第656話 色違い

びゅるるるるるるるるるる……


ゴブリン、スフォーの手から放たれた投げナイフは奇妙な甲高い音を立てながらその妙に頑丈な男目掛けて襲い掛かり、突き刺さる。



「「えええええええっ!?」」



いや、そのほとんど全てが男の肌に弾かれた。

見たところどうみても生身の人間であるにもかかわらず、である。

エィレとヴィラが目を大きく見開いて驚愕の叫びを上げた。


「あのひと! じょうぶ!」

「丈夫ってレベルじゃないでしょあれー!?」


ヴィラが指さしながらそう叫び、直後にシャルからツッコミを浴びた。

だがエィレだけは目を細め、今目の前で起きた奇妙な現象について高速で思考していた


もある…?)


スフォーの投擲したナイフは一見バラバラに投げているように見えて首筋、側頭部、焼け焦げて衣服が失せた腕部や脚部など、肌が露出してる部分に集中していた。

結局すべてのナイフは肌に当たって弾かれてしまったけれど、エィレの目にはそのが映っていたのである。


まるで硬い鎧に当たったかのように皮膚の表面で弾かれたナイフ。

そして少しめり込み傷を与えたものの、結局深く突き刺さりはせずに落ちてしまったナイフ。


前者のナイフが14本。

後者のナイフが2本。


ただエィレにはそれが納得いかなかった。

彼女にはナイフの速度も威力も皆ほとんど変わらぬように思えたからだ。

弾かれたナイフも少しめり込んだナイフも、いずれも同じ威力で同じような場所に当たっているはずなのに、その違いは一体何なのだろうか。


「あ、もしかして、色……?」


石畳に散らばったナイフをよく見ると、柄の部分に色がついている。

それも赤、黄、緑、黒、青…とナイフごとに柄の色が微妙に色が違うのだ。


「効イタノハダケカ……ツマリナラ少シハ通用スルッテワケダナ?」


スフォーはそう呟くと両手をばっと交差させ、そのまま左右に広げるように振りぬいた。


投げナイフが八本、高速で飛来してその男に突き刺さる。


(全部、柄が白い……!)




