第755話 不穏な預言

「〈転移ルケビガー〉が全部『安全』かつ『凶』っていのは…命に別状はないけど良くない状態になる、ってことだから…」

「おそらくドルムで消息を絶った魔導師と同じく。魔術的な拘束を受けるのだろう」


キャスの返事にミエが頷く。

彼女の考えるところも同じだったからだ。


「じゃあグラトリアとギャラグフに連絡するのは凶なのになんでファルンは『吉でも凶でもない』なんでしょうか」

「中継点を設けても設けなくても二つの占いの結果が変わらぬ以上、おそらくファルンと連絡を取ることはこちらのメリットにならないのだろう。単に低位の占術ゆえ術が失敗している可能性もあるが」


ミエの疑問にキャスが答えるが、キャス自身もはっきりとはわからぬようだ。

情報が少なすぎるので即断できぬ、というところもあるのだろう。


「何もそう難しく考える事はない。単にノームの国ファルンに連絡する価値がないだけじゃ」


けれど……その理由にいち早く辿り着いていた者がいた。

シャミルである。


「ええっとそれは…ノーム族が戦いであまり役に立たないからとか…?」

「まあ確かにの! 体は小さい上に戦争よりは研究という輩ばかり多いゆえ長期の戦ならいざしらず短期決戦ではあまり役に立たんじゃろな! やっかましわ!」


自分自身にツッコミを入れるシャミル。


「じゃが今言うておるのはそういう話ではない。ほれネッカ少しどいてくれんか」


椅子から立ち上がったシャミルはかつかつと黒板の前まで歩き、そこでネッカからペンを受け取り図を描いてゆく。


「ファルンの位置はこの街の西でここ、アルザス王国の王都ギャラグフはここじゃから……ミエ、ここから何が見ゆる」

「ええ……? えーっと位置的にこう……あ」


シャミルの描いた地図を見てピンと来るミエ。


「ファルンの王都とこの街とギャラグフがほぼ直線状……!」

「じゃな。つまり仮にファルン王都と連絡が取れたとしても、ギャラグフに直接連絡は取れんわけじゃ。同じ結界に引っかかるからの」

「あれ。でもファルンに連絡することは凶にはならないってことは結界が張られてないって事でしょうか。それならうちからファルンに連絡とってそこから各国に連絡できるってことじゃ……?」


ミエの言葉にキャスがフム眉根を寄せる。


「仮にシャミルが先刻言った通り魔族どものその結界術が高難度ゆえそうそう簡単に用意できんと仮定すると、直接アルザス王国へと連絡できんファルン側への警戒を切っている可能性はある」

「ですよね?」

「が……単純にそうだとも断定できん。呪文でわかるのは一時間以内の吉凶だけだからな。なにせのだ」

「ああ、確かに」

「だが選択肢の一つとしては抑えておくべきだろうな。他に何かないか」

「隊長、この中ですとグラトリアへの中継点だけ『吉』かつ『凶』になっていますね」

「隊長ではない」


いつもの返しをするキャスだったが、エモニモの言葉には頷いた。


「そうだな。今回の占術の中では唯一『吉』でもある結果が出ている。危険もあるが打つべき価値があると見ていいだろう。確かにそれも考慮すべきだな。他には」


全員で意見を出し合う中、ミエはサフィナにちらりと視線を向けた。

そのエルフの少女は時折なにか思いついたことを述べつつも、どこかぼーっとした様子で会議を眺めていた。

こう……どこか俯瞰したような姿である。


「サフィナちゃんサフィナちゃん」

「おー…なに?」

「サフィナちゃんは何か見えたりするの? こう…今の状況というか…」


最近はネッカやイエタの占術のお陰でだいぶ助けられているけれど、そもそも魔術のまの字もよくわかっていなかった当時はそうした手合いはほぼサフィナの直観に頼っていた。

実際今思い返しても相当な鋭さで、軽い預言と言っても過言ではないレベルだったのだ。

もしかしたら今回も何か見えているのだろうか。


サフィナはミエの方に振り向くが、その瞳はミエの目を見ていない。

というか、そもそも焦点が合っていないように見える。


「サフィナちゃん……?」

「かだん」

「かだん……花壇? 花壇ですか? サフィナちゃんが街のあちこちに造ってますよね。その花壇がどうかしたんですか?」


以前の…赤竜討伐より後、まだエィレが外交官として赴任するだいぶ前、サフィナの発案で街に花壇がつくられることとなった。

ちょうど中街の再開発が進んでいた頃だったため計画にも組み込みやすく、また街の美観を整えるのにも良いということで採用され、結果今のクラスク市にはあちらこちらに美しい花壇があって季節の花々が住民や旅行者の目を楽しませている。


