第750話 対通信魅了

「魅了……?! だが対象を……いや確かに魔術罠の一種と考えれば……?」


キャスが真剣な表情で己の顔面を鷲掴みにしつつぶつぶつ呟く。


「ええっと……お話がよく見えないのですが、対象を取る取らないってのがそもそも? なんですけど」

「ええとでふね…」


ミエの質問にネッカが黒板に三つの丸を描きその内に文字を記してゆく。


「ほとんどの呪文には『目標』がありまふ。目標は大きく分けて三種、すなわち『術者』『単体』『範囲』の三つでふね」

「『術者』『単体』『範囲』……」

「はいでふ。『術者』は呪文を唱えた術者にしか効果がない呪文でふ。〈鉱物探知クリュー・ルシリフ〉〈来歴探知コクヴィヒ・ルシリフ〉〈魔力探知ソヒュー・ルシリフ〉など探知系呪文のほとんどがこのタイプでふね」

「あー…言われてれば今まで探知系の呪文を他人に付与することってなかったですもんね」


これまでネッカが唱えた呪文を思い返しながらミエが呟く。


「とすると神聖魔術の〈状態確認ティセスト〉とか〈邪悪探知 リューポ・スゴソゥ〉とかも?」

「はいでふ。あとは〈魔楯フキォッグ〉などの一部の補助呪文や防御呪文なんかもこの範疇でふね 」


板書をしながらネッカが説明を続ける。


「『単体』はその名の通り1つの対象に対して効果を発動させる呪文でふ。様々な系統の多くの呪文がこのタイプになりまふ。対象も『生物1体』『建物1つ』『武器1つ』など呪文によって様々でふね」

「あーなるほど。建物にかける呪文とかさっき言ってましたもんね。あれもカテゴリで言うなら『単体』ってことですか」

「はいでふ。で最後に『範囲』でふ。これは基準点から半径何フースとか、縦横高さがそれぞれ何フースずつとか指定して使う呪文でふ。値は詠唱時に引数として渡され、どれだけ大きな引数を渡せるかは術者の実力と魔力次第、ということになりまふ」

「ふむふむ。弱い術者が無理に大きな引数を渡した場合は…?」

「呪文によりまふが大体の場合当人の魔力いっぱいまでの範囲に効果が発揮されて終わりでふね」

「あー、制限に引っかかるみたいな?」

「でふでふ。それもあって大抵の場合魔導師は引数にすごく大きな数値を渡すことが多いでふね。そうすれば常に当人の魔力制限いっぱいの最大の効果範囲になりまふから」

「おー、なるほどー。マル秘テクニックみたいなやつですね」


つまり強力な術者が小さな数値を渡すことで範囲を調整し狭める事もできるが、未熟な塾者が無理して大きな引数を渡しても当人の魔力の限界までに範囲が限定されてしまうわけだ。

ミエは新たに得た知識に納得しこくこくと頷いた。


「このうち目標が『単体』の呪文がいわゆる『対象を取る呪文』ということになりまふね」

「ふえ? 目標が『術者』の場合も一応対象取ってますよね? だって『対象:自分』てことですよね?」

「言葉の上ではそうなりまふが、違いまふ」

「違うんです?」

「はいでふ」


ネッカが黒板になにやら円を描き、その内を二つに分割する。


「魔術は『条件』と『効果』の組み合わせで構成されてまふ。『条件』というのは射程とか範囲とか持続時間とか今説明した目標とかで、『効果』というのはその呪文の内容でふね。でこれは魔術式上分割することができるんでふ」

「へえ!」

「『目標を定める』というのは魔術の手順上『条件』の一種なんでふが、魔術式でこの手順を省いた場合自動的に対象が『術者』になるんでふ」

「あー! つまり『目標:術者』って言うのは言い回しの問題で実際には『目標:なし』ってことなんですね?!」

「はいでふミエ様。例えば竜種や魔族が持つ『魔術結界』は目標にされたり目標の範囲に含まれていたりする場合その呪文を阻害しまふが、『対象:術者』の呪文を自身で使用する分には魔術結界はそれを弾かないんでふ」

