第651話 謎の美少女を追え
「どっちにいった?!」
「わっかんない!」
二人で西内大門を抜けきょろきょろと周囲を見回す。
だがあの少女の姿はどこにも見えぬ。
どうやら見失ってしまったらしい。
時間がない。
考えろ。
エィレは目を細め、頭をフル回転させる。
今まで得た情報。
ほんの僅かなものでもいい。
この町に来てからのすべてを動員して思考しろ。
彼女のが行きそうな方角を、場所を、どんなものでも……!
(ってわっかるかー!)
なにせ情報が少なすぎる。
エィレが見たのも一瞬ならヴィラウアが目撃したのもほんの一瞬だ。
そんな程度で一体何を……
(……?)
その時、ふと。
エィレの脳裏にその少女の行き先が、浮かんだ。
「北……?」
「わかった、北行く!」
どたどたとヴィラウアが駆け出し、一瞬遅れてエィレが続いた。
ただ走りながらエィレが不思議そうに首をひねる。
一体自分はなぜ……
なぜこっちの方角だと思ったのか……?
「あ、いた!」
「え、ホント?!」
ヴィラウアの叫びにエィレは慌てて現実に引き戻され前方を見据える。
確かに一瞬、街角を曲がる緑の後ろ髪が見えた気がした。
エィレは素早く周囲を見回して状況を確認する。
「ヴィラ! これからは声をもっと小さくしよう! 今はまだ周りの雑踏で向こうに聞こえてないかもだけど、ここから先は人通りが少ない。大声出すと向こうに気づかれて怪しまれちゃう!」
ぽくぽくぽく…ちーん。
「ほんとだ! わかった!」
走りながらしばし考え込んでいたヴィラウアは、だがようやく得心してぶんぶんと首を縦に振った。
「…エィレすごいね!」
そして小声で隣を走るエィレに話しかける。
「全然そんなことないけど…」
だが褒められていやな気分なわけはない。
「なんか楽しくなってきた!」
「……うん!」
走りながら二人は視線を交わし、笑顔で頷きあうとその追跡行を再開した。
× × ×
「いないー!」
「いないね…」
時折ちらりと見えた人影を追い、ひたすら街の裏通りを駆けてきたけれど、結局は見失ってしまった。
二人は人気のない内壁沿いの閑静な住宅街の一角で大きく息を吐く。
「いないかなー。いないかなー」
ヴィラウアがきょろきょろあたりを見回しながら水路を覗き込んだり噴水を覗き見たりする。
「流石にそういうところにはいない気がするけど…」
軽く笑いながら、けれどエィレは何か違和感を覚えた。
彼女の視界の右側には高い壁。
上街と中街を区切る最も堅牢な内壁…その二重城壁の外郭がある。
その下には堀があり、そしてその堀から街中へと水路が伸びている。
視界左には閑静な住宅街。
時間的な問題か人通りはなく、立ち並ぶアパートが静謐な空気を放っていた。
正面には小さな噴水、そして水道。
堀とは水路で繋がっており、また街中へと続く水の流れとも接続している。
そしてその周囲には休憩用のベンチ。
昼下がりともなればこのあたりに人が集まってのんびりと午睡の時間を過ごしているのだろう。
城壁と距離を開けなければならない関係でできた空きスペースを利用した、アパート群の裏にある優雅な空間…
だがエィレはこれと同じような場所を昨日も見たことがあった。
そうだ。
確か謎の歌声を追っていた時も、同じような場所で見失ったような…?
もちろん厳密にはその両者は全然別の場所である。
先日見失ったのは下クラスク北の北北西にある中壁沿いの噴水。
今いる場所は中クラスク西の西北西にある内壁沿いの噴水だ。
ただ……似た場所であること自体には必然性があるのかもしれない。
「見つけた! おさなか!」
「ちょっ! 勝手に取ったらダメだからねー!?」
ヴィラウアが顔を輝かせ噴水の中に飛び込む。
堀はおそらく外の川と接続している。
そして噴水は水路で堀と接続している。
だからもしかしたら小魚が迷い込んでいる可能性がなくもないかもしれない。
ただそうでないとしたら噴水の中にいる魚はおそらく意図的に放流しているものだろう。
それを勝手に獲ったら衛兵に捕まりかねない。
そうでなくとも城壁が真横にあっていつ上から衛兵に見られるか分かったものではないのだから……
「とったどー!」
「ちょっ! やめっ! 離せー! 離せってば! はーなーしーなーさーい!」
だから……?
