第660話 男の正体

ミエはイエタとネッカ相手に頷き合うと、スフォーの方に顔を向ける。


「それで、スーさんの意見はどうなんです?」

「ドノ件ニツイテダ?」

「もちろん、先刻戦った相手についてです。本当に人間だと思いますか?」

「マアマズアリエネーダロウナ」

「ありえない…ですか」


ミエの重ねての問いに片目を細めながらスフォーが私見を述べる。


「オ前ラガ知ッテル通リ俺ア地底ノ出身ダ」

「はい」

「地底ジャア俺ア色ナトコデ仕事シテタ。マア大体ハ斥候ダナ。オ前ラノ言ウ『悪事』ッテ奴ニ直接加担ハシテネエガ片棒ハ担イデタ」

「それは以前伺いましたね」

「オウ。デダ。地底ニハ色ンナ奴ガイタ。ヤベー強サノ奴モイッパイイタサ。ソン中ニャア…確カニガデキル人型生物フェインミューブミタイナノモイタ」

「ホントですか?!」


ミエの驚きの声にスフォーは無言で頷く。


「タダソレダケノコトガデキル奴ッテノハ大概ボストカ幹部トカダヨ。ソウイウ奴ガワザワザ前線ニ単身デ出テクルトハ思エネーナ」


ぱちくり、と目をしばたたかせたミエはネッカとイエタの方を向く。


「そこんとこどうなんです?」

「そうでふね…」


ネッカが顎に手を遣りながら少し考え込む。


「理屈の上では報告にあった相手のほとんどの攻撃特性や防御特性を魔術によって再現する事は可能でふ」

「やっぱりできはするんですか」

「はいでふ。そうでふね…硬い防御は〈岩肌ヴォックツェック〉で、腕を伸ばすのは〈戦鬼の爪ケックル・デ・マクス〉で、光弾は〈光輝散弾イスケッド・デ・ルクキャップ〉で、それぞれ再現可能でふね。すべて魔導術でふ」

「魔術が通用しないのは〈魔術結界オグメステュツォル・ロヴト〉、炎を防いだのは〈火炎抵抗オラフ・ステュツォル〉、そのあたりの神聖魔術で似たようなことが再現可能です、ミエ様」


魔導術と神聖魔術の専門家であるネッカとイエタが、それぞれ己の知っている呪文の中から該当するものを告げる。


「言われてみるとだいたいは知ってる呪文で似たようなことできますねえ。初耳のもありましたけど」

「はいでふ。ただ…これらの呪文は強力な分持続時間が短めなものが多いでふ。持続時間が短いという事は戦闘前に事前にかけておける呪文が少ないという事でふから…」

「そっか、全ての効果を同時に得ようとしたらそれぞれの呪文を敵の前で順次唱えていかないとならないんですね?」

「はいでふ。さらにそれらの呪文を全て修得しているとしたら相当高域の術者ということになりまふ。スフォーさんが指摘した通りそうした術者がわざわざそんな詠唱の手間をかけてまで前線に赴くかというと…」


ネッカの言葉を聞いてふむ、と腕を組み考え込むミエ。


「魔具を造って代用したりとかは?」

「魔具作成は元の呪文の難度によって手間やコストが変わりまふ。高度な呪文を魔具にするには膨大な作成期間とコストがかかるんでふ。また仮に作れたとしても今度は部位の問題がありまふからね」

