第662話 懸念事項

「とりあえずイエタさんには申し訳ないでふがあの男の遺体は魔術学院で引き取らせてもらうでふ。まだ調査できる事が残ってるかもでふから」

「…わかりました。仮に魔族だとするなら由々しき事態ですから、念入りにお願いします」

「わかったでふ」


ネッカとイエタが互いに頷き合って、ミエもまたこくりと肯首して同意した。


「さて、じゃあ改めて…」

「スフォーが戻ったと聞いたが本当か!」

「キャスさん!」


ミエがに入ろうとしたところで扉を開けて二人の女性が入ってきた。

親衛隊長キャスバスィと、もう一人…


「なんで真っ先にアーリに報告に来ないニャ。一応アーリが上司のはずなんだけどニャー」

「ヨウ頭領」

「頭領って呼ぶニャ。アーリはあくまで盗族酒場のニャ」


アーリンツ商会社長、猫獣人のアーリである。


「欺瞞ダロソレ」

「建前と言って欲しいニャ。いつだって建前と大義名分は大切だニャー」

「商人から聞きたい台詞ではないな、それは」


アーリの台詞にキャスが少し眉をひそめる。


盗族酒場は盗族ギルドのないこの街で盗族の技術訓練を行ういわゆる職業訓練校のような場所である。

犯罪と一切かかわりなく盗賊技術を学ぶ事ができるし、冒険者の酒場とも連携をとっているため冒険者志望であればパーティーのメンバーに困ることもないし、盗賊技術が必要とされる仕事を街から依頼されることもある。


さらには見習い期間中の授業料(盗賊七つ道具などの必要装備代含む)は酒場で働く事で賄う事ができる上に酒場の上の安宿で食事と寝泊まりまで可能であり、喰い詰め者などが転がり込んで手に職をつける、といったことも少なくなかった。

まあ技術指南役のゴブリンがかなりスパルタで、住み込み寝泊まり目当ての軽い気持ちの連中は遠からず皆追い出されてしまうことになるのだが。


ともかくこの盗族酒場はアーリンツ商会の配下であり、技術指南役であるスフォーにとってアーリは所属する組織のトップ、ということになる。

ゆえにスフォーとしてはアーリがギルドマスターで自分はそこの幹部、のような認識なのだが、アーリの立場的にはその通りだと認めるわけにはいかない。


多くの職人たちが他の街の職工組合ギルドや商工組合ギルドから逃れてこの街へやってきた(きてくれた)手前、街としてはギルドの結成を早々に認めるわけにはいかないのだ。


「すいませんアーリさん。スフォーさんが遠征帰りに旦那様に報告しようと居館に戻ってきた時そのまま追加の用事を頼んじゃったの私なんです」


上司への報告を怠ったスフォーに少し不満げなアーリにミエがフォローを入れる。


「エィレちゃんがルミクニのヴィラちゃん…ほら最近入った巨人族のコとデートするって聞いたから万が一のことがあると困ると思って普段お願いしてるユーさんに加えて臨時で護衛をお願いしますって」