「え……?」
魚が、しゃべった。
ヴィラウアがエィレに背中を向けながら大きな魚を両手で抱えている。
背中越しなのでびちびちと跳ねるヒレしか見えないが。
だがそれならこの声の主はいったい…?
「さかなしゃべったー!?」
「魚じゃないわよ! 失礼ね! 失礼ったら失礼ね!! もーっ!」
「いたいっ!?」
エィレが見ている前でその大きなヒレがヴィラウアの横っ面をはたき、腕の力が緩んだところでそのヒレの持ち主がぴょんと大きく飛び跳ねて噴水の中に飛び込んだ。
その時、見た。
エィレの目は確かに見た。
魚のヒレ。
人間族の女性のような上半身。
そして……美しい緑の髪。
ざんぶ、と噴水に飛び込んだその魚……もとい娘は、数瞬のあとざばあ、と噴水の水を派手に跳ね上げ顔を出し、噴水の縁に捕まりながらしゃー!とヴィラウアを威嚇した。
そして……その背後で彼女の尾ひれがちゃぽんと水面を打ち鳴らす。
「人魚族……!?」
愕然と、そして呆然とエィレが呟く。
そうだ。
確かにいた。
そのすべての条件を満たせる種族が、たったひとつだけいたではないか……!
「そーよ。なんだ知ってるじゃん」
「知ってるけど、知ってるけど初めて見た……!」
「でしょーね」
口元を手で覆い声を震わせるエィレの反応に気をよくしたのか、噴水の縁に肩肘を乗せ頬杖をつきながら、その娘……人魚の娘がふふんと得意げに笑う。
「……ニンギョ?」
「そーよ、人魚族」
「おさかなじゃない?」
「魚はあんたにわかる言葉じゃしゃっべんないでしょー!?」
うがー、と歯をむき出しにして吼える人魚の娘。
どうやら見た目の可憐さとはやや印象の違う性格のようだ。
「ええっと……ここってだいぶ内陸だから人魚族なんて全然見たことなくて普通だと思う……」
アルザス王国は四方を山で囲まれている大きな盆地で、その周囲にある国も海に面した国は一つもない。
北は魔族どもの巣食う
だから既知の海岸線を有する国は南にしかない。
それもこの国からだとバクラダ王国を抜けてさらにその先、幾つかの国を通過したその向こうである。
「でしょうね。ほんっとーに長く揺られたもん! あの馬車って乗り物すっごくすっごくキライ!」
「揺れ……?」
そこまで言いさしたところでエィレはハッと何かに気づく。
「もしかして……人さらい?! 誘拐されてきたの!?」
エィレの言葉に少し目を細めた人魚の娘が、頬杖を突いたまま残りの片腕を上げた。
「はい、せいかーい!」
エィレとその人魚の方を交互に見ながら二人のやり取りを聞いていたヴィラウアがそこでぴたりと止まり、腕を組んで体をぐぐいと傾けて眉根を寄せた後…
「たいへん! さらわれちゃう!」
「もうさらわれた後よおバカ!!」
ぎょっと目を剝いて人魚の方に顔をくりんと向けて、直後に彼女からの全力の突っ込みを喰らった。
「たたたたいへん助けないと! エエエエィレ、どうしよう!」
あわわわわわわ、と動転しながら両腕をぶんぶん振り回したヴィラウアがエィレに縋りつくような視線を向ける。
「えーっとね、ヴィラ、たぶんだけど……もう助かってると思うの」
「うん……?」
眼をぎょろっとさせたままぐりんと人魚の方に振り向いたヴィラウアはその形相で人魚をびくりと怯えさせる。
「たすかってる?」
「…ええまあ」
そしてその答えを聞いた途端、ヴィラウアは地べたにへたり込み大きく息を吐いた。
「よがっだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「すっとろいわねアンター!?」
会ったばかりのはずの人魚の怒涛の突っ込みに、エィレは思わずくすりと笑う。
暮らしはじめてたった数日で巨人に会って、人魚に会って、なんて奇妙で、不思議で、そして素敵な街なんだろうか。
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