第752話 クラスクの指摘
その結論を聞いて、キャスとシャミルが頭を抱えた。
「なんてことじゃ……想像以上に厄介なことになっておるの」
「ああ。これは魔族どもがその気になれば
「おー…お馬さんとかじゃ、ダメ……?」
サフィナがくりっとした瞳で問いかけるが、シャミルとキャスは同時に被りを振った。
「確かに古来よりの情報伝達手段として早馬は常套手段ではあるし今でも有用性は高い。今回もこの街にドルムの危機が伝わったのはその早馬のお陰だ。ゆえに次善の策として有用なのは間違いない。間違いないのだが……」
「サフィナや、考えても見よ、魔族どもが群れておったらその地はどうなる」
「おー……? くろいこわいけむりがもやもやする?」」
「お主にとっては瘴気はそういう認識か……そうじゃ、魔族がその場におるだけで瘴気が放たれその地は汚染される。仮にドルムの籠城が上手くいっておって城が落ちんでも、魔族どもにとってはそれで十分なのじゃ。時間をかければかけるだけその地に瘴気は充ちるでな」
「そう、シャミルの言う通りだ。そして瘴気が根付きその地が瘴気地となってしまえば魔族どもに負けの目はほぼなくなる。かつて北部の
二人の言葉に他の円卓の面々がしんと静まり返った。
相当に危険な状況なのはその場にいる誰もが肌で感じていた。
「強イ相手ガモット強クナルノカ。面白ソウダ」
「デモヨー、兄貴ガブン殴レバイイダケダロ?」
「ダベダベ」
ただ魔族どもとの戦いの経験や他国との共闘の記憶もないオークどもだけはどこ吹く風であったが。
そんな中……最初から一切ブレていない人物が一人だけ、いた。
「厄介ナのハわかっタ。ネッカ、対策ハ取れルのカ」
そう、この街の太守、クラスクである。
「は、はいでふ! そうでふね……」
ネッカは慌てて状況を確認する。
「効果が魅了と断定できるなら精神効果でふから精神抵抗を高める魔術で対策が打てまふ。魔導術にも神聖魔術にも精神抵抗を高める呪文は多いでふから重ね掛けすれば効果が高められまふ。ただその手の呪文は種別が[高揚]で同系統の種別の呪文は補正が累積しないのでそこは気をつけないとでふが……」
「む、そうか。そもそも心術の一種なら抵抗してしまえば問題ないわけか」
「はいでふキャス様。ただ本来の魅了…〈
「完全に無効にはできニャいのかニャ?」
「高位呪文にはそういう呪文もありまふが、残念ながら現在この街の学院には所蔵されてないでふね。心術の専門家のような方なら知ってると思いまふが、うちの学院には在籍してないでふし」
「ふむ、そして別の学院から調達しようにも〈
「はいでふ」
「そうですねえ……少なくとも最初の一回は危ない橋を渡らないといけないってことですか」
「金で解決できる問題ニャら簡単ニャんだけどニャー」
「うちお金だけはありますもんね」
ただ、一同の懸念ほどには当のネッカは困っていないようだった。
「でふが……魅了されたらされたで対策は打てまふ」
「え? そうなんですか?」
「この呪文の肝は通信している対象をダイレクトに魅了することにありまふ。そして最初に魅了されてしまえばそれをほ誰も疑えずに、魔族に丸め込まれて時間だけ浪費してしまうところでふ」
「そうですね、さっきそう仰ってましたものね」
「はいでふミエ様。でふがネッカたちはあらかじめ疑ってかかった状態で通信ができまふ」
「「「あ………」」」
「精神抵抗に失敗してもすぐに魅了状態か判断できまふし、魅了状態であれば神聖魔術で治療ができまふ。魅了されているとわかってさえいれば対策は取れるんでふ」
「そっか……面倒な効果なら治しちゃえばいいんですね!」
魔術戦の厄介さと互いの術の応酬にミエが目を丸くしながら感心する。
「それは…近くにいる者もまとめて魅了されたりする危険はないのか」
「絶対とは言えないでふが……おそらく今回の効果は通信を行うという行為自体が魔術罠の発動条件だと思われまふ。つまり対象の魔術効果に接触するのは通信を行った本人のみかと。このあたりが占術で補強できれば心強いんでふが……」
「申し訳ありませんネッカ様。これ以上神にお伺いを立てるのは…」
「でふよね」
そんなやり取りを聞きながら…ミエが不思議そうに疑問を口にする。
「あれ? でもねネッカさんも〈
「ネッカがすぐに連絡を取れるのはドワーフの神性であるヌシーダ様くらいでふ。ヌシーダ様は今回の件とは分野が違うんでふ」
「分野……?」
「『権能』でふね。前にも言ったでふがその神が与える加護の方向性みたいなものでふ。
「あーそっか、そうでした。要は専門外ってことですね」
考えてみれば以前ネッカが〈
いずれも山の神であるヌシーダにとって専門中の専門分野である。
だが今回はそうではない。
多神教ゆえそれぞれの神に得意分野が分かれているぶん、神とはいえ全知全能というわけではなく、どうしても得手不得手が出てきてしまうわけだ。
「イエタさんが神様にまたお伺いできるようになるのは……」
「早ければ明日ですが、おそらくは数日後になるかと…」
「ううん、じゃあ今はこれ以上詳しくはわからないわけですか」
「そうなりまふ。でふが事前にしっかり準備しておけば抵抗するのも解除するのも十分可能なはずでふ」
「そうですねー。ならできる限り急いでクラスク新聞のギャラグフ支部に連絡を入れて号外を……」
「待テ」
とりあえずすぐにでも王都へと連絡を取って新聞を……となりかけた空気をクラスクが制した。
「旦那様?」
「マダ対策聞イテナイ」
珍しくこれまでの話の流れを聞いていないようなクラスクの発言に一同の動きが止まる。
「どうしたのだクラスク殿。今の話を聞いていなかったのか」
「は、はいでふクラ様。防御術があれば対策は……」
だがキャスとネッカの言葉にもクラスクの表情は動かない。
「……旦那様? まだ気になることがあるんですか?」
ミエの確認の言葉に、クラスクは難しい顔のままこくりと肯いた。
「魔術ッテノハあれダロ、水晶球ノ」
「はいでふ」
「水晶球デ連絡取り合ウ」
「そうでふ」
「俺魔導術ニ詳しくナイ。デモネッカの話ダト今回魔族ドモガ使っテル術ハ通信用の占術ノ魔力ノ流レ利用シテ罠張っテルッテ事にナル」
「はいでふ」
「オーク族がそれだけ理解しとって詳しくないもないものじゃ」
シャミルの皮肉にも、クラスクの寄せられた眉は変わらない。
「もしソイツが『魔術ノ行使者』デナク『魔術ノ通信』? アー…通信時ノ魔力ノ流れ? みタイな奴標的にシテル場合、こっちから連絡取っテ通信相手ガ返信シタ時点デ、向こう側ノ通信士ガ側魅了されルミタイナ事ナイカ」
「「「あ………っ」」」
「水晶球越しに防御術トカ状態異常を治療デキル呪文ナイト、イクラこっち側ガ治療魔術ノ用意シテテモ魔術デ連絡取っタ時点デ詰みにナらナイか」
「「「ああああああああああああああああああああああああ!!!」」」
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