第690話 会談予定
米ぬかの有効活用…それを実現させるためにミエが行った施策は大きく二つ。
先述の米ぬかを米と抱き合わせ販売する法案と、その米ぬかを加工する会社の設立である。
米ぬかの活用法としてもっとも簡単なのが飼料として家畜に与える事で、これは家畜の健康面などが向上するため十分メリットになるのだけれど、本来米から取れた米ぬかを、米を食べる者に摂取させぬわけにはゆかぬと、その案は没になった。
さてなにはともあれ工場である。
なにせ今後この街で主力となる米に関わる仕事で、しかも制度的に米を売る際に100%この会社の加工工場を介する必要がある。
つまり今後ずっと喰いっぱぐれる事のない、公的支援を受けた超優良企業なのだ。
ミエはこの会社を下クラスク北…すなわち大鍛冶街の南部、工場地帯に設立し、その従業員として下クラスクに移り住んできた者達を雇用した。
彼らはクラスク市に正規に移住希望をして通った者達ではない。
クラスク市の発展性とその施策に希望を抱き藁にも縋る想いで城壁の外に掘っ立て小屋を建てて住み着いた者達だ。
結局クラスク市は拡大の過程で彼らを吸収し、その多くは外の農地へと賃金労働に出る事となったけれど、その内の一部を新たに設立した工場の従業員として募集したのである。
当然ながら大量の応募があったけれど、ミエはその中から女性を優先して採用した。
女性優遇はそもそもこの街のコンセプトでもあるし、新たにやってきた娘達を一か所に集めておくことはオーク達としても有難い。
雇われた女性達の方も金があれば身だしなみも整えられるし、身だしなみが整えば自信もつく。
自信がつけばより快活に、溌溂となるし、そうすればより魅力的になる。
女性達としてもオークどもとしても得しかないわけだ。
またそもそも工場の仕事内容的にも女性の方が向いている。
その仕事の多くは米ぬかを加工食品にする調理作業だが、他にも米ぬかを使った様々な料理を考え立案し、商品化するのも業務の内だった。
そしてその結果として生まれたがぬかクッキー、ぬかせんべい、そしてぬかフレークである。
これらは全て米と一緒に販売される。
当然加工の手間がかかるため米単品よりも割高になってしまうけれど、単位面積当たりの米の収穫量を考えればそれらを加えた上でなお麦よりも安く販売可能だ。
またぬかと言えば当然ぬか
こうしてこの街は、また新たな名物『ぬか料理』を手に入れたのである。
× × ×
「じいや、今日の予定は?」
朝食を終えたエィレはさっと皿を洗って外交官としての業務を開始する。
そろそろ騎士達も出勤してくる頃合いだ。
彼らにぼんやりした姿を見せるわけにもゆかぬ。
「ハ。本日は朝9時からグラトリア外交官ダフマネック殿との会談、その後昼1時からアールカシンクグシレム外交官アルヴィナ殿との会談…」
「西の世界樹の?!」
いわばこの地域のエルフ達の祖国とも言える地だ。
そこの外交官と会談できるというのはとても興味深い。
世界樹を擁するエルフの里は世界に少数点在しているが、ほとんどの場合他種族の立ち入りを禁じておりその内情については不明なことばかりだ。
ただ人口はさほど多くなく、国として考えるならその規模は非常に小さい。
ただし全エルフ族の信望を得ている彼らの影響力はとてつもなく大きく、『格』という点に於いては間違いなく大国である。
そんな彼らがクラスク市を認めた、というのは非常に重要である。
今日の話の内容は是非王都に報せなければ。
エィレは心に固く誓う。
さらに言えばその外交官、名前からして女性のようだ。
こちらもとても興味深い。
…エィレは最近、こうして他国の外交官とよく会談をする。
理由は単純、相手からの会談要請が非常に多いからだ。
クラスク市の竜宝外交によって多くの国がこの街を認め、評価した。
有史以来多くの者が竜に挑み、その殆どが無残に散って、少数の勇者のみがその栄光と巨万の富を得てきた。
だが真竜は年経るごとに際限なく大きく、強くなり続ける。
巨大化するにしたがって小さな相手を苦手とするようになり、また動きも少しずつ緩慢になってゆくけれど、物理障壁や魔術結界、竜の吐息などはますます強力になり、特殊能力もより多様に、さらには唱える魔導術もますます高度になっていって、要は大きくなるデメリットより獲得する強味の方が遥かに大きくなるからだ。
五百年以上生きた『古竜』、そしてそれよりさらに年経て強大となった『古老』…かの赤竜イクスク・ヴェクヲクスがこの段階だったが…さらには千年以上生きた『長蟲』といった、年経た竜を退治した事例というのは本当に数えるほどしかない。
しかも彼らを倒した上でその手にした莫大な財宝を『こんな使い方』をした国、あるいは一個人など前代未聞である。
だからクラスク市と小魔印を交換した国々はこの街を高く評価している。
いや規模的にはもはや街というより小国家の域に達していると言ってもいいだろう。
もし国際会議などが開催されることがあったなら便宜を図ってもいいとすら思っているのだ。
ただ…そんな彼らにとって大きな懸念材料がある。
クラスク市とアルザス王国の確執がそれだ。
クラスク市がいかに飛ぶ鳥を落とす勢いで発展していると言っても、現状街ひとつと十程度の衛星村のみで構成されている辺境の都市に過ぎぬ。
人間族以外の種族から見れば小国程度の規模があるものの、人間族の大規模な国家と比べたらせいぜい一地方の地方領主程度だ。
これでは国家相手にいざ戦となったらまず勝ち目はない。
ならば国際会議にかけて独立を認めさせればいいのだが、この場合クラスク市の前身がアルザス王国に無断で村を作りその領地を開拓した、という部分が弱味になる。
ゆえにできれば話し合いで解決して欲しい。
そしてその解決して欲しい国の外交官が、まさにこの街にやってきている。
となれば、その外交官と会って人となりなどを確認しておきたくなるのは当然と言えるだろう。
彼らはエィレからは様々な情報が得られる。
例えばアルザス王国の国情。
彼らが何を考え、この街をどう評価しているのか。
そして最終的にどうしたいのか。
そしてエィレの人格と性格。
これもとても需要な要素である。
外交官には彼らの判断イコール国の決定と見なす、という権限が与えられるからだ。
どの程度の決定権を与えられるからは国や状況によるが、場合によってはエィレの判断によってアルザス王国とクラスク市の和解が成立するかもしれないのである。
それは他国の外交官としては是非是非知っておきたいところであろう。
…というわけで、アルザス王国外交官が街にやって来たと知れ渡って以降、他国の外交官が後から後から面会と会談を求めて予約待ちの状態なのである。
ちなみにこれはエィレとしてもメリットの多い話だ。
なぜ他の国はクラスク市に外交官を派遣しようと思ったのか。
どこを評価し、何が気に入ったのか。
そうした事を聞き、調べ、国に報告することがその後のクラスク市との交渉の際、クラスク市側の評価を上げる要因になり得るからだ。
ゆえにエィレは今日も居住まいを正し、他国の外交官を待ち受ける。
だが…今のしっかりした彼女からは想像もつかぬ、あの起き抜けの彼女を襲っていた悩みぶりは、一体何だったのだろう。
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