第744話 占術対策
「つまり今回その呪文を開発しただか古代遺跡から見つけたのが魔族が決起した理由……?」
「魔族にはある種我々以上に高い知性がある。呪文一つで目の色を変えて攻勢に出るようなことはないはずだ。おそらく何らかの成算の高い計画があって、その補助としてのその呪文なのだろうな」
「なるほど……」
ミエの言葉にキャスが答え、ミエが腕組みをして納得しかける。
「おそらく彼らがこのタイミングで仕掛けてきた理由には彼らにとって何かもっと大きな意味がある。ただこの書状からはそれは伺いしれん」
「
「勝ち目ではない。勝てる確信があるのだろう」
「そん
なに」
キャスの物言いにミエが驚く。
「彼らは言葉を交わさずとも近くの者と対話ができる。ネッカの言っていた精神生命体という奴だからかもしれんが」
「ああ、精神感応って奴ですか」
「…そうだ。よく知っているな」
「それはまあ…ええっと」
魔術はこの世界に来るまでろくに知らなかったミエだが、超能力であれば多少理解はできる。
病室のベッドで横になりながらもし超能力が使えたら…などといろいろと夢想したことがあるからだ。
だが流石に今それを説明するわけにもゆかず、ミエは苦笑しながら頭を掻いた。
「まあいい。ともかく魔族は必要なら集団で行動する。
「うわあ、それは厄介そうですね」
ミエは戦闘に関してはとことん素人だけれど、キャスの説明する魔族の強みについては十分に理解できた。
通常の軍隊は、小さな集団をたくさん作るところから始まる。
そのそれぞれの集団を率いる隊長…つまり小隊長がいて、その小隊長に指揮を下す中隊長がいて…のように、小さなまとまりを幾つも束ねて大きな軍隊にしている。
この構成は時代が変わっても基本的には変わらない。
基本的な行軍や戦略は大概の場合あらかじめ全員、あるいは隊長クラスに指示されているが、戦況などによってその指示が変更されることがある。
そうした場合例えば太鼓の音、銅鑼の音、角笛、軍配など、さまざまな合図を元に各隊長などが作戦を把握し、部下に指示を出して戦術を変える。
だが乱戦の中であれば音を聞き逃すこともある。
合図を見逃すこともある。
気づけたとしてもその気づきが遅れることもある。
また指示を出してもすぐに従う者もいれば多少間をおいて行動を開始する者もいる。
結果として、戦場に於ける軍隊の動きには多少の動きのずれ…ひずみが生まれてしまう。
優れた軍隊であるほどはそうした歪みが少なく、敵軍がもたもたしている間に瞬く間に陣容を整え直し攻めかかることができるものだ。
魔族の軍勢には、この軍隊にあるべきひずみがない。
隊長の指揮は瞬時に全軍の精神に送られ、全員が即座にそれに合わせて行動できるからだ。
攻めるにせよ守にせよなんとも強力で厄介な特性と言えるだろう。
これまで長きにわたってアルザス王国が北にある
まあ瘴気の中にいれば実質不死に等しい彼らからすれば、自らその有利性を捨て瘴気の外で戦うのは自殺行為に等しいのだからある意味当たり前なのかもしれないが。
そんな彼らが…今回は瘴気に満ちた森から出て攻めかかってきた。
無論前述の通り魔族の軍隊は非常に強力で、結果ドルムの周囲にある衛星村は撤退を余儀なくされ、現在ドルムの城壁内には本来の住民に加え農民たちがひしめきあって、食糧難の危機に直面している。
だがその過程で強力な魔族の幾体かが倒されている。
瘴気の外に出ているがゆえに、彼らに物理攻撃が通用するからだ。
そして神の恩寵を得られぬ彼らは死んでしまえばもう復活はできぬ。
そうしたリスクを負ってまで彼らは一体なぜ今回の攻勢に踏み切ったのだろうか。
「……話が足りてないニャ。場合によってはもっと深刻な可能性があるニャ」
と、そこに壁際でずっと腕組みをしながら難しい顔をしていたアーリが口を挟んだ。
「足りていないって……何がですか?」
「〈
「あ………!」
言われてミエもハッとした。