「…ぶい?」


けげんそうなミエの言葉にネッカがこくんと頷いた。


「部位でふ。たとえばネックレスの形状をした魔具は首輪やブローチなんかと併用できないでふ。『首元』という部位が共通してるからでふね」

「へえ! そういうのもあるんですか!」

「はいでふ。同じ部位に複数身に着けても魔具同士が干渉し合って力が発揮されなくなるんでふ」

「なるほど…? ってことはつまりさっきの呪文を全部魔具にしてもそれを満たせる部位がない…?」

「ないというか足りない、でふね。他にも身に着けておきたい魔具がたくさんありまふから」

「ふむふむ、ということは結論から言うと実現は可能だけれど現実的ではない的な…?」


ミエの言葉をネッカは大きく頷いて肯定した。


「はいでふ。不可能ではないだけ、でふね。わざわざやる意味が薄い気がしまふ」


それを受けてミエは再び考え込む。


「とするとつまり報告のあったあの人…人? は人間じゃないってことでしょうか。一体何者なんですかね」

「一番ありえるのが『魔族』でしょうね」

「!!」


イエタの台詞にミエが大きく目を見開いた。


「魔族ですか?! ええと、あの!?」

「はい。報告にあった肉体の硬さを『物理障壁』、ユーアレニルさんの魔術を打ち消したのが『魔術結界』、黒い光弾を『妖術』、腕を伸ばしたのを『生来の肉体特性』と考えるならば、魔族ならば全て説明つきます。魔族には多くの種類、個体がいますから今回の報告事例を全て満たした者がいてもおかしくはありません」

「お詳しいですねイエタさん」


この手の説明は大概ネッカから受けていたので意外そうにミエが尋ねる。


「聖職者は人々の身体と心を癒し神の教えを広める事を大義としておりますが、同時に不浄に対抗する力を提供する者でもあります」

「なるほど…? つまり不死者とか魔族とか、ええと不浄…? な存在についても詳しいってことですか」

「はい」


ミエはこの世界の不浄についてよくわからなかったが、死者や瘴気がらみはとりあえず不浄なような気がした。


「確か物理障壁とか魔術結界って赤竜さんと同じやつですよね? 魔族ってそんなに強いんですか?」


街の総力を結集してなおギリギリの戦いだったかの竜退治を思い出してミエが青ざめる。


「そうでふね。単純な実力なら竜の方が上だと思いまふ。特に赤竜とは比較にはならないかと」

「ですよね!?」

「ただ魔族は群れまふ。統制を取って軍隊として行動するんでふ。その群れとしての強さは時に竜以上に危険とも言えまふ」

「軍隊で!?」


ぎょっとしたミエだったがすぐに思い出す。

かつて瘴気に満ちていたとされるアルザス王国の国土、そこを取り戻さんと人型生物フェインミューブの軍隊が幾度も挑んだと。

普段仲の悪い種族達が手を取り合って連合軍で挑み追いやった相手なのだから、個々の実力が赤竜ほどでないというのなら相手も集団であるべきだ。

そうでないと戦力のつり合いが取れぬ。


「そんな強い相手が…たくさん…?」

「はいでふ。魔族の真の恐ろしさでふね。さらに彼らは人の心に取り入り、惑わせ、堕落させて闇に落としまふ。もしあれが魔族で、街の中にいたとしたら由々しき事態でふ」


ネッカの言葉を受けて、イエタが伏せていた面を上げる。


「ネカターエル様の仰る通りなのですが…もし仮にあれが魔族とするなら懸念すべきことが二点ほどあります」

「にてん」

「はい、二点」


ミエの鸚鵡返しにイエタが小さく肯首する。


「ひとつは魔族の生態との不整合ですね。魔族は確かに強力で、その全てではないですが多くが物理障壁や魔術結界を備えています。ただ…彼らは瘴気の外ではその護りの力を十全に発揮できません」

「あー…! それ聞いたことあります! キャスさんが以前言ってたような…」


瘴気の中にいる魔族にはろくに武器が通用しない。

だが瘴気の外に出た魔族であれば傷を負わせることができる。

確か以前クラスク村を作らんとした時キャスにそう説明されてはずだ。


ゆえに魔族たちは自らが弱体化する瘴気地の外には好んで出ようとせず、かわりに瘴気を振りまく存在として魔物を利用している、とも聞いた。


「あの剣が通らないとかなんとかって物理障壁のことだったんですね…」

「その会話を聞いていたわけではないので断言はできませんが、おそらくは。問題は…クラスク市がその瘴気地ではないことです」

「あ! 本来なら弱体化してないとおかしい……ってこと?!」


ミエの気づきにイエタが再び頷いた。


「はい。にもかかわらず報告では物理障壁も魔術結界も張られていた可能性が高いです。そこから導き出される可能性は三つ。瘴気外活動により一時的に失った能力を魔術によって補っていたか、瘴気の外でも十全に力を発揮できる何らかの術や儀式を用いていたのか、あるいは弱体化した上でそれだけの実力があったのか、ですね」






イエタの発言は……ミエにはやけに物騒なものに聞こえた。





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