「先刻ユーアレニルに護衛された姫様とすれ違った際事情は聞いた。結果論だが最善手だったな」

「マサカアンナノガ来ルトハ思ワナカッタケドナー」


スフォーの言葉は本当に心からのものであろう。


「わかっニャわかったニャ。じゃあせめての方は最初に聞かせてもらうニャ」

「別ニ構ワネーケド大将ハドーシタヨ。他ノ食人鬼オーガノネーチャンヤラエルフノ娘ヤラノームノオバ…学者女ヤラハマアイイトシテモダ」

「旦那様ですか? 旦那様は確か…」

「クラスク殿ならちょうど下街西部の再開発地区でシャミルと共に図面と睨めっこしている頃合いだろう」


キャスが今日のクラスクのタイムスケジュールを追憶しながら告げる。

流石に親衛隊長を名乗るだけあってだいぶ詳しいようだ。


「それなら呼び出すこともありませんね。私たちだけで聞きましょう」

「イーノカヨ大将ホカットク判断独断デシテヨー」

「まああんまりよくはないですね!」

「ヨクネーノカヨ!」


スフォーの皮肉を真っ向から受け止めるミエ。


「でもほら私たち身内ですし、旦那様が夜に御帰宅為された時話せば済む話ですから」

ねやニ入ッテ寝物語デカ」


スフォーの言葉にミエ、キャス、ネッカ、イエタの四人が四者四様に赤くなって視線を逸らす。


「頭領ハ平気ナノカ」

「アーリはそもそもクラスクの嫁でも愛人でもないニャ! あと頭領って呼ぶニャ!」


女性陣の中で唯一クラスクの妻女でないアーリが全力でツッコミを入れる。


「ナーンダ。ジャア狙ッテモイネーノカ?」

「狙…っ、そ、それはクラスク次第じゃないかニャ…?」

「「「お…?」」」


即座に否定せぬアーリのもってまわった言い回しの他の四人が過敏に反応する。


「まあアーリさん、まさかそうだったんですか?!」

「ふむ、アーリが来てくれると正直だいぶ助かるな」

「歓迎しまふ! 歓迎しまふ!」

「あらあらあら、まあまあまあ、祝福致しますわアーリンツ様!」

「はーなーしーをすーすーめーろーニャァァァァァァァァァァァァァァ!!」


三人寄ったら姦しい。

ならば四人寄ったらなんとやら。


娘四人に囲まれ一斉攻撃を受けたアーリは両手を掲げて強引に話を戻した。



「報告ニャ! ほ・う・こ・く! はどうなってたニャ!!」



…そう、それがスフォーの受けた仕事であった。


過日盗族酒場にてミエがスフォーに為した依頼…ヴィラウアに対する調査。

そのために彼は街を出て、巨人族の生息域まで遠征に出かけていたのである。

巨人族の娘、ヴィラウアの証言を確認するために。


ミエは別段彼女の証言を疑っているわけではない。

村長ユーアレニルも問題なしと断じたし、最終試験官であるサフィナもまた彼女に危険を感じなかった。

ゆえにヴィラウア自体はシロであることをミエは確信していた。


ただ…それでも気にかかる事はあった。

クラスク市に来た理由である。


彼女は隣村の古馴染みからこの街の噂を聞いたと言った。

だがその『隣村の古馴染み』について詳しく聞いてもどうにも発言に要領を得ない。


古馴染みなら詳しく知っていてもおかしくないのに、記憶も曖昧だし顔も覚えてないという。

古馴染みであることははっきり覚えているのに当人の記憶がおぼろげ、というのはなんとも妙な話ではないか。


そもそもヴィラウアは人間族のお洒落やファッションに興味を抱き巨人としての生活を捨てた娘である、

当然その趣味嗜好も他の巨人族とはズレたものだ。


そんな彼女が、好みが合わぬと他の巨人たちと距離を置いていた彼女がごく当たり前のように他村の古い知り合いの助言を聞き入れて村を出る……などと言ったことがあるのだろうか。


さらに言えばアルザス王国近隣の巨人族の住処は白銀山嶺東方にある。

その集落から最も近くにある大都市はクラスク市ではない。

商業都市ツォモーペである。


その『近隣の村の古馴染み』は巨人族だという。

巨人族が人の…正確にはオークのだが…街について知っている事も、遠方のクラスク市について、その異種族を受け入れる内情まで知っている事も、考えてみれば妙な話ではないか。





スフォーは元地底軍であり、その役目は斥候だった。

そして斥候役として幾つかの他種族の言語を学んでいた。


地底の知的生物は大概地底語アムウォルウェルクを話すことができるが、オーク族であればオーク語、巨人族であれば巨人語ももちろん話せる。

そして仲間同士で会話する時は大抵己の種族の言葉で話す。

他種族にいらぬ情報を与えぬためだ。


逆に言えば幾つもの言語を修めていれば、それだけ諜報の際有利になる。

姿を隠していれば油断している相手が己の種族の言葉で重要な情報をだだ洩らしてくれることがあるからだ。



巨人語が理解できる、巨人たちに見つかりにくい調査要員…

そうした理由で、スフォーはクラスク市を出立し、巨人族の娘・ヴィラウアの故郷に向かったのだ。






同方向へと向かう行商の荷馬車に、こっそり乗り込んで。





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