「ああ! 対象が術者の場合目標がないからですね!」


新たな知見を得て瞳を輝かせぽんと手を叩くミエにネッカがこくりと頷く。


「はいでふ。少し長くなったでふがこの『目標:単体』という呪文がいわゆる呪文となりまふ」

「なるほど……?」


納得し頷いた上で、ミエは先ほどの話をもう一度考える。


「ええっと対象を取るってことは相手を視認する必要があって、さらにその相手に呪文を発揮させるためには射線が通っていないとならない……?」

「基本的にはそうなりまふ」

「で今回の場合通信士さんが魅了されてるわけですから術の対象は通信士さんとして、でも魔族さんが誰かに化けて城内に侵入するのは難しいし、外から通信士さんを視認するのも射線を通すのもまず不可能、と。じゃあどうやって通信士さんを呪文の標的にしたのかって話なんです?」

「そうなりまふ」

「それが……さっきの質問からわかるってことですか?」


ミエの疑問に頷いたネッカは、板書と説明を再開した。


「魔術の中には対象を取りはしまふが術者がその対象を認識する必要がない呪文が若干でふが存在するんでふ」

「ふぇ? そんなのいったいどうやるんですか?」

でふ」


ネッカがカツカツと黒板に呪文を書き並べてゆく。


「〈紋章ケピュイック〉と呼ばれる系統の呪文は壁などに刻んだ紋章を目にした時対象に効果を発揮しまふ。呪文によって効果は様々で、例えば相手を発狂させたり、永遠に眠らせたり、単純に殺したりとかでふね」

「なにそれこわい!」

「この呪文の『目標』は術を唱えた瞬間であれば『紋章ひとつ』、という単体になりまふ。でふが実際にはその紋章自体が『紋章を視認した相手』という対象を取りまふ。このように誰かがその術に対して特定行動を取り条件を満たした際、ことを『二次対象」と呼びまふ』

「おおー……?」


ネッカの言わんとしている事を反芻したミエは、己の内にそれを落とし込む。


「なるほど……? 『術者』が『視認する』っていう本来の魔術のを逆用して『対象』が術を『視認する』ことでわけですか」

「流石ミエ様理解が早いでふね!?」


ミエの解釈に驚いたネッカが目を丸くした。


「理解が早いでふね!!」

「なんで二回言うんですか。なんで二回言うんですか」

「素直に驚いたからでふ」


少し興奮から冷めたネッカが素直な気持ちを告げる。


「ともかくそうした発動に条件をつけることで『術者が視認していなくても対象を取ることができる呪文』が今回使われたと推測されまふ」

「ええっと……つまりドルムから王都、あるいは王都からドルムに通信するとその通信自体によって通信士さんが目標に取られて魅了されちゃう的な……?」

「でふ。おそらくは」

「で……その魅了ってそもそもどういう効果でしたっけ。確かスフォーさんが巨人族の村から戻った時の報告でちらっと聞いたような……相手を一目惚れさせ得る呪文とかじゃないんですよね」

「違いまふね。魅了とは付与さ対象がその術をかけた術者のことを『とても親しい対象』と感じてしまう[精神効果]効果でふ」

「親しい対象…こう親友とか古馴染み的な?」

「はいでふ。なので術者の話すことも自分のことを気遣ったとても信用のおける話に聞こえてしまうんでふ。ただ命令を順守させる効果があるわけではないので無茶な頼みはできないでふが」

「なるほど……?」


ミエは腕組みをしながらむむむ…と上体を傾げて今回の件について考える。


自分にとってとても信用のおける言葉に聞こえる…ただそれはあくまで提案であって命令ではない。

ならば例えば『健康のために食事は肉を多めにした方がいいよ』のような提案は受け入れられるかもしれないが『死んだ方がいいよ』という提案は受け入れられないことになる。

それは当人の生命にかかわる問題で、無茶な命令に当たるだろうからだ。


「となると……ドルムからの通信には『ちゃんと援軍は送ったよ。だから心配せずに待っていてくれ』とか言って、ギャラグフからの通信には『特に問題はないよ。だから安心して』とか返事をすれば通信士さんはころっと信じちゃうってことですか?」





ミエの言葉に……多少顔を青ざめさせたネッカが、こくりと頷いた。





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