第十四章 エルフの森

第666話 北へ

ずしーん…

ずしーん…


晴れた空の下、チェック柄の畑の海の中。

その大きな地響きはゆっくりと移動していた。


ずしーん…

ずしーん…


地響きが続く。

畑に大きな影ができる。


…人影だ。

ただその人影はだいぶ大きい。


それは太陽の角度から来る、人の影が大きくなったものではない。

明らかに元の身体の大きさゆえの、大きな人影である。


「わあ……!」

「へえ…いーじゃないこーゆーのも!」


そして…その人影にはコブがあった。

両肩にひとつずつ。

大きく盛り上がったコブが。


「ねーねーヴィラ! ちょっと向こうの方見てよ!」

「向こうー?」

「そーそー、そっちそっち!」


きゃいきゃい、と黄色い声を上げるその肩の突起物は二人の少女だった。

そう、もはや説明するまでもない。


巨人の娘ヴィラウアと、その両肩に乗ったミエとシャルである。


「これこれ、あまりはしゃぐでない。と言うても無理な話か」


そしてその横にはもう一人、これまたやけに大きな人影があった。

食人鬼オーガにして魔導師見習い、そして隠れ里ルミクニの村長・ユーアレニルである。


彼は涼しげな甚平を纏い袖の中に腕を入れながらヴィラの隣を歩いていた。


ヴィラもユーアレニルも同じく巨人族ではあるが、お互いの種族は異なる。

ヴィラは巨人の中でも最もオーソドックスな巨人、いわゆる真巨人と呼ばれる種で、丘に住み暮らすため丘巨人とも呼ばれる。


一方のユーアレニルは食人鬼オーガと呼ばれる主に人型生物フェインミューブを好んで食べる種族であり、こちらは巨人族の中ではかなり小型な部類だ。

人型生物フェインミューブの中でも大柄なオーク族…特にクラスクなどと並んだ場合、それほど差がない程度である。


…まあこの場合、どちらかというとクラスクがオーク族の中では規格外の大きさなのだけれど。


ともあれそんなわけで二人は巨人族と言ってもその大きさにはずいぶんな開きがある。

ヴィラの背丈は12フース(約3.6m)、一方でユーアレニルは8フース(約2.4m)ほど。

ヴィラの方がおよそ1.5倍ほど大きい。


だがヴィラはのんびりと、一方のユーアレニルは大股で歩いているため、今のところ二人の歩足が大きくずれるような事態にはなっていない。


「まあたまさかにはこうして羽を伸ばすのもよかろうて。なあに、また先のようなことになれば私がちゃんと護ってやるとも!」

「「おお~~~~~~~」」


どんと強く胸を叩くユーアレニル。

嘆声を上げるエィレとヴィラ。

特にエィレはあの一件でこの食人鬼オーガが信頼のおける人物であるとすっかり刷り込まれてしまったようだ。


「そこについてははじめっから心配していないしー」


そして言葉遣いはともかく人魚族…と言っても今は下半身が人間族のように二本足となっているが…のシャルもまた彼を信頼しているようだ。

というよりおそらくこの中で最も彼を信頼しているのはシャルかもしれない


今回ユーアレニルは彼女達…主にエィレの護衛として彼女たちに同道していた。

ただ街中と違って今歩いているのは前も後ろも広大な畑地と牧草地であって、食人鬼オーガの彼が隠れられるような遮蔽物などありはしない。


ゆえにこっそりついてゆくのは無理と判断したユーアレニルは、護衛の件をぶっちゃけてこうして堂々と隣を歩いているわけだ。


「あ、馬車!」

「クラスク市に向かってんのかしら。どこから?」

「このあたりのオーク村で運搬に使われている馬車ではないな。これより北方からクラスク市へ向かうとすると防衛都市ドルムへ食料を運び込んだ帰りか、或いは北西の丘街道から降りてきたドワーフ連中かもしれん」

