第657話 共闘
スフォーが投擲する赤黒い柄の投げナイフ。
それは標的に命中すると爆発しその強い衝撃を与える。
最初にその男の各部を爆発させたものの正体もまた彼得意の投げナイフだったわけだ。
だが止まらない。
その男は止まらない。
確かに大きな爆発は巻き起こる。
そのたびに男はたたらを踏んで、足止めされる。
けれど服が破れボタンが弾け袖がズボンが焼け焦げ千切れ飛んでも、その男の肌は表面上焦げるだけで一切傷がつかぬ。
その脚を押し留めることはできているが、倒すには至らぬのだ。
そして…
「クッソー、帰ッテ早々急キ立テヤガルカラ準備不足ダ。コイツノ数揃エルノニ苦労シタッツーノニ。後デ追加請求シテヤル!」
壁から脚指を離し…彼はあろうことか足の指を壁の小さなくぼみに引っ掛けて、足指の力だけで壁に立っていたのだ…堀をひと跳びに超えてエィレらの隣へと降り立った。
「……ガ、ドウヤラ間ニ合ッタミテーダ」
一瞬、空が陰った。
雲一つない青空が一瞬暗くなった。
それは…彼らの頭上に雲海以外の何かの遮蔽物が現れたことを物語っていた。
影だ。
人影である。
アパートの屋上…四階のアパートの屋根の上から、何者かが大きく跳躍しその戦場へと乱入してきたのだ。
ずうぅ………ん。
大きな地響きを立てて、その人物は謎の中年男の背後へと降り立った。
片膝を地に付き、片膝を立てて、まるで落下の衝撃などないように。
ちょうどエィレ達とその男を挟み込むような位置取りである。
新たな乱入者はローブを纏い、フードを深く深く引き被っており、その容貌は陰に隠れて見る事ができぬ。
だがそれだけで、取り立てて怪しいことはない。
「オッセーヨ! ドンダケ待タスンダ!」
「いやすまんすまん。探すのにちと手間取ってな」
そう言いながら男は被っていたフードを取り去った。
「魔術で結界が張られておるぞ。おそらく侵入者避けのやつだ」
「ダローナ。道理デ人ッコ一人通リヤガラネエ」
フードを取り去りすっくと立ちあがった男の背丈は…凡そ8フース(約2.4m)。
その大きさなら
明らかに巨人族の背丈である。
その容貌はいかめしく、獰猛な牙が目に飛び込んでくるが、狂暴な雰囲気はない。
彼を見たヴィラとシャルは、互いに抱き着きながら泣きそうな声で再び快哉を上げた。
「ユー!!!」
「ユーアレニル!!」
歓声を浴びたその
「うむ。村長と呼んで欲しいところではあるが、まあユーさんで良しとしよう」
「「キャー! そんなの言ってな~い!!」」
背後の噴水から響く黄色い声を耳にしながらエィレはその呆然と見つめていた。
だって
人を食べる鬼である。
だというのにそれが共通語を話し、人助けのために現れる。
いったい全体この街はどうなっているのだろう。
オーク族であるクラスクが長にいることの影響なのだろうか。
それとも彼の第一夫人であるミエの人柄なのか。
わからない。
わからない。
いくら考えてもさっぱりわからないけれど。
少なくとも
「ナンデコンナニカカッテンダ。オ前ノガ先ニ仕事ニ就イテタンダローガ」
「ウム正直油断した。このローブを被ったままだとあまり早く動けんでな。気づいたら結界を張られ見失っておったようだ」
「ソレコソ呪文デ探セヨ魔導師見習イ」
「いやいかんせん占術は不得手でな。気配を辿っておったら無駄に時間を喰ってしまった。先ほどの
「ソレ気配デ辿レル方ガオカシクネエ?!」
二人の会話を聞いてエィレはハッとした。
先ほど彼がアパートの屋上から着地した時、その姿を見て自分は何と思っただろうか。
取り立てて怪しいことはないと思いはしなかっただろうか。
それはおかしい。
明らかにおかしい。
だってローブを纏って、フードを深く深く引き被っているせいで顔が隠れて見えなくなっていたとしても、身長8フース(約2.4m)の相手がアパートの屋上から飛び降りて轟音を立てて着地してのけたのだ。
それが怪しくないなんてことは絶対にありえないではないか。
にもかかわらずエィレは『怪しくない』と感じてしまった。
感じさせられてしまったのだ。
つまりあれは魔術だ。
あのローブはなんらかの呪文が付与された魔具なのだ。
おそらくフードを引き被ることで周囲の者に『怪しくない』と誤認させるようななんらかの術が付与されているのだろう。
そんなものを引き被る必要があるのは彼が
なぜ歩き回る必要があったかと言えば追いかけるためだ。
何を追いかけるためと言えば…
いみじくも二人が今言ったではないか。
『仕事』だと。
ここに来るべき仕事なのだと。
つまり自分…アルザス王国第四王女たるアルザス・・エィレッドロのの密かな護衛が彼の任務だったのだ。
口ぶりからすれば先に来ていたゴブリンのスフォーの方があの
それで得心がいったことがある。
『音』だ。
最初スフォーが投擲した都合十六本の投げナイフ、あの時妙に甲高い音がした。
まるで笛の音のような音だった。
けれど二度目以降の投擲からはその音はしなかった。
あれは合図だったのだ。
近くにいて恐らく見失ったであろう当初の監視役、
エィレの内にふつふつと勇気が湧いてくる。
気力が漲ってくる。
だってこんな二人が守ってくれた。
密かに護衛してくれていた。
そして誰が護衛につけてくれたのか…と言ったらもう心当たりは二人しかいない。
クラスクとミエの夫妻である。
あの二人が密やかにエィレを護衛させていたのだ。
守られていた。
見守られていた。
あの二人が密かに気にかけてくれていた。
それが嬉しくてたまらない。
…まあなぜ
だから……
「ヴィラ、シャル、耳を貸して」
「ほわ?」
「なになに?」
だから、このまま震えてみてるだけなんて、いやだ。
「うちの村の者と可愛いお嬢さんを怯えさせ泣かせるとはあまり良い趣味ではないな。その無礼に相応しい扱いをさせてもらうが、まさか否とは言うまいな」
「…〈
妙に短い詠唱と共にユーアレニルの右拳がぼうっと黄色い光に包まれる。
魔術の光である。
彼が魔導師見習いを自称しているのは嘘ではないようだ。
ただそれは奇妙な呪文だった。
〈
だが彼の光った手のひらからは光の矢は生まれていないし、相手に放たれもしていない。
ただ彼の拳が光るのみなのだ。
いったいこれはどういうことだろうか。
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