第727話 それぞれの魅力
「おや? お客さんかい? いや違うか」
客引きの女性がエィレ達に気づき顔を上げた。
「おやおや。おやおやおや」
年の頃は二十代後半あたりだろうか。
この世界ではだいぶ年増であるその女性は、やや釣り目で厚ぼったい唇をしており、勝ち気そうな性格に見える。
周囲によく通る声も特徴的だ。
雑踏の中でも妙に耳に残りやすい。
容貌的にもその男好きのする肢体的にも娼館の中で今も客を取っていてなんらおかしくはないのだが、その声質から客引きを任されているのだろうか。
衣服は胸を紅の布で隠しながら、その上から前がはだけた皮のジャケットのようなものを羽織っており、当然ながら腹部が丸見えだ。
かなり扇情的な恰好であり、男を誘惑するためのものであることが一目で見て取れる。
「へえ、三人ともいいねえ。特にアンタ、別嬪だよお」
その女性は感心したようにシャルを見つめ、上から下まで視線を這わせる。
その値踏みするような目つきに気圧されるようにシャルは思わず一歩
「目つき、顔つき、肌の白さ。全部いい。とんでもなく上玉だねえ。この娼館の一番人気にだってなれるよ」
「あ、あの、私達は…」
先程の件があったからなんとかフォローしようとエィレが口を開きかけたが、間に髪を入れずその女性はエィレの方に顔を向け一歩踏み込んできた。
シャルをかばうように半歩前に出たエィレとは、だから互いに身を乗り出し合うような格好となり、結果エィレの目と鼻の先にその娘の顔がぬっと現れ彼女を驚かせる。
「アンタもいいよお? すっごくいい。向こうの子よりずっと静かな瞳だ…頭の回る子だね。この仕事は見た目や技術も大事だけど賢さもすごく大切なのさ。アンタにはそれがある。トップを狙える人材だねえ」
「あの、ですから……」
抗弁しようにも迫力に押されしどろもどろになってしまうエィレ。
本来であれば王族の娘として弁論術で後れを取ることなどまずありえないのだけれど、今回は少々地の利が悪い。
娼館は女の性を売り物にする商売だ。
己自身も女なのだから当然エィレもその『売り物』を持っている。
王族として己の見た目を利用する交渉術には覚えがあるけれど、色香を用いた女としての武器とはいささか勝手が違う。
そういう得物を己が所持しているのだとその娘に告げられ、殊更にそれを強く意識させられて、その上で彼女のよく通る声によって衆目を集めてしまっている。
周りにいるのは男ばかり。
それも女の身体を性的な目で見るためにここへやって来た者ばかりである。
当然エィレ達もそういう目で見られている。
その娘の言った通りエィレ自身賢いがゆえに嫌が応にもそれがわかってしまう。
それゆえ気恥ずかしさが先に立ってしまい上手く応戦できぬのだ。
「ん~~いいねえ、すごくいい。可愛さと愛らしさの中に怜悧さがある。魅力的だねえ」
元から近い顔をさらにずずいと寄せられて、エィレはシャルと同じく一歩後ずさる。
それを追うように一歩踏み込んでくる娼婦の娘。
すっかり追い詰められてしまったエィレはその娼婦の言葉に頬を染めながら両手で押し返そうとする。
だが言葉で言い返せていない時点でこれは負け戦だ。
エィレは遂に観念して…
「わたしは!」
その時、大きな声が響いた。
それは娼婦の娘の真横からずいと身を乗り出して、己を指さしながらヴィラが己の価値について尋ねた声だった。
「アンタ…ふむ」
少し虚を突かれたのか、娼婦の娘はじろりとヴィラを一瞥する。
そしてその後ふむふむと二、三度頷き唇を吊り上げた。
「アンタもいいね!」
「「「ホントォ!?」」」
期せずして三人娘の声が重なった。
だがその声のトーンはやや異なっている。
ヴィラのそれが明らかに評価された喜びと嬉しさに満ちているのに対し、エィレとシャルのそれは意外さからくる驚嘆が多分に含まれていた。
