第743話 魔導師の使い方

「これらの対転移対策呪文は強力でふが、基本的に術者が指定した範囲にかけてに対して作用する呪文でふ。でふがもし今回ドルムでの魔導師が転移したまま帰ってこない、という事象がこれらの呪文の亜種と考えるなら、その効果はこれまでの呪文では説明がつかないでふ」

「なるほど。つまり城内に転移しようとする相手への対策、ではなく場外に転移しようとする相手への対策呪文、というわけか」

「でふでふ」


キャスの言葉にネッカが頷く。


「なんで今までそうした呪文がなかったんですか?」

「あまり意味がないからだろうな」

「ふえ?」

「戦争が起きて攻城戦が発生していると思ってくれ、ミエ。城から魔導師を転移でいなくなるのはどういう時だ」

「ええっと……兵隊さんとかごはんとかを要請しに行く時?」

「あとは魔導師が個人的に逃げ出すときですね」

「ちょ、エモニモさーん!!」


背後からの台詞にミエが驚いて振り向くが、その場に集まっている一同からは特に意外そうな反応は見られなかった。


「ほとんどの魔導師は研究費用の為に従軍してるだけでふミエ様。忠義や愛国心で参戦してるわけではないんでふ」

「あああああそれはそうかもしれないですけどー」


それでもやはり城内の仲間を見捨てて逃げ出す、というのはミエの感覚的にあまり受け入れがたいようだ。

彼女としてはそもそもその発想自体が出てこなかったのだろう。


「まあ防衛側にとっては逃げ出すのは論外としても、基本的にはミエの言う通り援けや援助を要請するためになる」

「ですよね」

「ふえ……?」


キャスの言っている意味が、ミエには最初よく理解できなかった。

ミエはそうした戦の有利不利といったことについてはとんと疎いのである。


「転移呪文が使える魔導師という事は相当に有力な魔導師、ということになる。防御側にそのクラスの有力な魔導師がいなくなるのならそれがたった一人であっても、攻城側としては有利なのだ。たとえ転移が一瞬だろうと、用事が一瞬で済むわけではないからな」

「あ……」

「もちろん増援が来たら不利だろう。だが魔導師と違って通常の軍隊は準備して出立し現地に赴くまで時間がかかるものだ。そしてこれを魔導術によって瞬時に送り届ける事はできん。相手の戦力が増えるまで時間的な猶予があるわけだ」

「なるほど……?」

「攻城側としては高位の魔導師が出てゆく分には問題ない。外部からの援助を取り付けるだけ取り付けた上で戻ってこられたら損、他の強力な魔導師を増援として引き連れて戻ってこられたら大損というだけだ。だから攻城側が使用するのも防衛側と同様だけで十分なのだ」

「あ……あー!」


そこまで言われてようやくミエにも理解できた。


なんらかの理由によって占術による通信が不可能になったり無意味になった時、転移魔術などによって城の状況を伝える必要が出てくる。

だが食料なり軍備が届くまでには時間がかかる。

そして強力な魔導術を唱える魔導師が一人減った。


攻城戦に於いて防衛側の対魔術防御力が低下すると言うのはかなり致命的な事である。

中位以上の魔術が使える魔導師が一人減ると言うのはかなりの痛手なのだ。


つまり攻城側としては魔導師が一人減る分には構わない。

だが戻ってこられたら困る。

増えられたらもっと困る。


となるとキャスの言う通り攻城側、防衛側どちらも同じ呪文で対策を取ることになる。


防衛側は〈対転移領域フキオッド・ヴェオラルケビカー・フヴォファイク〉の呪文で攻城側の魔導師が場内に瞬間移動いないようにする。

そして攻城側も〈対転移領域フキオッド・ヴェオラルケビカー・フヴォファイク〉の呪文で防衛側の魔導師が城内に戻ってくるのを防ごうとする。


「あれ……でもそれなら最初から外に出すのを抑止した方が楽なのでは……?」

「楽ではないでふね。転移目標点が絞り込めてそれを抑止するなら対象は『範囲内のどこか』でふが、範囲外への転移を抑止する場合対象は『範囲外のどこでも』になりまふ。魔術式の構築難度が段違いに高くなるでふ」

「あー…確かに」

「あとは外に逃げ出せぬなれば魔導師は死に物狂いとなって防衛側に協力しようとするだろう。普段用いようともしない高い触媒の強力な魔術も生き延びるために全力で使うようになる。攻城側としては下手に相手の魔導師を追い詰めて本気にさせたくないのだ」

