第749話 女神の啓示

「〈交神オーマニグ〉って確か赤竜さんの攻略の時アーリさんがいっぱい使ってもらってませんでしたっけ?」


仮にも多少とはいえ寿命が縮んでしまうような呪文を知らずに多用させていたとしたら心苦しいことこの上ない。

ミエは不安そうにネッカに尋ねた。


「いえ、〈天啓ミュージマパゥ〉あたりをメインで使ってたんじゃないでふかね。あの時イエタ様は『女神さまの御機嫌を損ねない範囲で』と言ってたでふ。高位の聖職者は神にとっても希少でふから、そういう身を滅ぼすような呪文の使い方を許してくれるとは思えないでふから」

「それならいいんですが…」


そんな会話をしている内に、どうやら準備が整ったようだ。

円卓の真の床に簡易な祭壇を造り上げたイエタがそこにひざまずき目を閉じて両手を合わせている。

神託を受けるための姿だ。


「では……女神へ伺いたきことがあれば、どうぞ」


交神オーマニグ〉は神へ直接質問を投げかける事ができる希少な占術であり、唱えられる者はなかなかいない。

またいたとしても軽々しく質問を乱発する事はできぬ。


答えているのは神本人(本神?)であって、幾度も手を煩わせれば機嫌を損ねかねないし、この奇跡を行使するたびに高位存在との精神的アクセスで術者の余命がわずかながら失われてゆく。

だがイエタはそうした己の不利益などおくびにも顔に出さず落ち着いた雰囲気を保っている。

ミエにはそれが少し信じられなかった。


「では女神さまに伺いまふ。先刻頂いた天啓の『道を誤った者』には、ドルムの通信士である魔導師が含まれていまふか」

「はい」


ネッカの質問と、イエタの口から洩れた答えと。

その両者に円卓の一同がざわりとざわめく。


「続いて伺いまふ。その『道を誤った者』には、アルザス王国王都の通信士である魔導師が含まれていまふか」

「はい」

「なに……?!」


そしてネッカの二つ目の問い、そしてイエタの…女神の返事に、キャスが僅かに動揺する。

そしてそれを聞いていたミエはネッカの尋ね方に感心した。


もし最初の質問が「先刻頂いた天啓の『道を誤った者』は、ドルムの通信士ですか」だった場合、答えは『定かならず』と帰ってきたことになる。

なぜなら『道を誤った者』は実際には複数いて、ドルムの通信士だけを指定した場合その十分条件を満たしていないからだ。


だからネッカはまずドルムの通信士が条件にか尋ねた。

違うならまるで別の啓示だったことになるし、もしそれが『是』と返ってきたのならその路線で話を勧めればいいのだから。

細かいようでいて、なかなかに重要なテクニックである。


「続いて尋ねまふ。彼らが道を誤ったのは魔術の効果によるものでふか」

「はい」

「その魔術の系統は心術でふか」

「はい」

「支配効果でふか」

「いいえ」

「…では魅了効果でふか」

「はい」

「……………!?」


次々に放たれるネッカの質問、そしてイエタの口を通して語られる女神の答え。

それを聞きながらキャスがあからさまに眉をひそめる。


「魔術……魅了の魔術だと?! いったいどこからのだ!」

「…どういうことです?」


ミエの言葉にキャスは大きくかぶりを振った。


「精神に影響を及ぼす心術などの系統は基本的に呪文だ。以前赤竜討伐の時にも話したが基本的には相手を視認しかつ射線が通っている必要がある。だが各城の通信士は厳重な魔術セキュリティの施された窓のない部屋の中で通信を行っているし、通信士と接触を取る者も信用のできる者を幾重もの魔術的なチェックで精神操作や他人が変身魔術で化けていないかなどを確認している。魔族が通信使と接触する余地も認識する余地もないはずだ」

