第661話 調査結果

イエタの発言は実はかなりの危険を示唆している。


魔族たちが瘴気の外で失ってしまう強力な防護能力をなんらかの魔術や妖術によって補っているとするならば、彼らに強力な魔導師がいるか、或いは強力な使を持つ者がいる、ということになる。


もし彼らが瘴気の外でもその特殊防護を維持し続ける魔術儀式などを発見していたのだとするならば、いつ北の森から大挙してこの国に襲い掛かってくるかわかったものではない。

実に危険極まりない状況と言える。


またもう一つの可能性として、仮に弱体化した上でなお物理障壁や魔術結界を保持しうる魔族だったという事であれば、その正体はとんでもな実力の持ち主だったという事になる。

そんな相手に街中で襲われたとしたらなこれまたとてつもなく危険な事態だ。


つまり彼らの手段がなんであれ、この街は今とても剣呑な状況にある、と言うことになる。


「う~ん…どれが理由でも怖いですねえ」

「いえ…問題はこの後なのです」

「ふえ?」


困惑するミエにイエタがなおも告げる。


「まだ何かあるんです?」

「はい。それが『二つ目』です。仮に今回の襲撃者の正体が魔族或いは魔族にくみする何者か、と仮定したとします」

「はい」

「にも関わらずわたくしもネカターエル様も魔術によってあれを『人間族の死体』と認識してしまっているのです。由々しき事態かと」

「あ……っ!」


言われてミエは愕然とした。


この街には様々なセキュリティーが施されている。

例えば大門では衛兵の質問に対し嘘で答えた者はわかるようになっているし、占術で上街、中街の中を覗けぬようにもなっている(実はまだ下街は一部しかカバーできていない)。


その多くは魔術によるものだ。

魔術によって嘘を見破り、悪を見抜く。

これまでそうやって事前に摘み取られた犯罪の芽は数知れぬ。


だが…今回の男は街中で襲ってきた。

どんな目的であれ自衛のため以外で他者を傷つけるような暴力を振るってくる相手は存在だ。

本来であればそれは悪と認定され、街に入る前に弾かれる…はずだった。


それはすなわちその男に対して街のセキュリティーが機能していなかった、ということになる。


そしてそれは同時にその男と同種同質の『何らかの手段』を有する者は、この街のセキュリティーを突破し邪悪な本性を隠したまま街の中を闊歩し得る、ということを意味する。


「もちろん防御術の中には様々な探知・検知系の占術から逃れる呪文もありまふ。〈対占術防護ヴェオーシリフヴェヴ〉や〈標的除外リフクァーヴェヴ〉なんかがそれでふね。一応この街はそうした占術阻害系の魔術にも対応した占術を準備してまふが、回数制限なしで衛兵でも使える魔具となるとどうしても効果は落ちまふから…少なくともそうして精度が落ちたネッカやイエタさんの占術でれば突破できる程度の高位の術式が準備されていると考えるべきでふ」


ネッカの説明にミエは腕を組んで考え込む。

一応この街にはそうした相手に対する切り札があるからだ。

ただ…


「う~ん…サフィナちゃんをこれ以上酷使させるわけにもいきませんしねえ」


そう、比較的最近まではそうした相手はほぼ全てシャットアウトできていた。

サフィナガいたからだ。


彼女の直感の鋭さと正確さは勘というよりはもはや預言めいており、通常の占術では検知できぬような危険な存在をこれまで幾度も看破してきた。

彼女に正体を見ぬかれ、だがそのまま街に採用した各国のスパイなどもいる。

サフィナがいなくばこの街は重要人物の暗殺なり民衆の扇動なりでとっくに潰れていたやもしれぬ、というほどにその力は強力だった。


ただ…いかんせんクラスク市は大きくなり過ぎた。


当初は村の移住希望者面接に顔を出すだけでよかったけれど、クラスク市が上街と下街に分かれた頃には夫であるワッフに肩車されほうぼうを走り回らねば危険な相手を探し出せなくなって、街が三層に分かれた今では遂にその全域を常時カバーする事が叶わなくなってしまっていた。


