第677話 森のほとりの岩山で

「…とまあ、そんなこんなでエルフ達はウチの街の市民になってさー」

「「「へええええええええええええええ」」」


ノームの魔導師アウリネルの説明に三人娘が感心したような声を上げる。

特にエィレは瞳を輝かせてその話に聞き入った。


オーク族の負の歴史を背負わんとするその責任感。

竜退治によって得た、竜が国々から奪った国宝を各国の返却せんとする高潔さ。

そしてそれを直接交渉の材料にしないことで相手に譲歩を引き出したその誠意。


絵本などで多くの物語を読んできたエィレにとって、それはまるで英雄譚の英雄が当代に降臨したかと思うほどの存在に聞こえたのだ。


ただクラスクが潔いのは間違いないにしてもそれを高潔と呼ぶのは些か語弊があるかもしれない。

クラスクは財宝の価値を理解した上でそれを高い志で返還したわけではない。

いやそういう感覚もあるのかもしれないが、人間族などのそれに比べるとだいぶ希薄だ。


彼が国宝級の魔具を簡単に手放せるのはからだ。

オーク族は長い間貨幣経済を有さず宝石や貴金属などにもあまり興味を示さなかった。

装飾品に価値を見出すことはあったが、それは金細工や宝石細工ではなく主に獣の骨などで造られたものだった。

オークは基本的に『きらきらひかるもの』にあまり惹かれないのである。


国宝級の魔具は当然希少な素材で作られることが多く、人型生物フェインミューブの常としてそれらは黄金やら真銀ミスリルやら巨大な宝石やらで作られることが多い。

そういう類のものはいずれもオーク族にとって大した価値に映らず、それゆえ相手に返すにも頓着しないのである。


「それじゃあそれじゃあ、その木材畑ユィーウォム・ヘルンってのもこの近くにあるの!?」

「あるよー。こっちじゃなくて街道の西の方、多島丘陵の方面ねー。見に行く?」

「「「行きたーい!」」」


シャルの質問にアウリネルが答え、彼女の言葉に娘達が声を合わせた。


「ハッハッハ。では行くとしよう。なあに我らなら大した距離ではないさ」

「わかったー」

「「きゃっ!?」」


ユーアレニルが肩に荷物を背負い、ヴィラがアウリネルの話を聞くため地面に降りていたエィレとシャルを拾いあげて再び肩に乗せる。

これで道中と同じく移動の足は巨人族のみとなって、所要時間が大幅に減るはずだ。


「よーし。じゃあアウリネルさんも付き合うよー」

「ありがとうございます。でもいいんですか? お仕事とかあるんじゃ…」


よいしょっと箒に跨るアウリネルにエィレが尋ねる。

確かに色々と詳しい魔導師の彼女についてきてもらえるのはエィレ達的にはとても助かるのだけれど、それで彼女の仕事の邪魔をしてしまっては街の迷惑になってしまうのでは…と懸念したのである。