確かに国家同士であれば互いの宮廷魔導師などを通じて水晶球などで通信を行っている。
ならば対魔族の防衛線の要であるドルムにも当然そうした連絡用の魔具や呪文が用意されていて然るべきだ。
「ならもう王国の方から増援が向かってるってことじゃないです……?」
「ふむ……私が知っている防衛上の設備は多少古いからな。姫様、何かドルムの防衛上の連絡手段などは知りませんか」
「政治に参加しているでもない私はそこまで詳しくはありませんが……」
キャスに問われ、そう前置きしながらエィレが語る。
「一応この地に赴く前に軍務大臣のデッスロ様からドルムのセキュリティについての講義を受けております」
「デッスロ…あああの強イ人間カ」
クラスクが宮廷で会った彼について思い返し呟く。
「はい。おそらくその方かと」
「で、今はドルムとの連絡はどのように行っているのですか。無論国家機密であることは承知ですが今は危急の時。差し支えなければ教えていただきたい」
キャスの言葉にエィレが再び頷いた。
「緊急時は水晶球にて即時連絡。それ以外にも朝方、午後、夕刻と一日に三回の定時連絡を行っていると聞きました」
「…となると私がいた頃とあまり変わっていませんな。ありがとうございます姫様」
エィレに向かい深々と頭を下げたキャスは、だが面を上げた時やけに難しい顔をしていた。
そしてそれはアーリも同様である。
「何か問題でもあるんですか?」
「時期がおかしいのだ」
「時期?」
「ドルムからの報告によれば食料が届かなくなったのはだいぶ前、魔族に襲われたのも半月以上前だ。そしてその報告を王都に向け行い増援を送ると連絡を受けている」
「はい」
「けど実際にはアルザス王国の王都にはそれが伝わってないニャ」
「なんでそんなことがわかるんです?」
「新聞ニャ。国が騎士団を動かしたならかなりの大事ニャ。だのに前回までのギャラグフ支部からの記事にそれが反映されてないニャ」
「「「あ……!」」」
一同が愕然とし、アーリが今朝の新聞を円卓の上に広げる。
「向こうの記事はまだまだ少ないんニャけど、アーリンツ商会のギャラグフ支部と若干の貴族に試験用の記事を書いてもらってるニャ」
「それは以前の円卓会議で報告ありましたよね」
「ニャ。で向こうの連中の書いた記事がこっちの新聞にも載ってるんニャけど……それらしい動きをにおわせる記事が一切ないニャ」
「秘密裏に行動してるとか…?」
「いやミエ、それはない。仮に魔導師なりうちに来たのと同じような兵士なりが王都に秘密裏にやってきたとて、魔族の襲来は
アーリの言葉を受けてキャスが語る。
「そもそも秘密にしておく意味がないニャ。むしろ大々的に喧伝して各国に援軍を要請するのが筋ニャ」
「じゃあ占術による連絡が妨害されてるとか……!? あれ、でも……」
「そうだミエ、それはない。なぜなら妨害されたら妨害されたことには気づくことができるからだ。今の話の通りなら毎日定時に連絡を取り合っているわけだから、なんらかの手段で通信妨害された場合、その定時連絡が途切れたことによってドルムの異常に気づくことが可能だ」
「ですよね。でも…あれ? けどそれっておかしくないです? だってさっきのキャスさんの報告じゃ……」
そうだ。
先刻のキャスの報告ではそうではなかったはずだ。
ドルムでは王都から援軍が来るとの連絡を受けていたはずではないか。
「そうニャ。ドルムは王都からの援軍の報告を受けてるニャ。でも最速ならドルムに接近できているはずの王国軍はまだ姿も見えニャくって、それどころか王都ではドルムは今も平和そのもので魔族がドルムを襲撃を受けていると気づいてすらいない公算が高いニャ」
新聞から手を放したアーリは、なんとも剣呑な表情を浮かべ、その私見を述べる。
「つまり魔族どもは…妨害に寄らない占術対策をしてて、ドルムの危機を王都に伝えてない恐れがあるニャ」
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