失礼な話ではあるが、少々野暮ったくて(当人なりに精一杯お洒落はしているのだが)見た目も平凡気味なヴィラがこうした店で評価されるとは思っていなかったのである。
「顔がいくら良くっても部屋ん中で灯り消しっちまえば関係ないしねえ。だからこの仕事じゃあ身体、そして健康が大事なのさ」
「おおー」
「なるほど確かに」
「その点アンタは合格点だ。出るとこは出てて……あー別にひっこむとこが引っ込んでなくてもいいんだ。こういう体形の方が好みだって男も多いしねえ。その上健康だったら数をこなせるだろ? 稼ぐ上では重要な事さ」
「「へえええええええ」」
「えへへへへへへ」
エィレとシャルが本気で感心し、褒められたヴィラが照れくさそうに頭を掻く。
「…で、あんたたちうちに働きに来たのかい?」
「違います」
「違うわよ!」
「おかね……」
「稼げるよー?」
「「違うから!」」
「おかね……」
とにかくお金が欲しい上に珍しく持ち上げられて悩んでいるヴィラをエィレとシャルが強引に止める。
「なんだ違うのかい。そりゃ残念だ」
客引きの娘の声はなんとも残念そうに聞こえるが、同時にさばさばした感じも受ける。
さしづめもったいないがまあ仕方ない、と言ったあたりだろうか。
だが同時に店の前で並んでいる男達の中からは明らかに落胆の溜息が洩れていた、
彼らはもし彼女たちが店に入ったら誰を指名するか小声で相談し合っていたのである。
見た目が際立って美しいシャルが人気が高かったが愛らしさと落ち着きを併せ持ったエィレにも人気が集まっていたし、意外な事にヴィラを推す声もそれなりにあった。
特にオーク達の人気が高かったようだ。
「で……就職目的じゃないならあんたたちは何の用で来たんだい?」
「ええっと、それは……」
エィレはほっと息をつき、ようやく本題を切り出した。
× × ×
「アッハハハハハハハ! 取材! つまりうちの娼館を宣伝してくれるって事かい! そりゃありがたいねえ」
「あー、えっと、宣伝ってわけじゃないですけど、まあ知名度は上がると思います…」
娼婦の娘の言葉を訂正しつつ真っ向から否定はしない。
エィレが想定している新聞の宣伝効果は相当に大きいからだ。
店に客を呼ぶこと自体が記事の国的ではないとしても、記事が載れば間違いなくこれまで以上に名が知られ、結果おそらく客が増えるだろうから。
「なんだそのために来たのかい。店に入るために来たのかと勘違いしちまったよ。こりゃ悪いことしたねえ」
「それは…事前に相談していなかった私たちも悪いので」
「ふうん、まあいいや。私の名前はクェットナモ。ここの娼婦さね」
娼婦…クエットナモの紹介を受けたエィレは少しだけ目を見開いた。
「よい名前ですね」
「ありがと。よく言われる」
「「??」」
エィレの言葉にシャルとヴィラが互いに顔を見合わせて首を傾げる。
彼女らはその名の由来を知らぬからだ。
クエットナモは花の名前である。
肉厚の白い花弁を持つ香りの強い花だ。
もしミエ山野でその花を見かけたのなら、彼女の世界のとても良く似た花になぞらえきっとこう呼ぶ事だろう。
ジャスミン、と。
「それにしてもシンブン? ってのはよくわかんないけど、こんな下世話な店を取材してどうしようっていうのさ」
クエットナモの素朴な疑問にエィレが応える。
「それは…この街の成り立ちを外に発信するうえで、とても大事な場所だと思ったからです」
「ふうん……?」
かつてクラスク市には娼館があった。
だがそれは一度クラスク市の手によって取り潰されている。
だから今ここにある娼館はその娼館ではない。
その後に……クラスク市自身の手によって建てられたものなのだ。
いわば……公営娼館である。
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