第740話 神々の後継者

「あー…そっか、神様と周波数合わなっくなっちゃうんでするならば以前神聖魔術における神と聖職者の関係をまるで電波とラジオのような関係だとミエが解釈した事があった。

神ごとに固有の性質(周波数)があり、神の性質に(性格・素行などが)近しい者がその神の奇跡の力を行使し得る。

神と性質が似通った者が奇跡の力を行使するならば、それは自然とこの世界に於ける神の代弁となり、それによって神は己の目指すものを推し進めつつ同じことを望む信徒を集められる、という寸法だ。


そうした神の性質(周波数)を言葉で表現したものがすなわち個々の宗派の教義であり、元はその神と性質や性格が異なり奇跡の恩恵を受けられぬ者であっても、その教義を守り修行することで己の性質を神に近づけ奇跡の力を行使し得ることができるようになる。

そして奇跡の力を行使できるほどにその神と性質が近くなれば、自然と彼らの思考や行動もまた神の望んだものになる、というわけだ。



そして…魔族を治療したリ蘇生したリ、といった行為は神々の真意に反したものである可能性が非常に高い。



神は信仰心によってその力を増大させる。

そのため己を信仰する種族を自らの似姿として生み出した。

これが人型生物フェインミューブである。


だが魔族が好んで住み暮らす瘴気の内では人型生物フェインミューブの主食である穀物がろくに育たない。

土地は荒れ、水は枯れ、森の木々はねじくれ曲がる。


それでは魔族も困るではないか、というとまるで困らない。

彼らは人の負の感情を喰らうため、物理的な食糧を必要としないからだ。


まあその人型生物フェインミューブから負の感情を得るためには餓死してもらっては困るので、最低限の食料をよそから調達してくる必要はあるのだが。


瘴気の内では人型生物フェインミューブの活力も奪われる。

生命力が低下し病気がちになるし、衰弱した精神が発狂や暴力などを生む。

それはとてもではないが大半の神々が望むものではない。


ゆえに魔族を治療し、或いは命を救おうとする行為は神々の意に染まぬ行為であり、聖職者がそれを為せば神の奇跡の力が届かなくなる恐れがある。


治療行為自体が不可能なわけではない。

治療行為を続ける事でやがて神の声が聞こえなくなってゆくのだ。


それは簡単に言えばラジオの周波数調節用のダイヤルを少しずつずらしていくような行為である。

途中までは雑音混じりながらなんとか聞こえていた放送が、ある程度以上ずらすことで突然聞こえなくなってしまう。


そう言う意味において、イエタが言ってた各宗派が用いている『途絶』や『断絶』という表現は神々からの恩寵を失った状態を実にわかりやすく表現していると言えるだろう。


「そうしたこともあり。各宗派では教義で魔族が危険な事を程度の差こそあれ厳しく教えます。治療行為などを行わないよう諭す宗派もあれば神々の怨敵であり見つけ次第誅滅せよと謡う宗派もありますが、いずれにせよ聖職者が望んで魔族の治療をすることはあり得ないでしょう」

「なるほどー…じゃあ治療自体はできる…?」


ミエの素朴な問いにイエタははっきりと頷く。


「瘴気の外の魔族にはネッカさんの仰る通りしっかりとした体があります。その肉体は治療が可能です。不死者と異なり魔族の肉体そのものは正の力によって構成されたものだからです」

「ふむふむ……」


少し首を傾けながらミエはそこでふとあることに思い至った。


「あのー…すっごく変な質問なのかもしれないんですけど、魔族が神様を信仰して神聖魔術を使ったりとかは…」

「…魔族は神を信仰しません。少なくともそうした例が記録されたことも神から啓示を受けたこともないはずです」

「ですよね」


イエタから半ば予想通りの答えを聞いたミエは、そこから本来聞きたかった疑問を呈する。


「なんか今までの話からそんなことじゃないかって思いましたけど……なら魔族ってどの神様が作られたんですか?」

「ふぇ?」


イエタの言葉にミエは目を大きく見開いた。


「いない……? いないんですか?」

「少なくともどの神も己が生み出したとは語ったことはありません。我々に計りし得ぬ真意があって黙している可能性は否定できませんが」


この世界には神々に尋ね啓示を得る占術が存在する。

どんなに伏せられた情報だろうと秘せられた謎だろうと、神が見通せるものであれば手に入らぬ知識はない。


だが……これらの呪文は神が真実を告げぬことは止められない。


魔導術の〈異界交信イヴァクブ・クィグレ・ルサーヴェス〉は上位存在とコンタクトを取れる呪文だが、その対象である上位存在は術者に対し好意的に振舞う必要を全く感じていない。