「それについての確認を……今からしまふ」


キャスの叫びを静かに受けたネッカが……

次の質問を投げかけた。


「魔族はドルムからの通信を魔術により傍受してまふか?」

「はい」

「王都ギャラグフ側からの通信を魔術により傍受してまふか」

「はい」

「それは城にかけたり城を範囲に含めた呪文でふか?」

「いいえ」


そこまで答えたところで…イエタが静かに目を開ける。


「次が最後の質問です」

「! あと二つか三つ聞きたかったんでふが……わかりましたでふ」


小さく深呼吸をして、ネッカが最後の質問をぶつける。


「通信士たちがかけられている呪文効果は……魔族が通信傍受に使用しているでふか?」

「……はい」


最後の答えに……一同がざわりとざわめいた。


がくり、とイエタが体勢を崩す。

元々床に膝立ちしていたのだが、ふらりと状態を揺らし片手でその身を支えた。


だがそれも長く続かず、そのままゆっくりと倒れ込みそうになって……そしていつの間にかに彼女の隣にやってきていたクラスクに抱き留められる。


「クラスク様……」

「よくやっタ。少し休んデロ」

「もうしわけ……ありません……」


だいぶ疲労したのだろう。

弱弱しい声でそう答えるイエタをお姫様抱っこして、クラスクが彼女を壁際まで運んでゆく。

そして衛兵に命じシーツを持ってこさせ、壁に背もたれさせながらそっとその上からかけてやった。


「イエタ疲れタ。しばらく寝ル」

「お疲れさまでした!」


ミエがぴょこんと大きく頭を下げ、クラスクがどっかと己の椅子に座り直した。


「…デ、今のデ何がわかっタ」

「はいでふ」


ネッカは目尻を上げて再び黒板へと向かった。


「魔族が使用しているのはおそらく自分達の精神感応を応用した結界魔術でふ。設置場所はドルムとギャラグフを結ぶ。現時点では不明でふ」

「お城にかけてるわけじゃないんですね…」

「はいでふ。全ての魔術にはそれを起動・維持するための魔力が必要でふ。持続時間がある呪文であればその魔術のがそこに現われまふ。城のような防衛拠点なら定期手に〈魔力探知ソヒュー・ルシリフ〉で見回りしてまふから…」

「なるほど。すぐにバレちゃうわけですか」


ふむふむ、と納得しながらミエも考える。


「てことは最初の〈転移ルケビカー〉をで転移した相手が帰ってこないって言うのも……」

「はいでふ。おそらくは」

「でもこう…なんでしょう。通信も瞬間移動も一瞬の事じゃないですか。それを検知して防ぐとかできるんです?」


ミエの素朴な疑問にネッカが丁寧に板書しつつ説明する。


「……先ほど『無魔空間ユィカソヒュウー・フォーエン』の端と端での魔術通信ができなかったって話をしたと思いまふ」

「はい。されたと思います」

「『無魔空間ユィカソヒュウー・フォーエン』の内側同士なら問題ないんでふ。互いの魔術が効果を発揮せず通信ができなかったってことでふから。でも『無魔空間ユィカソヒュウー・フォーエン』の外側同士で通信ができないのはおかしな話でふ。互いの魔力は普通に使えるはずなんでふから」

「…そうですね。言われてみれば確かに」

「ここからわかることは、通信などの魔術は連絡相手との間を最短経路で繋ごうとする、ってことでふ『無魔空間ユィカソヒュウー・フォーエン』の対岸との通話はその最短経路に魔力のない空間だったため通信を伝える魔素がなく、途中で通信自体が消え失せたからと考えられまふ」

「なるほどー……ってことは……通信相手がわかっているならその中間地点に壁みたいなものを張っていれば……ってことですか?」

「おそらくは。今回魔族たちが使用したのはそういう呪文だと思われまふ」

「「「おおー」」」


ネッカの説明に一同が感嘆の声を上げた。


「だがちょっと待ってくれ。王都とドルムの間になんらかの大規模な結界を展開させ互いの通信を傍受する……そこまではわかる。だが先ほどの答えがまだだ。通信士はのだ」

「通信でふ」

「なに……」


キャスの問いかけに…ネッカが静かな声で答える。






「術者が対象を視認しなくても、呪文がありまふ。いわゆる『魔術罠』と呼ばれる呪文群でふね。おそらく魔族たちが開発した呪文はそうした効果を持っていて、通信士が魔術的な通信を行い、魔族たちの結界に引っかかった時点で魅了の魔術を流し込まれていると考えられまふ」






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