「「「おおお~~~~~」」」


これまた三人娘から嘆声が上がる。


「お詳しいんですね!」

「一応これでも村長を名乗っておるでな。この程度の事は知らんと色々困る」

「へえええええ……」


博識な食人鬼オーガも初めてなら謙遜する食人鬼オーガも初めてならも初めてで、エィレはひたすらに感心した。

まあそんな食人鬼オーガ、そうそういるはずもないのだが。


馬車は彼女たちの視界右側をゆっくりと通り過ぎ、後方のクラスク市へと向かってゆく。

方角的には東、距離的にはおよそ500ウィーブル(約450m)と言ったところだろうか。


そう、エィレ達一行は現在街道から遠く離れた農道を歩いて北に向かっている。


多くの荷物はドルムへと通じる主街道を荷馬車で通るか、或いはオーク川を船で運搬される。

だが広大な畑地の端から端まで堆肥などを運ぶには農道は欠かせない。


幸いクラスク市の混合農業は畑を四方に区切るため間に道を造りやすく、こうして一定間隔でまっすぐな道が縦横を走っており、彼らはそれを利用していたのだ。


なにせ巨人族である。

たとえ事情を知っているものですらぎょっとしかねない存在だ。


このあたりの農作業従事者であれば力仕事にルミクニの巨人の力を借りたりすることもあって、お陰で比較的事情を知ってはいるけれど、旅の隊商などであればそうもゆくまい。

そんな巨人どもが街道を堂々と歩いていれば彼らはクラスク市に恐怖心や警戒心を抱きかねぬj。

なのでこうして街道から外れて歩いている、というわけだ。


まあこれだけ離れていても巨人は巨人であり、やはり大いに目立つのだけれど、牧歌的な畑の中をのんびりと歩く彼らを遠目に見てもさほど警戒感は抱くまい。

目の錯覚かと瞼をこするうちに通り過ぎるのがオチである。


そんなわけでエィレ達一行はゆっくりと北へ向かっていた。

畑仕事をしている者達相手に手を振りながら。


「二人はここまで来たことある?」

「わたしない」

「私もないわね」


途中幾つかの村を通り過ぎた。

その住民の男性はほぼ全員オーク族、残りはオーク族以外の女性…おそらく皆彼らの妻女であろう…という村である。


ヴェクルグ・ブクオヴというで一泊もした。

クラスク市ほどではないがこちらも絶賛発展中の街で、人間族の商人などが商館を立てている最中だった。

街の名前の意味は宿の店主をしていた女性…最近その街で暮らすようになったというオーク族の新妻らしい…が教えてくれた。

『北の平原』という意味らしい。

北原街、とでも言うべきだろうか。


北原街以外の村々はさほど大きくはなかったが、その住人のほとんどがオーク族とその配偶者で構成されており、エィレを驚かせた。

この半月ほどの間にクラスク市について色々学んだエィレは、それらがクラスク市の周辺村であることを既に学んでいた。

このあたりの農地や花畑などを手入れして、その収穫物をクラスク市へと収める、いわばクラスク市の手足のような村々なのだ。


村の者達はヴィラの巨体を見かけると目を丸くしていたが、皆嬉しそうに手を振って見送ってくれる。

村を走り回っていたオークの子供たちが珍しい通行人だとわらわら集まって来て巨人ぞ族の巨体を物珍し気に見上げていた。


水を浴びぬ限り見た目が人間族とほぼ変わらぬシャルはともかく、巨人族のヴイラに対してもその態度は変わらない。

にもかかわらず存外な歓迎ぶりなのである。


「へー、もっと怖がるもんだと思ってたけど、案外友好的ね」

「オークの人たち…すごい熱心に手を振ってましたね」

「こわがらないの、すごい!」


村を通り過ぎた後シャルとエィレ、そしてヴィラウアがそんな感想を漏らす。


「ハハハ、それはお主たちが女だからだろう」

「え…? それってどういう…」


呵々と大笑したユーアレニルが背後を振り返り、未だにこちらに手を振っているオーク達を見た。


「あれはオークの若者だろう。みんな独身で、だから女が来たとなれば放っておかぬのだ」

「「「ええええええええええええ!!?」」」


三人娘が目を丸くして声を上げた。


「そーゆー目で見てたの!? あれ!」

「え…でも村に若い女性の方結構いらっしゃいましたよね…?」

「あれは全員結婚済みの細君だよ。考えてもみろ。オーク族と他種族の娘が子を為したらオークの男児しか生まれん。つまり村に独身の女性がのだ。これまでも、そしてこれからもな。ゆえに彼らは常に女性に飢えておるのだ」

「ああ……!」


言われてオーク族の特性を思い出し、エィレは小さく呻いた。


「でもそれじゃ、どうやって相手を……あ!」

「気づいたようだな。。クラスク市であれば優遇政策によって多くの女性が居住しておる。実際それで妻を得た者も多かろう。ただし街に入るには共通語ギンニムの習得や他種族に対する会話や態度について問われる厳しい試験を通らねばならぬ。結句、クラスク市で過ごすオークどもはあれほどに洗練された態度なのだ。なにせ自分の嫁探しがかかっておるからな」

「それはなんというか…よくできているというか実に厳しいというか…」


感心するエィレの横でシャルが何気なく問いかける。


「ところでヴィラはへーきなの? ああいう目で見られて」

「…………………」

「ヴィラ?」

「わ、わたしはっずかしぃ~~~~~!!」

「「っきゃああああああああああああああああああ!!?」」


両手で顔を覆い、真っ赤になってぶるぶる首を振るヴィラ。

そして肩に乗っていたせいでジェットコースターもかくやという勢いで振り回され落ちないように必死に彼女の肩や首にしがみつく少女二人。





そんな彼らの前方に……

今回の目的地である、大きな森が広がっていた。





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