「大丈夫だいじょーぶ。とゆーかこっちの森の調査はオマケで、わたし的には本題は森の西の方にあるのさー。だからちょーどいーのだ」

「へえ……?」


本題とは一体何なのだろう。

少し気になったエィレだったが、すぐにヴィラが歩き出し思考は中断された。

なにせ巨人の歩みは大きすぎて、しっかり掴まっていないと振り落とされてしまうからだ。


肩の上、と軽く言うけれど高さは10フース(約3m)ほどある。

その高さから体勢を崩して落下したら単なる大怪我でをすまないだろう。


「おー、流石に早いわね」

「たーてーにーゆーれーるううううう」


巨人族のヴィラが両肩にエィレとシャルを乗せ、食人鬼オーガのユーアレニルと共に並んで歩く。

そしてその少し後を空飛ぶ魔法の箒に跨ったアウリネルがひよひよと続いた。


「このあたりかなー?」

「あ、それっぽい!」


アウリネルが手をかざし前方を見据える。

エィレもすぐにそれに気づいて指を差した。

どうやら木材畑ユィーウォム・ヘルンに到着したようだ。


「あらほんと。木の畑って感じねー」

「それっぽい…?」


すぐに得心するシャルとよく意味がわからず首をひねるヴィラ。


「あー…ええっと、ほらヴィラよく見て、私たちの前にある林と少し間を開けた向こうの森、何か様子が違わない?」

「ようす……?」

「痒っ! 痛っ! 頭こっち向けないでー! わっぷ!」


じいいいいいいい、と互いを見比べて、ますます首を捻るヴィラ。

そのあおりを受けて鳥の巣のようなごわごわした髪の毛に飲み込まれるシャル。


「どっちも木! どっちもいっぱい! どっちも森!」

「う~~ん、それはそうなんだけど、もっとこう……」


どう説明したものかと頭を悩ませるエィレの横からぬっとユーアレニルが顔を出した。


「ほれ、もっとよく見てみい。木と木の間、

「あいだ……?」


ん~~~? と首を傾げながら木材畑ユィーウォム・ヘルンの方へと近寄ったヴぃらは、そこでしばし検分したのち大く目を見開いた。


「すごくきれい! きれいにならんでる!」

「うむ。その通り。等間隔に並んでおるだろう」

「とーかんかく!」

「木と木の間がみな同じような距離だけ開いておる、ということだ」

「とーかんかく!」


ふおおおおおお…と興奮するヴィラ。

勉強熱心な彼女はまたひとつ新しい言葉を覚えたのだ。


「とーかんかく! …だと、なに?」

「うむ。木はいちいち周りとの距離を測って生えるわけではない。それぞれ手前勝手に生えてくる。それはわかるな」

「わかる!」

「わっ! わわっ!」


ユーアレニルの言葉にヴィラはこくりと頷く。

突然前に投げ出されそうになりエィレとシャルは慌ててヴィラの首にしがみついた。


「だがこちら側の木々はそうではない。それもわかるな」

「わかる!!」

「「きゃああああああああああああ!?」」


ぶんぶんっ! と大きく首を縦に振るヴィラ。

肩の上で上下に激しく揺さぶられ悲鳴を上げながらヴィラの首っ玉にしがみつくエィレとシャル。


「無為自然に生えたものではないとするなら、こちらの木々はさてなんだ?」

「えーっと、えーっと、うーんと……」


ぐぬぬぬぬぬぬぬ…と腕を組んで考え込んだヴィラは…


「えーっと…自然のものじゃない…?」

「そうだ」

「…うえた? はたけみたいに?」

「そうだ! 先程姉弟子殿が言うておったな!」

「あたったー!」

「バンザイはやめてバンザイはあああああああああああ!!」


両手を掲げて大喜びするヴィラ。

横から迫る巨大な肩肉に怯え叫ぶシャル。


「おー…ごめん。こうふんしてた」

「まったくもう…死ぬかと思ったわよ」


しょんぼり謝るヴィラに対し深くため息をついたシャルは、だが口調と裏腹にそれ以上の糾弾はしなかった。

正直命の危機を感じたエィレは、シャルの普段の口の悪さを考えるともう少し友情にひびが入りそうな罵詈雑言が飛ぶものかとひやひやしたのだけれど、彼女にはそうしたところへの分別はしっかりあるようだ。

巨人族とは別の意味で差別を受け続けてきた種族ゆえだろうか。


エィレの方は己を圧し潰さんと目の前まで迫ってきていた巨大なヴィラの肩に一瞬死を覚悟して心臓をばっくばくと鳴らしながら、種の違いについての思考が脳内を駆け巡っていた。

悪意の欠片もないヴィラですらこうして容易に命の危機が発生し得るのだから、異種同士の融和というのは相当困難なものなのだな、と。


「おー、こっちの木はもっとおっきい!」

「ホントだ。奥に行くほど木の丈があがってくわねー」

「さっき言ってた収穫タイミングをずらすってやつかな?」


木々は区画ごとに分けられ、ひとつの区画の木々の丈はだいたい同じだ。

だが隣の区画とは丈が少し違っている。

定期的に木材を収穫するための工夫だろう。


「いちばんおっきい!」

「ふーん。さしづめ収穫間近、ってとこかしら」

「木をこういう風に育てるって意識したことなかったな…」


木はもっとゆっくり育つもので、木こりは育った木々を求めて次々に森を伐採してゆく。

だから森を大切にするエルフ達と対立する。

王都にいた頃はそういうものだと思っていた。


だがエルフ達と協力するならこういう解決法もあるのだ。

このやり方だと急遽大量の木材が必要になった時に対応が難しくなるけれど、かわりに常に安定した量の木材が確保できる。


他種族と共に歩む強味。

他種族と共に歩む難しさ。


エィレはこの街でとても大切なものを学んでいる気がして、胸に手を当て目を閉じた。

この想いを大切に、自分は……


「………………?」


なにやらいい感じの決意を胸に秘めんとしたエィレの耳に、高揚に水を差すような雑音が聞こえた。

どうやら誰かが言い争いをしているようだ。


正面の木材畑ユィーウォム・ヘルンのさらにその先、多島丘陵エルグファヴォレジファートのふもと方からだ。

丘陵と言ってもこのあたりはかなり急峻で、むしろ岩肌に近く…


「あ………」


唐突に気づいた。

今更気が付いた。


この森はかつての赤竜の縄張り。

無人荒野 《ミンラパンズ・アマンフェドゥソ》と呼ばれていた彼の『狩り庭』である。


となればその西に連なる岩肌が多島丘陵エルグファヴォレジファートのはずはない。

彼の元縄張りたる峻険……





赤蛇山脈ロビリン・ニアムゼムトのふもと、ということになるはずだ。





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