第664話 (第十三章最終話)怪異

誰も、いない。

村に誰もいない。


ヴィラの語った正体不明の古馴染み。

その調査のつもりだったのに予想外の結果が返って来て一同は戦慄する。


「なんですかこれホラー映画かなにかなんです?」

「ホラー…エイガ?」

「ああいえこっちの話で。そっかホラーものとかないですもんね…」


ホラー作品は恐怖という刺激を求めて生まれるものだが、それは周囲に恐怖がないからこそ味わいたいという需要ゆえである。

だがこの世界に於いて人型生物フェインミューブはそもそも万物の霊長でもなんでもない。


竜や魔族と言った強大なクリーチャーが闊歩しているし、死の象徴そのものである不死者どもも跳梁している。

わざわざ人工的な恐怖を求める必要がないのである。


「しかし…どういうことだ? 生活の営みの中途で村がいるのに争った跡がないというのが解せん」


キャスが眉根をひそめ考え込む。


例えば村が不意を突かれて襲われたのなら争った跡がなければならぬ。

誰にも気づかれず暗殺したとしても血痕などは残るはずだ。

逆に争いがなく村ごとどこかへ移住や移動したというのなら食事の支度の中途というのが腑に落ちない。


不測の事態…例えば災害などが発生し慌てて逃げ出したというのなら現場が荒れているはずだがどうもそんな様子でもないようだ。

つまりごく普通の生活をしていた村からある瞬間に巨人たちだけが忽然と消え失せた、ということになる。


「ネッカさんネッカさん。なにかこういうことができそうな呪文とかに心当たりあります?」

「一応幾つか心当たりはありまふが…」

「あるんですか」

「う~んもしできる術師がいたとして、一体なんのためにそんなことを…例えば空間ごと断裂させて削り取ったなら村の地面ごと抉り取れるはずでふからこれは違うとして」

「なにそれこわい」


ぶつぶつと物騒な事を呟くネッカにミエが怯える。


「だがそうすると相手の意図は…」

「ちょっと待ってくださいキャスさん。その場合…」

「もしその相手が魔導師だったと仮定してでふね…」


ミエたちはそれぞれその巨人の隣村の状況に対し自分達の観点で分析を試みようとしていた。


「…………………」


そんな中……一人、沈思の中全然別のことを考えている娘がいた。


「あの……もし」

「オウ、ナンダイイエタ夫人」


この街の最高司祭にしてクラスクのもっとも若い妻、天翼族ユームズのイエタである。


「その、スフォー…さんは、その巨人の娘さん…」

「ヴィラウアノコトカ」

「はい。今回そのヴィラウアさんの村にもゆかれたのですか?」

「オウヨ。ソウシネート隣村ニ辿リツケナカッタカラナ」


今回のミエの依頼はあくまで『隣村の古馴染み』なる人物の正体を探ることであってヴィラウアの村は調査対象外である。

だがスフォーの目的達成のためにはどうしても彼女の故郷にも立ち寄る必要があった。


理由は単純で、ヴィラウアには地図を読む事ができないためである。


地図の読み解きは技術であって、学ばない限り身に付かない。

それを知らぬ者に地図を見せても現実の地形と照合できないだろう。


ヴィラウアは己の村から隣村への行き方を説明することはできる。

また己の村からどうやってクラスク市へ来たのかも説明することができる。


スフォーは隠れ里でなにげない日常会話を装い彼女からその道筋を聞き出した。

まあとはいっても彼が特に話術や技巧を凝らすまでもなくヴィラウアは聞かれるままに素直に全部語ってくれたのだが。


ただそれは『村から近くの川に沿って…』とか『森で一番高い樹の右側を…』のような目印を用いたであって、地図上の一点を指し示すような絶対的なものではない。


ゆえにスフォーが目的を達するためには、まず一度ヴィラウアの説明に従って彼女の村へとたどり着き、そこから彼女の説明を辿って隣村へと向かわなければならなかったのだ。


「その…それで、お伺いしにくいのですが…」

「…流石ニ夫人ハ鋭イナ」

「「……!!」」」


そこまで言われて、ようやくミエ達もハッとした。

