第741話 犠牲以上の

「なんじゃ。知らんかったのか」

「ちっとも! まったく! 知りませんでした!」


ただ今の説明はミエ的に色々納得のいく内容でもあった。

確かにそれなら人型生物フェインミューブが神々の似姿として造られた意味もある。


「でも人型生物フェインミューブから神になれて魔族から魔王に慣れるなら結局両者は似たようなものでは?」

「違います」

「全然違うと思いまふ」

「即答ー!?」


ミエの言葉をイエタとネッカが即座に否定する。


「神々の継承……権能の授受は確かに人型生物フェインミューブ相手に行うことができます。ですがその元となる神様は人型生物フェインミューブから成ったものではありません。あくまで神は神として在って、その力を引き継がせた人型生物フェインミューブが次代の神に昇格する、と考えてください」

「魔族の場合はその『最初』がないようでふ。魔王自体幾柱も存在しまふが後を継ぐとかではなく新しく魔王が現れてもそれぞれが個別の個体でふ。あくまでとんでもなく強大な魔族が魔王を名乗っているというか…」

「あーなるほど。魔族と魔王はどっちかというと王様と臣民的なもので神様と人型生物フェインミューブほど絶対的な差があるわけではない…?」

「おおむねその解釈で合ってると思いまふ」


色々と納得したミエは、だがそこで眉根をひどめて一同に振り向きこう尋ねた。


「で、何の話でしたっけ?」

「瘴気の外では魔族が死ぬ、という話だ」

「ああキャスさんすいません。そうでした」


ミエはこれまでの話から魔族の行動方針について考えてみる。


魔族は精神生命体のような存在であり、瘴気の中ではほぼ傷つけられない上に強引に倒してもそれは殻を砕いただけで本体は無事である。

つまり彼らは瘴気の中ではほぼ不死身と言っていい。


一方瘴気の外では彼らは実体を持たないと物理的な活動ができず、実体を持つがゆえに傷つきもするし死にもする。

そして神々が生み出した彼らの似姿、人型生物フェインミューブとその生存環境が相容れないため神の奇跡である治療や蘇生の恩恵は受けれられず、死ねば死んだままで復活もできぬ。


ほぼ死なない上に万が一死んでも幾らでもやり直しがきく瘴気の内と、弱点をさらけ出したまま活動せざるを得ず死んだら取り返しのつかぬ瘴気の外と。

それはどこをどう考えても瘴気の外には出たがらぬだろう。


彼らが強大な力を有しているにもかかわらず肉食獣などを魔物化させて瘴気をまき散らすような迂遠な方法をわざわざ取っている意味がミエにもようやくわかった。

多少非効率だろうが身の安全には替えられぬからだ。


瘴気の外で戦闘になる、と言うのはいわば彼らにとってコンティニューが効くゲームだと思っていたものが突如デスゲームに変貌するようなものだ。

好き好んで瘴気の外に出たがるはずがないのも道理である。


まあミエはそもそもそのコンティニューのあるゲームの経験自体が少ないのだけれど


「とりあえずこの五十年小康状態を保っていた理由は理解できました」


ミエはそう呟きながら、この会議で得た知識を元にキャスが報告した今回の一件を改めて考えてみる。


「でもそうすると逆に今回の襲撃の意味がよくわかりませんね…」


そうなのだ。

魔族からすればこのアルザス盆地はである。

彼らからすれば取り戻したいのは当然と言えば当然だ。


これに関してはどちらの方に正当性があるかどうかの話ではない。

互いの生活環境が隔絶している以上、相手としても譲れない部分だろう。

それは納得できる。


ただそのやり方がいただけぬ。


人型生物フェインミューブには土地を浄化する力があって、放っておくとどんどん瘴気が浄化されてしまう。

人型生物フェインミューブが住んでいる村などは魔族にとって土地の浄化拠点のようなものであって、彼らからすれば捨て置けないだろう。

これはわかる。


だがそのためにわざわざ闇の森ベルク・ヒロツから抜け出し瘴気の外に湧いて出て、大挙して村を襲うなど愚策も愚策である。

しかも対魔族用の装備を整えた兵士や冒険者が防備を固め詰めている村相手にだ。


恐らく彼らが潜んでいる闇の森ベルク・ヒロツには瘴気が満ちていて、そちらで戦うなら彼らは不死身であろうはずなのに、それをわざわざ自分が死んでしまうエリアに足を踏み入れて土塁や城壁を張り巡らせた村相手に攻撃を敢行する…それに何の意味があるのだろう。


