第659話 検査結果
「みんな! 無事だった!?」
クラスク市の中心部、居館の応接間にて待たされていたエィレ達の元に、勢いよく扉を開けてミエが飛び込んできた。
「ミエ~~~~~!」
「ミエさぁんっ!」
瞳を潤ませたシャルとエィレが我先にとミエの胸元に飛び込む。
「ミ、ミエさまあああああ」
二人の様子とミエを交互に見たヴィラは、この街に来た初期の初期に植え付けられたミエに対する畏怖と二人との友情との間を揺れ動いたのち、二人の真似をしてどたどたと彼女の下へ駆けていった。
「よしよしよし、怖かったでしょう」
三人の頭を撫でつけ落ち着かせるミエ。
まあヴィラだけは半ばおっかなびっくりだったけれど。
「ユーさんもスーさんもお疲れさまでしたー」
「いやいや気にするな。ミエの役に立てたのなら嬉しい」
「コッチハ気ニスルケドナー。必要経費ハ後デキッチリ請求スルゾ」
「はいそれはもう! じゃんじゃん請求しちゃってください!」
「ソレハソレデドーナンダオ前」
支払いを要求した側がツッコミを入れるレベルの大盤振る舞いを確約するミエ。
「いえいえ! それだけのことをしてくださったんですから…」
とミエが途中まで言いかけたところで背後の扉が再び開いた。
そしてその向こうからやけに難しい顔をしたドワーフの娘と、困惑顔の
エィレはミエの胸から顔を上げて二人を確認した。
初日に自己紹介をしてくれた二人だ。
確か名はネカターエルとイエタ。
それぞれこのクラスク市の大魔導師と司教を務め、同時にミエと同じく太守クラスクの妻である人物である。
「で、どうでした? なにかわかりましたか?」
「そうでふね。わかったと言えばわかったんでふが…」
ネッカが腕組みをしながら眉根を寄せる。
「ただ調査結果が報告と乖離しているというかでふね…」
「どういうことです?」
ミエのきょとんとした声に代わりにイエタが答えた。
「それが…〈
〈
例えば毒に侵されているか、病に罹患しているか、精神に異常を来していないか、
外傷の有無にかかわらず傷を負っていないか…等々、単純なものながら対象の状態を洗い出す事ができるのだ。
これは聖職者が唱える奇跡の一種で、主に対象の治療法を確定させる際に用いられる。
例えば毒によって体調が悪くなっている相手に〈
効果があるのは〈
だが医者でもなく高度な診断器具があるでもない聖職者には、相手の体調が悪いことはわかってもそれが毒から来たものなのか病から来たものなのかの判別がつかぬ。
相手に意識がなく問診できぬ場合や当人に毒を受けた自覚がないなどの場合は猶更だろう。
そうした際に用いられるのがこの〈
要は相手に対する治療方針を確定させるための呪文なのだ。
その効果は大雑把で、毒であることはわかってもそれがどんな毒なのか種類まではわからないし、病気であることは判明しても病名までは教えてくれない。
だが医者と違ってこの世界の聖職者にはそれで十分なのだ。
なにせ毒であることさえわかれば種類を関わらず〈
そして…この呪文はもうひとつわかる項目がある。
相手の種族である。
ミエの世界のそれと異なり毒や病気の中には魔法的なものもあり、例えば見た目が変容してしまう毒や、特定の種族に変わってしまう病気なども存在する。
そうした病気などには対象種族が限定されているものもあって、相手の見た目の種族に騙されていると治療方針を誤ってしまうこともあるのだ。
そうした誤用を防ぐためにも相手の状態確認には種族も必要なのである。
ただ…今回イエタが唱えた結果は、彼女にとって少々納得のゆかぬものであった。
「運び込まれたあの遺体…状態は『死亡』。種族は『
「「「いやいやいやいやいやいや」」」
イエタの言葉に、現場にいた者達が一斉に声を揃える。
「へー、人間族、すごい!」
「あんたはちょっと疑いなさいよ! あんなに腕伸びる人間族いるー?!」
「私も……あの人の動きは人間族のそれには見えませんでした」
目を大きく見開いて感嘆するヴィラにシャルが怒涛のツッコミを入れ、表を上げたエィレがミエに私見を述べる。
私見ではあるがあの場にいた全員の共通見解だろうともエィレは確信していた。
「スーさんとユーさんはどう思います?」
「アンナカテー人間族ガイルカヨ」
「ふむ……だが仮にあれが本当に人の到達し得る境地だというのなら逆に興味があるな。修行次第で届く領域ということだろう?」
「ナニオメーハヤル気出シテンダヨ」
満更でもなさそうな村長の言葉にスフォーが呆れ声を出した。
「わかりました。とりあえず皆さんはもう大丈夫です。変な呪詛とかも受けてないようですし…ユーさん、『
こちらには〈
誰かに襲い掛かったりすれば効果が切れてしまうため戦闘などで優位を取る事ができるわけではないが、正体を隠匿したい時に便利な魔具と言えるだろう。
ただこのローブ、先刻の戦闘で一部が破れてしまった。
こうした魔具は形状自体に魔力が込められており、破損したりすることで効果を失ってしまうことがある。
破損の程度によって完全に魔力を失ってしまうこともあれば、補修すれば効果が戻る場合もあり、今回の場合は幸い後者だったようだ。
逆に言うと補修が済むまではローブの効果は失われていたわけで、おかげで現場からついさっきこの居館に飛び込むまで、彼らは随分と苦労した。
なにせ魔具の効果がなければユーアレニルは身長8フース(約2.4m)のローブを引き被った筋肉質の巨漢である。
これが怪しくないはずがない。
だからといって人前でローブを外せば
事情を知っているものであればまだしも、そうでない者が街中で
ゆえに裏道を通ったり門番にエィレが外交官の証を見せて押し通ったりなど、いろいろ大変だったのである。
ちなみにスフォーの方は盗族なので物陰に隠れ誰にも見つからずここまで随行してきた。
流石に盗族酒場の教官だけのことはある。
「ではゆくぞ。よく見ておけ。このローブは正体を知っている者の前で引き被った場合その相手には効果がない」
「ホントだ! ユーアレニルわかる!」
「へー、へー! 便利ね! 便利じゃない!」
「すごい……! これ村長さん専用ですか? この大きさですし」
「いや大抵の魔具には相手の大きさに合わせてある程度サイズを変化する機能があって…」
娘三人に囲まれた人食い鬼、という見る者が見れば壮大な誤解を招きかねない光景が、やがて応接室から消える。
やがて三人娘の声が遠ざかり、聞こえなくなり、部屋に静けさが戻った。
「ヤレヤレ、ウルセーノガイナクナッタ」
そう毒づきながらゴブリン、スフォーが肩をすくめる。
とはいえ口調程嫌がっていたわけではない。
皮肉を言わないとならぬ
だが…なぜ彼だけは帰らないのだろう。
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