自分達が事態の深刻さをまだ完全に把握しきっていなかったことを理解できたのだ。


「それって、まさか…!」

「アア。アイツノ故郷モダッタゼ。誰一人イヤシナカッタヨ」


ぞくり。

それを聞いたミエたちの背筋に悪寒が走った。


誰もいなかった。

あの巨人の娘の故郷にも誰一人残ってはいなかった。

巨人達は煙の如くどこかへ…忽然と消え失せてしまっていたのである。


「それは……!」


さしものキャスもその報告には絶句した。


一体何が起こっているのか。

誰が、何の目的で、どうしてそんなことをしているのか、わからない。


わからないからこそ、怖い。

恐怖とは理解の届かぬ、及ばぬものに対し抱く感情だからだ。


「スーさんスーさん、他に何か気づいたことはありませんか?」


時間をかけ思案して、それでもミエにはそれ以上のことを聞くことができなかった。


「サーナ。聖職者様デモネー俺ニャ邪気ヤラ瘴気ヤラヲ感ジラレルワケデモネーカラナ」


両腕を後ろに汲んだそのゴブリン……スフォーは、眉根をひそめてこう言い添える。


「タダヒトツ言エルコトハ、巨人ドモヲ神隠シニシタ奴ハ絶対ロクナ奴ジャネエ。ソレダケハ確カダ」

「どうしてそう言い切れる」


スフォーの断言に、キャスが重ねて問いかける。


「ソリャ決マッテル。他人ノ飯ノ最中ニスルヨウナ奴ガロクナ奴ノハズガネエ」

「…確かに」


キャスが口元を緩め、スフォーの台詞を肯定した。

互いに従軍経験がある身である。

食事云々の話には随分と実感がこもっていて、キャスはそれに共感したのだ。


「…わかりました。報告ありがとうございます」

「オウ。ジャアナンカアッタラマタ依頼シナ。代金ノ範囲内ナラマア仕事シテヤルヨ」


そう言いながらスフォーは扉を開け、廊下に出る。

そして部屋から突然現れたゴブリンに驚く新米の衛兵に片手で挨拶しつつ街の雑踏の中に…文字通り消え失せていった。


「…………………」


部屋に残った面々は無言のまま押し黙っている。

調査報告が彼女たちの想定外に不気味なものだったからだ。


「ヴィラちゃんには言えませんね、こんなこと」


ヴィラウアは巨人族の暮らしに嫌気がさしてクラスク市へやってきた。

元の村に未練などはないだろう。


ただそれでも他の巨人たちを憎悪しているというわけではないだろうし、彼女の家族だっていたはずだ。

まだこの街にも慣れ切っていないのに故郷の村が既に失われてしまったなどと聞けばショックも大きかろう。

ミエはそう判断したわけだ。


「そうニャ。告げるにしても今じゃニャイ方がじゃいいだろうニャ」

「ですねえ……」


アーリの台詞に同意したミエは、そこで不思議そうに彼女の方を向いた。


「そーいえばアーリさんさっきずっと黙りっぱなしでしたよね。珍しい」

「まーニャ。ある程度だからニャ」


壁際で腕を組んだままそう告げるアーリに一同がざわりとざわめいた。


「それは…この巨人族の消失に心当たりがある、ということか?」


キャスの低い声にアーリは首を振った。


「うんニャ。心当たりがあるわけじゃないニャ。誰がやったかとかそんなのもわからんニャ。ただ……その『誰か』の目的があの巨人っ子をこの街に送り付ける事だったなら、の巨人の村は用済みニャ。残りをどうしようと自由なはずニャ」


アーリの説明は実に明快なものだった。

用は済んだのだから残りは好きに料理する、そう言っているのだ。


「どうしようと…って、どういう意味なんです?」


ミエがさっぱり理解できずにアーリに問うた。

そのあたりの発想が彼女にはまるで湧いてこないのだ。


ただ…アーリの言葉にキャスだけは厳しい顔をしてむっつりと黙り込んだ。

アーリに言われ彼女にも推測がついたのである。


「決まってるニャ。巨人族をまとめて連れ出す以上、その目的は明確ニャ」


そして…アーリはこともなげにこう答えたのだ。





「『戦力』ニャ」




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