第652話 人魚の娘、ジェイルシャル

「ったくそっちの娘はだいぶのにどんくさいわねアンタ。そんなんでちゃんと上手くやってけんの?」

「うう……めんぼくない」


呆れてため息をつく人魚の娘。

がっくしと肩を落とすヴィラウア。


「まったく世間知らずってゆーか……ルミクニの連中みたい」

「そう。ルミクニのむらびと」

「え……?」


己を指さしそう告げるヴィラウアに眉根を寄せる人魚の娘。

エィレは慌てて二人の間に入って事情を説明した。


「あー! アンタがユーの言ってた新入りの巨人の娘かー!」

「ユー……」

「ユーアレニルよユーアレニル。あそこで村長やってるでしょ。ほら食人鬼オーガの…」

「おー、そんちょうわかる」

食人鬼オーガの村長!?」


今度は二人の当たり前のような会話にエィレが仰天して目を丸くした。


「え? アンタそっちは知らないの? 巨人の娘と連れ立ってるからてっきり村の事情知ってるもんだと思ってたけど……言ったらまずかったやつ?」


事情を把握できていない人魚の娘がヴィラウアに首を傾げ問いかけて、ヴィラウアが頭上に『?』を浮かべて同じく首を傾げて人魚の娘が頭を抱えた。


「えーっと、ヴィラが巨人族なことは知ってます。巨人の姿の時に声をかけたので。あと隠れ里ルミクニの名も彼女から聞いてます。でも知っているのはそこまでで…」

「あー、なるほどね」


嘆息した人魚の娘は肩をすくめ、噴水の縁に両肘をついて尾びれで水面をぴしゃんと打ち鳴らし己の名を告げた。


「私の名前はジェイルシャル。人魚族の娘よ」

「私はエィレッドロ。人間族です」

「わたしヴィラウア! 巨人族!」


互いに自己紹介をしたあと、ジェイルシャルと名乗った人魚の娘は噴水の縁で軽く肩をすくめた。


「で、ユー…ユーアレニルは隠れ里ルミクニの村長よ。食人鬼オーガだけど人は食べない。人型生物フェインミューブと一緒に暮らそうってゆーんだから当たり前でしょ?」

「そ、そうですよね…」

「そんちょう、りっぱ! えらい!」


二人に言われて頷いたもののあまり実感は湧かない。


巨人族が人を襲わない、はまだわからないでもない。

だが食人鬼オーガが人を襲わない、はどうなのだろう。

だって人を喰う巨人だから食人鬼オーガなのだ。

そこを覆すのは彼らの生態系や暮らしそのものにかかわる話ではないか。


人を食べない人食い鬼、なんて頓智のような存在が本当にあり得るのだろうか。


「まーそんなわけでわたしはルミクニの住人よ。わかった?」

「でもわたし村で人魚……じぇいしゃる? みたことない…」

「人の名前を疑問形で呼ぶな。そりゃ今じゃほぼ街の中で暮らしてるようなものだしね。ってゆーかあの村じゃアンタよりずっと古株よ。敬いなさい」

「へへー!」

「ほんとにやらないでいいから!」


言われるがまま地べたに額ずくヴィラウアに真っ赤になって怒鳴りつける。

小生意気な言動をするけれど根は善良な娘のようだ。


「でも…あの、ジェイルシャルさん」

「シャルでいいわ。私もあんたのことエィレッドロって呼ぶし」

「えっと、じゃあ私もエィレでいいです」

「ふーん、じゃあエィレ」

「はい!」


ぱあ、と破顔するエィレに当てられて少し頬を染めるシャル。


「で、なに?」

「あの、えっと、隠れ里ルミクニってところは人型生物フェインミューブ以外の種族が住み暮らしてると聞きましたけど…その、人魚族って人型生物フェインミューブですよね?」

「まあね」

「そうなの!?」

「そーなの」


エィレの問いを肯首したシャルが、愕然とした表情でのヴィラウアの問いもまた肯定した。


「別におかしかないでしょ。里にはゴブリンやコボルトだって住んでるけどあいつらだって人型生物フェインミューブじゃない」

「ああ、なるほど…?」

「そうなの!?」

「そーなの」


納得するエィレの横でこれまた愕然とした表情のヴィラウアがシャルの方に首を向け、その問いもまたシャルは肯定する。


「そっか…隠れ里の住人は『人型生物フェインミューブ以外』、って言ってたけど、実際には『他の人型生物フェインミューブと交渉を持ってない人型生物フェインミューブも含まれてる』、ってことなのね」