いや確かに成果は上げている。

近隣の村はその大攻勢により避難を余儀なくされドルムに立てこもらざるを得なくなって、結果ドルムは接収した村人たちの分まで食糧を用意するしかなくなって飢餓の危機にあるという。

戦術的には成功していると言ってもいいだろう。


だがそのために戦闘で魔族が結構な数倒されたという。

彼らは治療できぬ。

瘴気の外で死んだらそのままなのだ。

わざわざ自ら不死性を捨ててまでそんなリスクを冒す意味は一体どこにあるのだろうか。


「ううん……仮に何かの意義があることだったとして、なんで『今』なんでしょうか」


仮に彼らのその無謀な突撃…瘴気の中では疑似的な不死といってもいいその身でわざわざ死のリスクがある瘴気の外にのこのこ出てくる意味が何かしらあるとして、それが恒常的なものならとっくの昔にこの突撃は敢行されていたはずである。

それがこのタイミングまでずれたということは、そこに何らかの意味がなければならぬ。


「彼らの知能は人型生物より高いという。それを考えれば何らかの策があると考えるのが自然だが…」

「それがなんなのかですよねえ」


犠牲者が出ている。

確認したわけではないけれど、知的生命体である以上死に対する忌避感や死への恐怖があって然るべきだ。

そんな彼らが仲間(?)が死ぬ事を厭わぬ作戦を取った、という意味はミエからすれば非常に重大に映る。


「命を賭けてまで何かをしでかそう、という連中がそれをする理由は、だいたいか、でなければか、ニャ」


アーリの言葉にキャスとミエが頷いた。


「戦闘力も高く特段数を減らしているでもない連中が追い詰められているとは思えん以上、今回の作戦にはなんらかの成算があるとみていいだろう。つまり単純に考えて出た犠牲以上の多大な成果が上げられる算段がある、ということだ」

「それって…何かわかりますか、キャスさん」

「……推測に過ぎんが」

「それでもいいです。教えてください」


キャスはネッカに目線で合図し、ネッカが黒板を消して再び板書の容易に入る。


「ドルムからの早馬、その書状にある内容から推察すると、ドルムが食糧難に陥っている現状を形成しているいくつかの要素がある」

「幾つかの…」

「…要素?」


ぱちくり、と目をしばたたかせ、ミエとエィレが顔を見合わせ、再びキャスの方に顔を向けた。


「街道封鎖ですね、隊長。食料を運び込ませないためおそらく北方回廊…ドルムと王都ギャラグフを繋ぐ街道が魔族たちによって占拠されていると考えられます。おそらくですが、この街に通じる街道も」


エモニモの私的にキャスが頷いた。


「そうだな。馬そのものと違って馬車には車輪がある。車輪が過度の荒れ地を走れぬ以上、街道の封鎖をすれば大方の荷馬車を補足できるだろう。この街から経った馬車が帰ってこないのも納得というものだ」

「第二に〈転移ルケビガー〉などの移送用魔術の阻害でふね」

「そうだ。ネッカの言う通り移動系の魔術が有効なら食糧難を是正する手段は幾らでも講じることができる。それこそ瞬間移動で王都へと跳んで食料を抱えてドルムに戻ればいいだけの話だからな」

「呪文効果的に一度に大量のものは運べないでふし、魔術の位階的に使える術者は限られまふし、そうそう連続して使えるものでもないでふが、まあ緊急避難的な措置としてなら可能でふね」

「それを防ぐ方法は」

「各国の王宮などに張り巡らされているであろう〈対転移領域フキオッド・ヴェオラルケビカー・フヴォファイク〉なんかがあれば可能でふ。この結界が張られた建物内に転移系の呪文で侵入しようとした場合転移自体が失敗したり、或いは転移してきた相手が望んだ場所でなくこの呪文の術者が指定した場所へと強制的に転移させられたりしまふ。例えば…魔術が使えないよう結界が張り巡らされた牢屋の中などでふね」

「今回もそれが使われたと?」


キャスの問いかけに…ネッカは静かに首を振った。




「違うと思いまふ。この呪文はあくまで『建物の外から内に入る』相手を捕まえるための結界でふ。城の中から外に脱出する相手のを止める効果はないんでふ。もしそれが可能なら……魔族が独自に開発したなんらかの新しい魔術や妖術であると考えられまふ」




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