第688話 閑話休題~北原街の三姉妹~
娘達に幾度も頭を下げられながら、魔導師娘グロネサットはその一角を後にした。
街を歩いていると建設現場のオークどもが次々に彼女に挨拶をして、人間の頭領に脇見をするなと叱られていた。
だがそれも無理からぬことなのだ。
なにせかつて彼女はこの街…正確にはその前身たるオークの集落に於いて村中のオークの『相手』をしていた事があるのだから。
まあとは言っても末妹な上に体を鍛えているでもない魔導師の彼女はオーク達の相手をするには少々体力が足りなかったため、姉たちのように常時働いていたわけではなく、相手をするのもまだ年のゆかの若いオーク達ばかりであったけれど、それでもその三姉妹は族長ゲヴィクルとともにこの集落のオーク達のいわば性の象徴、一種のアイドルのような存在であった。
彼女たちの言うことであればこの集落の殆どのオークが従ってくれる。
族長…もとい現在は町長だが…たるゲヴィクルは副官や参謀などを従えておらず、元冒険者たる彼女達を徴用していた。
そういう意味では三姉妹ともどもこの街の幹部のような存在と言っていいだろう。
「クロネ!」
と、その時グロネサットを呼ぶ声がした。
名前的には略称は『グロネ』の方が正しいのだけれど、当人があまりその濁点をお気に入りではないため『クロネ』と呼ばれることを好んでおり、どうやら呼び手もそれに倣ったようだ。
「リュット姉さん!」
グロネサットが面を上げて片手を上げその声に応じた。
彼女の二つ上の姉、戦士オウォリュットである、
当然彼女の方が妹よりオーク達とより多く子作りに従事していて、仕事中のオークどもが嬉し気に吼えてこれまた人間族の頭領に小突かれていた。
ちなみに現在二児の母である。
父親はどちらも別のオークだ。
「どうだった新しい住人の様子は」
「えっと、最初はちょっとびっくりしてたみたいだけど、その、事情を説明したらだいぶ落ち着いたみたい」
「そっか。そりゃよかった」
トントンと鞘に入った剣で己の肩を叩きながらリュットは周囲を見渡す。
現在建設ラッシュに入っている一角は、かつての集落のずっと外側の荒野だった。
それが今やすっかり人の棲む街並みの体を為し始めている。
「だーいぶおっきくなっちまったねえ」
「そ、そうだね…」
「前の地底の連中とか赤竜の時みたいなことがまたないとは言えないしなあ。人が増えて街がでかくなった分見回りももっと増やさないと…巡回ルートも見直しだなこりゃ」
リュットは現在街の衛兵隊長の座に就いている。
クラスク市に於けるエモニモと同じ立場であり、互いに街の防備防衛などについて会って意見を交わすこともあるようだ。
単純な戦闘力だけであれば、この村のオーク達の中にも彼女と伍するレベルの戦士はいるのだが、彼らは一様にリュットの下に就きその指示に従うことを誓った。
それは彼女の
特に防衛戦に於いてオーク達は彼女にてんで叶わなかった。
オーク達は攻めるのは得意でも守るのは不得手なのである。
「そういえば、えっと、何の用?」
「あーそうそうルミュ姉が呼んでたぜ」
「私を?」
「私らをかな」
「わかった」
姉妹は連れ立ってその場を後に資、街の中心部にある教会へと向かう。
長女ルミュリュエは聖職者であり、かつての仕事場にほど近い場所に教会を建ててもらって現在はそこで修道女となって怪我人の手当などを行っている。
先述の通りクラスク市から追い出された娘達をこの街は積極的に受け入れている。
街の労働力として当てにしていると同時にこの街のオーク達の嫁候補としての期待もある。
実際オークの配偶者になる決心さえしてしまえばクラスク市のオークだろうとこの
ゆえに幾度も口説かれた末この街のオークの元に嫁いだ娘も少なくなかった。
そしてそうしたオークが増えれば増えるほど…かつて彼ら全員を相手していた三姉妹の負担は減ることとなる。
実際北原集落がクラスク市北部に次々に生まれた他部族のオークどもの集落から出荷された荷物の集積地として機能しはじめたあたりから人間の文化風俗に詳しい三姉妹が街の様々な仕事を任されるようになって、その分オーク達の相手をする機会が減り、さらに今回のおような娘達がオーク達にもらわれてゆくことでますます夜の仕事に従事する回数は減って、現在長女ルミュリュエと末妹グロネサットは完全にそうした仕事から解放されている。
次女のリュットだけたまに仕事する程度だ。
「お、ついたついた。おーいルミュ姉!」
「あら二人とも、早かったわね」
修道服に身を包んだ三姉妹の長女、ルミュリュエが教会の奥から姿を現した。
敬虔な雰囲気を放ち清楚な印象のある彼女だが、こと夜の乱れぶりは妹二人よりも大きく、オーク達の支持も人気ももっとも高かった。
まだ子供体型のグロネサットや引き締まった体躯でやややせ形のオウォリュットに比べ、ふくよかで安産型体型でかつ大人の女性であるルミュリュエの方が人気なのはある意味当たり前である。
オークにとっては性事は子孫を残すための大事な行為であって、子供を産みやすいかどうか、幾人も生めるかどうかが評価基準の大なる部分を占めているのだから。
ちなみにルミュは四人の子持ちである。
父親は二人が同じで残りの二人は別々だ。
現在絶賛育児期間中なのだけれど、ミエのお達しでこの街にも託児所と保育所が整備されたため、そこに子供を預けながら彼女たちはこうして街の仕事に従事することができるのである。
「さっきそこで会ったからな。そのまま連れてきた」
「そう、よかった」
「で、用事って何さ」
「さあ?」
「さあて」
首を傾げる長女に目を剥く次女オウォリュット。
「用事があるから呼んだんじゃないのかよ」
「そうなのだけれど、私も詳しいことは知らないの」
「なんだそりゃ」
「ただミエちゃんが今度クラスク市の方に来て欲しいって…」
「ミエさまが!?」
グロネサットはミエの大ファンである。
その彼女から請われて否のあろうはずがなかった。
「よっし久々のクラスク市か。なんか買い物してくっかなー。小鍛冶街もだいぶ繁盛してるらしいし武器でも見てくっか」
「ミエさまの…ミエさまのお役に立てる…!」
「クロネはよくクラスク市行ってんじゃんか。別に物珍しくもないだろ?」
「そうだけど、そうだけど! そういうことじゃないのー!」
グロネサットは未だ若手ながら魔導学院を卒業した立派な魔導師である。
そしてクラスク市には半年前に魔導学院が建てられた。
彼女は学院の臨時講師として雇われ、魔導師見習い達に魔術のいろはを講義しているのだ。
本来人見知りで引っ込み思案の彼女であったが、ミエにお願いされては断るわけにもゆかず、最初は散々だった講義にも最近はだいぶ慣れて、そのお陰で今では内気な性格も多少は改善したものらしい。
考えてみれば以前のままの彼女が見ず知らずの村娘達を独りで案内できるはずもなかったのだ。
「しっかし一体どんな用事なんだろうな。あたしら三姉妹をご指名とかさ」
「さあ…なんでも冒険でもなんでもいいから色々経験豊富で、
「「よみかき?」」
グロネサットとウォリュットでは互いに顔を見合わせた。
一体ミエは彼女たちに何を頼もうというのだろうか。
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