今度のナイフは次々に男の肌に突き刺さり、派手に血飛沫いた。




…スフォーは様々な属性を付与させたナイフを所持しており、相手に応じて使い分ける。

相手の弱点を効率的に突いたり、危険な相手が所持している物理障壁を突破する為だ。

『善』『悪』『火』『電撃』『氷結』などの属性から『ミスリル』『金剛鉄』『隕鉄』などの武器の素材まで、そのタイプはさまざまである。

それらはわかりやすいようにナイフの柄を色分けしており、遠目からでも一目で見分けられる。


相手の弱点がわからぬ時、彼はそれらを混ぜて攻撃する。

そしてその内相手に突き刺さった属性や材質でその後の攻撃を組み立てるのだ。


中年男はようやくスフォーの方へと注意を向け、ぐりんと首を90度回転させる。

捨て置けない相手と判断したのだろうか。


「オイオイオイ…コレジャ倒シキレネエゾ…」


傷口を凝視していたスフォーが忌々しげに呟く。

腕や首についた傷口がもう塞がっていた。

彼が用いた、聖職者の協力で『善』属性が付与されたナイフは確かに相手に手傷を与えた。

つまり明らかになんらかの邪悪な存在、ということだろう。


だが相手は『善』の属性によって傷を受けても、その傷をゆっくりと治してしまう。

魔術的なものか、それとも生来のものなのか、強力な自然治癒能力を有しているのだ。


それが切れた手足まで生やす再生レベルのものかどうかまではわからぬが、長期戦になればスフォーが与えた攻撃は受けたそばから回復されてしまう恐れがある。

相当危険かつ厄介な相手と言えるだろう。


中年男は胴体をエィレ達の方に向けたまま首だけ真横に傾けてスフォーの方を見ている。

ただ彼自身を見てはいない。


小人族フィダス程度の背丈しかないゴブリン族であるスフォーのを見つめているが、視線を下に向けていないのだ。

いわばスフォーの3フース(約90cm)ほど上の空間を見ている、と言えばいいだろうか。


「嫌味カテメエ! ット!」


どど、どどどど…


地面を蹴りつけるようにはじめはゆっくり、だが一瞬で急加速し、その男がスフォーの方へと突進する。

最初は蟹のように真横に向けて、走りながら途中で身体を彼の方へと向け直して。


なんとも奇怪なその走り方は、なまじ見た目が人間族の姿をしてるだけに一層不気味に映った。


スフォーはジグザグにバックステップしながら白い柄のナイフを次々に投擲する。

だが男は両腕を前方で交差しその腕にナイフを受けながら強引に距離を詰めた。


単純な素早さではスフォーに分があっただろう。

だが二人には速さ以外に致命的な差があった。


『歩幅』である。


小型なスフォーがどんなに素早くその脚を動かしたとて、人間族(に見える)その男の背丈は彼の倍ほどもある。

つまりスフォーが男の倍の速度で走ってやっと互角なのだ。


しかもスフォーは相手から目を逸らせない。

後ろ走りしながらその男の相手をしなければならないのだ。

これではどう足掻いても距離を縮められてしまうのも道理だろう。


間合いを詰め、スフォーに掴みかからんんと右腕を伸ばす男。

スフォーはその上体をぐるんと逸らしその一撃を避けた。

だが次の瞬間、その伸ばされた男の掌から小さな黒い光弾の雨が降り注ぐ。


それは漆黒の散弾だった。

地面を激しく穿ったその黒い散弾は、男が手を横に薙ぐように振るったことでスフォーのいるあたりを一瞬にして覆い尽くす。


「「スフォー!!」」


ヴィラとシャルが同時に叫ぶ。

二人の目にはその黒い散弾の雨にスフォーが巻き込まれ消し飛んだように見えたのだ。


だがエィレだけは見えていた。

攻撃の瞬間、地面を蹴ってスフォーが斜め後方の空に退避したのを。



……その瞬間、男の腕が、



黒い光弾を放った左腕はそのままに、逆側に構えられていた右腕がまるで鞭のようにしなり、伸びて、3ウィーヴル(約2.7m)は離れた位置にいる斜め上空のスフォー目掛けて襲い掛かったのだ。


小さなゴブリンの胴体を刺し貫かんばかりの勢いで放たれたその手刀は、すんでのところで止められた。

スフォーが懐から抜き放った短剣によってギリギリ受け止められたのだ。

なにせ彼がメインで使うナイフは投擲用で受けには全く向いていない。

≪早業≫のスキルで瞬時に短剣を準備できねば今ので即死だっただろう。


だがそこまでだった。

その伸びた腕は確かにスフォーを貫く事こそできなかったものの、受け止めた彼の短剣を腕ごとむんずと掴み、そのままぶうんと大きく振り回して、エィレらの後方にある城壁目掛けて激しい勢いで投げ放ったのだ。


先ほど吹き飛ばされたヴィラの比ではない。

遥かに軽いゴブリンのスフォーをさらに強い力で勢いをつけて投げつけたのだ。

壁面目掛けて熟した柿を全力投球で投げつけたようなものである。

想像もしたくないような光景が背後に広がっている事を、エィレは確信せざるを得なかった。


腕をしゅるんと元の長さに格納する謎の男。

彼はそのままこきり、と首を回し、腕を回し、己の五体の調子を確かめると、再びエィレ達の方へと近づいてくる。


三人は震えていた。

怯えて逃げる事も出来ぬ。

いや逃げ出そうとて果たして逃げ出せるような相手なのか。


エィレは観念したように目を粒って…


「オイオイ、倒シタ気ニナッテンジャネーヨ」


背後からの声と同時に、その男の顔面が大爆発を引き起こした。


「「すふぉ~~~~~~!!」」


ヴィラとシャルが抱き合って泣きそうな声を上げる。

エィレは先ほどの勢いからどう足掻いても彼が助かりっこないと思い込んでいただけに、ぎょっとなって背後を振り返った。



そのゴブリンは、いた。



あろうことか、侵入者を防ぐはずの堅牢な城壁をまるで足場のように、床のように、赤黒い柄のナイフを構えそこに立っていたのだ。






クラスク市の城壁を初めて破った侵入者、『壁登り』スフォーのまだに面目躍如である。







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