「あ。ああー……」


再三いうが魔導師は己の研究の費用などのために軍に協力する。

従軍する方が街で雑事などをこなすよりよっぽど報酬……つまり実入りがいいからだ。


そしてこうした従軍志望の魔導師は転移呪文が使用可能な域に達するとむしろ増える。

いざとなれば戦場から一人魔術で逃亡すればよろしい、という安心感がより報酬の高い従軍魔導師を選択させるのだろう。


だがもし転移呪文などが阻害され城から逃げられぬとなったらどうするか。

彼らは死にたくない。

生きて研究を続けなければならない。

いくら高い報酬を得たとて死んだら研究ができぬ。

それでは本末転倒ではないか。


となるとその魔導師は生きて帰るため死力を尽くすようになる。

魔導術には様々な呪文があるが、それらの中には『いくら唱えても困らない呪文』の他に『唱えるたびに高価な触媒を消耗する呪文』や『唱える事によって術師に犠牲や不利益を要求するする呪文』などがある。


例えば魔導術による防御の要である〈岩肌ヴォックツェック〉などは使用するたびに金貨が数百枚消し飛ぶ。

だがまあこれは最悪城側に請求すればいいからまだマシな部類だ。


呪文の中には使用するたびに魔法のポーションを浪費したリ、ものによっては術者の生命力や記憶・経験などを恒久的に奪ってしまうものまで存在している。

これらの呪文は強力な反面己にリスクがあるとして魔導師はまず使用しない。


……が、己の命がかかっている状況なら話は別である、


魔導師とて普段から手を抜いているわけではない(無論そういう者もいるだろうが)。

リスクがあったり消耗の大きな呪文は極力控えているだけだ。


そうした呪文を、だが逃げ場をなくした魔導師は使いかねないし、そしてそれは攻城側にとって著しく不利になる。

『魔導師の本気』というのはつまりそう言う事である。


「ネッカ、実際のところそうした阻害呪文の開発は可能なのか」

「そうでふね……今回の状況を魔導術によって構築された魔術式と仮定した場合、開発すること自体は長い年月と莫大な研究費用があれば可能だと思いまふね」

「…ちょっと含みのある言い方ですね。何か問題があるんですか?」


ネッカの言い回しが気になってミエが口を挟んだ。


「はいでふ。呪文には同系統の呪文の下位版や上位版が存在することがありまふ。基本的に上位版の呪文ほど効果が強力になってその唱えるための文呪の難度と位階が上がりまふ」

「まあ……それはそうでしょうね」


魔導術には位階があって、より高い位階の呪文ほど強力な効果を発揮する。

だが当然ながら実力の低いうちでは強力な位階の呪文は唱えられぬ。


魔導学院を卒業した新米の魔導師では下位の位階の最下級の呪文とそれ以下の簡易魔法ボクルヴァス…魔術式を圧縮する程でもないごくごく単純な魔術…が詠唱できるのみだ。

まあまだ学院を卒業していない魔導師見習いや学院を卒業できなかったおちこぼれなどは簡易魔法ボクルヴァスしか使えないので、それよりは層倍マシではあるのだが。


ちなみにかの赤竜と対峙した折のネッカであれば上位階の下級呪文になんとか足を踏み入れた程度で、無理をすればそれより一段上の魔術が使えぬこともない、といった程度であった、

まあそれでも魔導師全体の中では相当な高位であって、このアルザス王国の国土の中でも五人といない域の上澄みなのだけれど。


「今回の書状の報告内容をそのまま判断すると、ドルム上の魔導師は『転移魔術を使い』『姿を消して』『戻ってこなかった』ことになりまふ」

「ですね!」

「確かにそう書いてあるな」


二人の肯定を受けて、ネッカが彼女の危険な所感を述べる。





「仮にそれが対転移系の効果によるものだと仮定するるならば、相手の転移を阻害ではなく実行させたうえで術者の任意の場所に招き寄せたことになりまふ。これは〈上位対転移領域クィライク・フキオッド・ヴェオラルケビカー・フヴォファイク〉の効果でふ。そして……外から内ではなく、内から外の転移に影響を及ぼす呪文は、おそらくその構築難度が数段上がりまふ。つまりそれが魔導術だと仮定するなら超高等魔術で、その域の魔術をを開発、或いは発見し、さらには唱える事ができる魔導師……或いは魔族の魔導術使いが、相手陣営にいるということになりまふ」




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