

「あー……そっか、心の中覗かれたらアウトですねー」

「そうでなくとも〈虚偽検知イィク・イスヴィック〉や〈対人魅了ヴェックィブ・ウクァグス〉、〈暗示ヴェオーサイハック〉といった人の心を介して情報を取得する呪文は多いでふ」

「実際歴史的にもその手の魔術防衛上の事故は魔術や部屋の構造そのものではなく参加していた人物の内通や買収といった運用面での問題がほとんどでしたからね。信用の置ける人物であるなら機密に参加する人物は少なければ少ない程いいはずです」


キャスとネッカの言葉を受けて、エモニモが歴史を紐解きながら言葉を継いだ。


「まあ今回はその穴を突かれたわけじゃが」


そして苦々し気にシャミルが締める。


「で、どうする。通信を行ってよしんばこちらの通信役が魅了されなんだとしても応答側がされとったら何にもならんぞ」

「これだいぶ詰んでニャイかニャ?」

「諦めるのは早いですよ! えっと…ええっと……」


ううんと腕を組んで考え込むミエ。


「通信はまっすぐ…その間に魔族さんたちの結界…要は直通の通信ケーブルの中間地点に直接受信機器みたいなのを取り付けてるイメージでしょうか。あまりその手の話は詳しくないのですが……」


ミエは脳内のイメージを構築する。

ちょうど有線ケーブルで繋がったネットワーク環境のようなものだろうか。


「直通路が駄目だとすると…別のルート伝いに連絡を取る、とか……?」

「「!!」」


ミエの言葉にシャミルがハッと顔を上げた。


「なるほどの。今の魔族どもの使っておる術がネッカの推測通りの代物ならその術は魔力のを利用して通信を傍受し通信士どもに術をかけとるわけじゃ。その場合連中の結界はに構築せざるを得ない。ならば別の街を経由することで目的の街へと通信を行う『角度』を変えられる。それならば通信可能というわけか」

「だがそれをもし相手が予期しており複数の結界が準備されていたとしたら、各国に連絡を取るたびにそれぞれの国の通信士を敵の術中に落とすことになるな」


シャミルの気づきにキャスが手厳しい意見を述べる。


「確かにの。もしやすると連中の狙いがまさにそれである可能性すらあるわけか」

「うむ。ギャラグフへと連絡を取らんと行動した結果各国の通信士が全滅となれば目も当てられん」

「せめてそのあたりの確定が取れればそれ前提で行動できるんじゃがな……」


己の顔面を鷲掴みにしつつう~~んと呻くシャミル。


「それならいっそ水晶球を片手に自分達で中継点を作ったらどうでしょうか」


びっと挙手をしてエィレが意見を述べる。


「中継点?」

「そう! キャス! 自分達でその結界だかに引っかからないような位置まで魔導師と水晶球を配置させて、通信角度をこっちから変えてやるの!」

「ふむ、姫様は面白い発想をしよるの。確かにそれは興味深いアイデアじゃな。相手の結界が直線上にしかなく他国と迂闊に連絡が取れんならこっちから経路を屈曲させてやればよいというわけか」

「そうな…そうですシャミル様! これならいけますよね!」

「ふむ、確かに理屈の上ではそうなりますな、姫様」


エィレの意見に一応の納得を見せるキャス。


「じゃあじゃあ……!」

「ですが姫、相手が仮にこちらと王都の通信を行う位置を把握できていなかった場合、その結界は相当に広い範囲で張られている可能性があります。術の範囲は術者の魔力により、魔族は高い魔力を有していますので。そしてもし相手が王都の近くに陣取られていた場合、多少位置をずらした程度では結界にからめとられてしまう危険が」

「ならなら! もっと遠くまで……」

「駄目ですよエィレちゃん」


途中まで言いかけたエィレの言葉を止めたのは珍しくミエの一言だった。


「ミエ、さん…様」

「さんでいいですけど……お忘れですか。エィレちゃんがこの街で襲われたこと。あれが魔族の仕業かどうか現在ですが、この街が警戒されているのは間違いないと思います。迂闊に連絡役の方を街の外に出すのは……」

「それなら呪文で瞬間……! あ……」


そこまで言い差して、エィレの言葉が止まった。


「そっか……この街が警戒されてるなら、そもそも呪文も……!」

「……そうでふね。対策されている危険がありまふ」


魔術的な通信が封じられる。

ドルムと同じことが、この街にもされている恐れがある。


ということは、ドルムから〈転移ルケビガー〉で飛び立った魔導師が戻らない、というその状態も、この街の周囲に同様に張り巡らされている危険があるということだ。





ミエはあらためて……背筋を寒くした。





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