第665話 閑話休題~獣人達の休日~

「やっほ~~~~! 給金だああああああ!」


狼獣人のグロイールが快哉を叫ぶ。

その日はアーリンツ商会の給料日なのだ。


「へっへっへ…さーて何を買うかな~」

「みゅみゃあ、なんかグロイール笑い方が下品でございます」


彼の隣で同じく給金を数えているのは兎獣人のミュミア。

二人は今の職場こそ違うがほぼ同時期にアーリンツ商会に雇われており、同期と言っていい存在である。


快活で活発なグロイールは現在運送などの仕事に就いており、大人しめで丁寧なミュミアは化粧品フロアの接客業で頑張っている。

かつては新米従業員としてアーリにこき使われていた下っ端二人だったが、今や拡大の一途を辿るアーリンツ商会において彼女らは最古参に近い古株となっていた。


多くの後輩も出来て、指導する立場に回ることも多く、今や二人ともすっかり一人前の顔つきである。


年齢的に未だ若すぎるという事で重要な仕事こそ任されていないけれど、あと数年もすれば商会の中核を担う幹部として取り立てられてもおかしくない二人なのだ。



ちなみに言葉使いからどう見ても少年にしか聞こえぬグロイールは、これでもれっきとした女の子である。



「ちゅちゅ、またお給料が上がってるでちゅ」

「あーレスレゥいいなー。俺も給金上げて欲しいぜー」

「みゅみゃ。レスレゥさんはしっかりお仕事で成果出してますから上がって当然でございます」

「ちぇー、わかってるけどさー」


鼠獣人レスレゥは二人より遅れてアーリンツ商会に入った。

ティロンム商会というアーリンツ商会と提携している商会の下働きだったが、アーリンツ商会に引き抜かれたのである。


彼女は目端が効く上に色々細かいことによく気づき、どこに配置されてもその職場の改善案をまとめて上に提出するというまめまめしさであり、さらに簿記会計も得意であった。

今まで経理をほぼ一人で受け持ってきた鹿獣人スフロー・ファヴトはこの新たな人材に泣いて喜び、彼女を中心として社内に経理部を立ち上げた。


それは給金も上がろうというものである。


彼女が元々働いていたティロンム商会も他の商会に比べればはるかにマシではあるものの(なにせ獣人を雇ってくれたのだから!)、構成員の殆どが人間族であり、獣人は皆無と言ってよかった。

そんな中で獣人でありながら雇われたレスレゥは相当の才覚と運があったのだろうけれど、それでもやはり獣人に対する差別や偏見は根強く、一部の同僚から心無い言葉を受ける事もあったという。


獣人族は他種族…特に人間族の間で、体力はあるが知能が低く、商売人などには不向きである、といった偏見に長いこと晒されてきたのだ。


そんな価値観を誤ったものと証明するため設立されたのがアーリンツ商会である。

社長のアーリ自身がまず猫獣人だし、幹部である鹿獣人スフロー・ファヴトや虎獣人イヴィッタソ・ヨアなど、主要なポストにはほとんど獣人が就いている。

まさに獣人の為の商会なのだ。


そういう場所なら居心地も悪くなかろうとアーリがレスレゥをスカウトし、彼女の方も一も二もなく切望して交渉が成立した。


従業員を奪われた形となったティロンム商会ではあるが、アーリンツ商会との交渉を担当している若頭フィモッスはそうなることを半ば予見済みで彼女をクラスク市に連れてきていたようで、彼女が引き抜かれたことでアーリンツ商会に貸しを作り、その後の取引を有利に運んだしたたかさの持ち主であった。