「まあそういうことね」

「どーゆーこと?」


一人頷くエィレの横で、ヴィラウアはさっぱりわからず首をひねる。


人型生物フェインミューブ』とは神が己の似姿として生み出した種族であり、基本的に皆腕が二本で足が二本、頭が一つの二足歩行生物である。

たとえば巨人族は上記の身体的特徴をすべて備えてはいるが、神が己の似姿として生み出していないという点において人型生物フェインミューブとは扱われない。


そして人型生物フェインミューブは必ずしも互いが友好関係とは限らぬが、多くの場合協調関係にある。

人型生物フェインミューブには皆神の似姿として瘴気を浄化する力があり、瘴気をその生息圏とする魔族と相容れぬ存在である

さらに魔族どもは個体個体が非常に強力で、かつ集団行動を取り得る危険な連中であるため、そうした脅威に対しては互いに協力して事に当たる必要があるのだ。



そうして生まれたのが『国際法レイー・メザイムト』である。



国際法レイー・メザイムト』は協調し合う人型生物フェインミューブ達の手によって発展してきた。

だが……必ずしもすべての人型生物フェインミューブがそれに協力してきたわけではない。


例えば邪悪な人型生物フェインミューブども。

ゴブリンやコボルトなどがそうだし、地底に棲み暮らす黒エルフブレイをはじめとする多くの人型生物フェインミューブも同様だ。

クラスク市以外のオーク族などはその最たるものだろう。


また邪悪でなくとも非協力的な人型生物フェインミューブもいる。

例えば縄張り意識が強く排他的で他種族との協調を好まぬ蜥蜴族などがそれだ。


そして……そうした非協力的な人型生物フェインミューブのひとつに、人魚族がある。


人魚族は蜥蜴族のように縄張りに侵入した他種族を襲うような習性はないが、他の種族のことは拒絶しがちである。

これにはオーク族とは別の意味で彼女たちの長い長い歴史の積み重ねが影響している。



人魚族は、高く売れるのだ。



まず美しい。

その見目麗しく優美な姿、珍しい髪色、(普段は)下半身が魚という珍しい姿。

それらの特徴が合わさって、人魚族は他の人型生物フェインミューブ…というか主に人間族の好事家に高値で取引されている。


さらに彼女たちの肉を喰らうことで不老不死となるなどといった伝承があり、そうした目的で売買されることも珍しくない。


そして困ったことに、その伝承はあながち嘘とも言えないのだ。


実際には不老不死となるわけではないが、人魚の肉を摂取することで若干が延びる。

定期的に喰らい続けることで疑似的な不老の状態に至ることができるのだ。


…となれば、当然一部の王族や富豪などによってとある暴挙が発生する。

そう『』である。


ごく一部の金に糸目をつけぬ愚か者どもの指示によって、彼女ら人魚族は海賊や漁師達に追い回され、捕らえられ、そしてその命を落としてきた。

同じ人型生物フェインミューブの食料にされる、というおぞましい末路によって。


その結果人魚たちは他の人型生物フェインミューブ全般に対し強い嫌悪感や不信感を抱くようになり、交渉や協調を拒絶するようになってしまったのだ。


彼女たちの寿命がエルフ族ほどではないがそれに次ぐ程度には長命で、過去に受けた絶望や怨恨を長い間引きずりやすいというのもそれに拍車をかけた。


まあ実際に彼女らへの暴挙に加担したのは地表に住む者共のごく一部にだったせよ、これまでに受けてきたあまりに惨く残酷な扱いを鑑みれば彼女らが頑なになるのは当然と言えば当然かもしれない。


「まーともかくそんなわけでちょっと大渦に巻き込まれて海岸に打ち上げられちゃった私はそのまま行商人に売られて水瓶の中に閉じ込められて馬車に揺られてお金持ちのとこまで輸送中だった、ってわけ」

「なるほど…それは災難でしたね。心中お察しします」

「たたたたいへん助けなきゃ!!」

「くりかえすなー!」


納得し気遣うエィレ。

仰天して慌てるヴィラウア。

そしてそんな彼女を尾びれでひっぱたくシャル。




妙にテンポのいい三人の掛け合いであった。




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