普段の花の世話自体は街の住人や衛兵などが行っているが、その統括は当然サフィナであり、また本人もすべての花壇に足げしく通っては世話をしているようだ。

だが今の状況と街の花壇と何の関わりがあると言うのだろう。


「いざというとき、最後のしゅだん……」

「ふえ? か、花壇がですか?」

「まちはそのすがたをかえ……」

「変えちゃうんですか!?」

「もうにどともとにはもどれない」

「なんか怖いこと言ってませんー!?」


ミエの叫びと共にぱちち、とサフィナガ瞬きをして、その瞳に焦点が戻る。

そして目の前にいるのがミエだと気づくと、顔を上げじいと彼女の瞳を覗き込んだ。


「えーっと……サフィナちゃん?」

「おー……まちがえた。なんでもない」

「なんでもないって言うにはずいぶん気になる内容だったんですけど!?」

「だいじょうぶ。それ今じゃない」

「じゃあいずれ来るってことじゃないですかー!?」

「おー……めがまわる」


ミエがサフィナの両肩を掴みゆっさかゆっさかと揺らすが、サフィナの瞳に焦点が戻ったせいか先ほどの話はまるで語らなくなってしまった。

一時的なトランス状態だったのだろうか。


「おー……それよりすこしかくにん。どーぶつに伝言頼むのは、ダメ?」

「動物に? 伝言?」

「そう。ネズミさんとか、リスさんとか、鳥さんに伝言頼む」

「……素敵ですね。サフィナちゃんそんなことできるんですか?」

「おー…できる。

「あるんですか!?」

「む! 〈動物伝言サキャラッル・ミレイ〉か! なるほど……その手があったか!」


驚くミエの背後でキャスが手を打った。


「御存じなんですか、キャスさん」

「うむ。森人ドルイドの用いる精霊魔術の一種だな。小鳥や栗鼠などの小動物を呼び寄せ、彼らに伝言を頼むのだ。指示された獣が直接現地へと赴き、目的の対象に伝言を伝えてくれる呪文だ」

「なにそれかわいい!」

「知ってる! 知ってます!! 絵本に出てきたやつです!


小さな動物が枕元にやってきて可愛い声でメッセージを届けてくれる様を想像しミエが思わず黄色い声を上げ、物語をそのまま表したような呪文にエィレが興奮する。


「……なるほどニャ。それもしかしたら今回のケースの特攻にニャるかもしれないニャ」


アーリがきらんと瞳を輝かせ、ネッカの方に目を向けた。


「今回罠が張られてるのは、そうだニャ?」

「! そうでふ! 魔力による通信が直線状に進むことを利用した魔術罠の一種と考えられまふ! 獣による伝言は相手の罠には引っかからないはずでふ!!」


おお、というどよめきが一同から漏れた。


「じゃあじゃあ通信問題は解決……!」

「していない」

「ふえ?」


ぱああ、と顔を輝かせるミエに、だがキャスが釘を刺す。


「でもでも! これで通信はできるんですよね?!」

ではない。だ。あくまでこちらから状況を伝えられるだけだ。それぞれの街に森人ドルイドがいるわけではないのだ。彼らは文明を嫌うからな」


そもそも仮にサフィナが森人ドルイドだとしてなぜ街中で平気で暮らしているのかが不思議なのだが、そのあたりは緊急事態に付き後回しにされた。


「それでも今の状況を伝える事はできるんですよね?」

「できる……が、問題は時間だ。鳥獣に伝言を頼む以上、どうしても瞬時に連絡、というわけにはゆかん。あの呪文は大型の渡り鳥などには使用できんから王都へと送る最速の連絡は小鳥あたりになるだろうが、それでも休息しながら数日はかかるだろう。一刻も早く連絡を取りたい現状ではのだ」

「あ……」


思わず失意の声を上げるミエ。

だがキャスはそれでも力強く頷いた。






「だが悪くない。悪くないぞ。相手に止められる危険の少ない連絡手段がひとつ確保できた。とりあえずこれで連絡を入れつつ、さらに最善の策を探ろう」






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