「よーし、とりあえず街に出ようぜ。ちょうどシフトが空いてるしな」

「わかったでちゅ…まああらかじめ相談しておいて同じ時間に空きを作ったんでちゅけど」

「昔は休憩時間? なにそれ? ってぐらいに働かされたけど、流石に従業員が増えたおかげでちょくちょく休みが取れるようになったよなー」

「みゅみゃ。繁忙期の忙しさは以前よりひどくなりましたでございますけどね…」


レスレゥは商会に入った時期こそ異なるけれど、同世代のグロイールやミュミアとすぐに仲良くなり、こうして暇があればよく三人でつるむようになっていた。


さて獣人の娘三人は街中を歩きながらあちこちを物色する。

給金が入った時はどこかで買い食いするのが彼女らの流儀であった。


なにせこの街には食い物屋が多い。

レストラン、軽食、喫茶店、お菓子屋さん、ケーキ屋さん、ちょっと変わったところでは漬物屋などなど。


買って帰るもよしテラスで一服するもよし、美味しい食べ物には枚挙に暇がないのである。


「みゅみゃ、どこにはいるでございますか?」

「ちゅちゅ、どこでもいいでちゅ」

「そうだなー」


グロイールは空を見上げ、陽光に目を細める。


「なんか天気もいいし、どこかの屋台でなんか買って外で飯にしよーぜ」

「みゅみゃ! 賛成でございます!」

「ちゅちゅ、わかったでちゅ」


三人はそのまま通りを歩き、幾つかの店を物色する。

途中花壇があって、色とりどりの花が彼女らの目を楽しませた。

なんでも街の首脳陣の一人であるエルフ族のサフィナの強い要望で、最近街のあちこちに花壇が設けられているのだという。

石だらけのこの街でいい目の保養になると住人達にも好評だ。


…が、花を愛でる事はできたけれど、なかなかにこれと言った店が見つからぬ。


「以前はもっと軒を連ねてたんだけどなあ」

「みゅみゃー。街の方針でこの中心街から屋台の数を減らすって言ってましたでございますね」

「俺あーゆーの並んでるの好きなんだけどなー」


三人で雑談しながら街を歩く。

いつの間にかに三人は下街の方まで出てきてしまっていた。

下クラスク東…アルザス王国の商業都市ツォモーペの方に抜ける方角である。


「お、あの店にしようぜ! 肉串がいい!」

「みゅみゃ! ちゃんとお野菜も…まあ一緒に取れるからいいでございますが」

「ちゅちゅ! いい匂でちゅ!」


焼き肉の香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。

豚肉と野菜を交互に串に刺してタレをかけた肉串…ミエが見たら大き目の焼き鳥のようだと言うかもしれない。


「こっち行こうぜこっち! あんまり行ったことないんだー」

「みゅみゃー! 行ったことのあるとこにするでございますー!」

「まつでちゅ! まってでちゅ! まだお会計が…」


駆けだす二人を背に慌てて小銭を数えるレスレゥ。

三人はグロイールの足の赴くままに下街東部へと踏み込んだ。


「…なんかこのあたり雰囲気暗くないかー?」

「みゅみゃあ。そうでございますね。人間族でございますのに」


確かに彼らが歩いている一角はどこか薄暗かった。

木造のあまり上等とは思えぬ家屋が立ち並んでいる一角で、どうやら城壁の内側に滑り込みはしたけれどまだ再開発の進んでいないあたりのようだった。


立ち並ぶ家の構造上の問題か、それとも時間帯のせいなのか、とにかくそのあたりはどことなく薄暗く、うらぶれた雰囲気に満ちている。

単なる採光の問題ではなく、どこか雰囲気的に暗いのだ。


彼女たちは皆獣人族であり、獣人には≪夜目≫があるため薄暗い路地裏などには全く物怖じしないのだけれど、ただこの街にしては珍しいその雰囲気に、三人は少しだけ不安を覚えた。


「しょーがねー、このまままっすぐ突っ切っちまおうぜ」

「そうでちゅね。このまま北に進めば工場地帯と大鍛冶街に抜けられるはずでちゅ」

「よーしそっちのが好みだ。行こうぜー」

「みゅみゃー! 結構な強行軍でございますー!?」


三人はわきゃわきゃしながら小走りに下街を駆け抜ける。

アーリンツ商会は街の中心部にあり、そこから東の下街まで来て、そのまま下街をぐるりと進んで北部の大鍛冶街に出る。


言うは易しだがこのクラスク市の外周四分の一ほどを踏破する、ミュミアの弁ではないが結構な強行軍である。

ただ人間達の偏見通りというわけでもないけれど、獣人族は体力や運動能力に優れており、街を1/4周した程度では大して疲れもしないのだ。



ただ…一つだけ妙な事があった。



三人はまっすぐ北へ向かうと言ったのだ。

だのに、彼らはで道を右に折れた。

目の前に道がしっかりと続いているにも関わらず、である。


三人は迷いもなく疑いもせず、その差路を右に曲がった。

まるで目の前に道などなく、突き当りにでもぶつかったかのように。





木造だらけの下街の中、そのあたりだけなぜか建物は石造りで……

石の家に囲まれたその路地は薄暗く、その奥に何があるのかは杳として窺い知る事はできなかった。




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