真実を知っていても嘘をつくこともあれば、真実を知らず適当な嘘を並べ立てる存在もいる。

或いは単に己に都合のいいようにありもしないことをでっち上げる存在すらいるだろう。


一方で聖職者が〈交神オーマニグ〉などの呪文で神々に尋ねごとした時、基本的に嘘をつかれることはない。

聖職者が質問できる相手は魔導術と異なり己の信仰する神性のみであるが、それゆえ神々は信者に対し最低限の誠意を以て答えるからだ。


ただそうした場合であっても、神にとって不都合であったり不利益であったりする質問の場合、言い回しによって核心を語らぬことはあるし、或いはそもそも沈黙を以って答えと為し一切を語らぬこともあるのだ。

黙して語らぬことは嘘をつかぬことと矛盾しないからである。


「実際魔族のような存在を生み出して利益を得る神様はいないでふからね」

「ええっと、神様にも邪悪な神様ってのがいましたよね?」

「はいでふ。ただ邪神であっても自分を信仰する種族を生んでいまふ。オーク族やゴブリン族、コボルト族などがそれでふね。そしてこれらの種族もまた人型生物フェインミューブで、ネッカ達と同様に瘴気によって不利益を得まふ」

「言われてみればそうですね…?」


ううん? と首を傾げながらミエが根本的な疑問に行きついた。


「ええっと……仮に神様が誰も魔族を生み出していないとして、それなら魔族って誰が作ったんでしょうか」

「不明でふ」

「不明なんですか!?」


驚くミエの後ろで壁際に背持たれているアーリが疑念を呈する。」


「ニャ。魔族にはそこまで詳しくないんニャけど、アーリの認識的には『神様と人型生物フェインミューブ』と同じような関係で『魔王と魔族』があるものだと思ってたニャ」

「魔王は力をつけた強大な魔族が形態を変えてもの、というのが魔導学院の仮説でふ。魔王が魔族という種を生み出したわけではないと思われまふ」

「魔王って魔族がなれるものなんですか、こう……立身出世的な……?」

「神様だとて人型生物フェインミューブからなることができるんじゃからそこは疑問に思うところではないな」

「ええええええええええええええええええええ」


シャミルの言葉にミエは思わず大声で反応してしまう。

後から後から驚くべき話ばかりなのだから仕方ないと言えば仕方ないのかもしれないが。


「神様!? 人型生物フェインミューブが!?」

「おー…森の女神も元はエルフぞく」

「まじですか!?」

太陽の女神エミュアも元は人間族の聖女と呼ばれた女性だ」

のリィウーも元は天翼族ユームズの聖女と呼ばれた方ですね」

「えええええええええ……?」


驚嘆したミエだったが、すぐに皆の発言からあることに気づく。


「……『今の』とか『当代の』ってどういう意味です?」


そしてその疑問にはイエタが答えた。


「神々はするのです。力が衰えたり、或いは優れた後継が現れた時などに、自らの力を次の者に託すのです。とはいっても神々の時代から代替わりした神は多くて二回か三回。代替わりを経ていない神もいますから滅多にないことですが」

「へええええええええええええええええええ」


ミエの感覚からすると神様は存在するとしても人間の認識の外だったり手が届かない絶対的な存在である印象が強かったのだが、どうやらこの世界では彼女の想像以上に神と人型生物フェインミューブの距離は近しいようだ。



「あれ…でもちょっとまってください。それってえっと……あれ? もしかして……元々神様の後継者を育てるための人型生物フェインミューブってこと……?」



人型生物フェインミューブはそもそもが神々の似姿である。

外見的特徴は彼らが信仰する神にとても近い。

存在するだけで瘴気を浄化する限定的ながら聖なる存在でもある。


そして奇跡だ。

神々から奇跡の恩寵を得るためには神様の性質に己を合わせる必要がある。


身体的に神様と同じで、精神や魂が神様と同質であるならば、それはすなわち神様に非常に近しい存在、ということになる。

もしその中から限りなく優れた個体などが生まれ育ったとしたなら……確かに神様の器となるのにこれほど相応しい存在もいないだろう。





それはつまり……この世界の人型生物フェインミューブが単なる信仰心を集めるためだけの存在ではなく、神々の後継者候補である、ということに他ならないのではないだろうか。



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