無論今でもこの街はサフィナには助けられ続けている。

夫と共に荷物の集荷などの仕事を行っている関係上彼女は街のあちこちに顔を出すし、市場などにもよく出入りする。

またそうでなくとも彼女は暇さえあれば街の中を散歩してそうした相手に目を光らせており、そうして見つかった犯罪者などもたくさんいる。


だがそれでも街の規模に対し彼女の歩幅は小さすぎる。

定住している街の住人ならまだしも、旅人などを装って街に入り込み潜伏している者などをあぶり出すことは難しくなっていた。

今回はまさにそうした街の肥大化に伴うセキュリティの穴を突かれた格好である。


「サフィナちゃんには言えませんねえ。気にかけちゃうでしょうし」

「でふね」


ミエの嘆息にネッカもまた溜息で応え、イエタだけが少し首を捻った。

彼女は気遣いよりも正直を美徳とするところがあるので、サフィナが恐らく望んでいるであろう情報の共有をこちらの恣意で隠蔽することにはいまいち納得できないようだ。


「それにしても…とうとう街中で、ですか」

「そうでふね」

「はい…」


ミエの述懐にネッカとイエタがややうつむきがちに同意し、それを横目で見ていたゴブリンのスフォーが鼻を鳴らした。


「ナーニ言ッテンダ。今マデダッテアッタローガ」

「街の中でって意味ですよう!」

「マー確カニウチノ村ハ畑ノ真ン中ダケドナー」


…そう、実はこうしたはこれが初めてではない。

これまでも『悪でもなく』『種族を偽っているわけではなく』『他種族に化けているでもない』と、だがそれでいてその判定結果が怪しいと思われた不審な存在が数件確認されていたのだ。


ただしこれまではその全てがルミクニ……すなわち食人鬼オーガにして村長ユーアレニルが治める隠れ里への編入対象、すなわち人外の者達だったのだ。

彼らは隠れ里の入口に備え付けられていた魔術的な探知…実は垂れ幕をくぐる際にチェックされているのだ…には引っかからず、だがその全員がサフィナによる最終面接によって引っかかった。


以前ユーアレニルがヴィラウアに告げた、村への移住希望者が最終試験に通らず大暴れして死者が出たこともあった、という件はこれを指している。


巨人族や牛頭人ミノタウロスなど幾人か、人型生物フェインミューブ以外で村への移住を希望する者で、受け答えにも問題なく魔術的な危険感知にも引っかからずそのまま村へ受け入れようか…といったところでサフィナがひょこっと顔を出し、大層怯えてミエの後ろに隠れてしまったのだ。


その後一度取り調べしようと連行しようとしたところで…彼らは突然暴れ出した。

取り押さえるために兵士やルミクニの里の者が幾人か犠牲になり、結局生かしたまま取り押さえるのは難しいとなって殺害されてしまった。


その後イエタやネッカによって追加で調査が行われたけれど、得られた結果は今回と同じ。



彼らは皆己が宣言した種族に間違いないと、占術の結果が示していたのである。



だが…実害が出ている以上これほど怪しい検知結果があるだろうか。


ただそれでもこれまではそこまで大きな問題にはならなかった。

隠れ里はクラスク市の外にあるし、街の中に入るまでには結構な審査期間がある。

その間に働きぶりを見て色々判断する事ができるし、何よりルミクニへの移住には最終審査として必ずサフィナのチェックが入る。

そこでほぼ確実に弾くことができていたからだ。


だが今回は同じ不審な死でありながら事情がまるで違う。

事件は街の中で起きたのだ。

それもおそらく明確な意図を持っていた。






報告を聞く限り……

アルザス王国から派遣された外交官であり、同時にアルザス王国対四王女でもある彼女を……その不審な存在が狙っていたのである。






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