第650話 緑髪の少女

「ってゆうかあれも、あっちの店もトゥヴァッソ姉様のお気に入り…?」


エィレの姉、トゥヴァッソが流行の最先端と目した衣服、宝石、装身具…そうしたものの多くがこの街に端を発していた。

ことファッションに関して彼女の感性はたいへん鋭く、その見立はまず間違っていないだろう。


それらの店の品々が姉に受けていたのは女性的な感性によるものだった。

そして既存の街では女性職人はとても少ない。


それらを考え合わせれば姉のお気に入りのほとんどすべてがこの街発祥だったとしてもなんらおかしくはないではないではないか。

もっと早くに気づくべきだったと痛感する。


「これ姉様が知ったらむしろ一番に来たがったんじゃ…」


何も知らなかった当時は姉三人がこぞって嫌がっていたけれど、この現状を知れば少なくとも三女トゥヴァッソだけは興味津々であったことは間違いない。

まあその場合彼女は外交官の仕事そっちのけでこのあたりのショッピングにかまけていただろうから、この街の派遣される人材として適正かどうかについては疑問符がつくけれど。


「ええっと…」


きょろきょろと大通りの左右に並ぶ店を眺めるエィレ。


「どれもこれもすっごくよさそう…」

「めうつりしちゃう!」

「ね!」


ヴィラウアの言葉に嬉しそうに同意する。

エィレはこれまでこの街の全体像を把握するつもりで回っていた。

そのためまずは中街と下街を中心にぐるりと巡っていたのだ。


けれどそれらの街はこのクラスク市の噂を聞き付けた者達が勝手に集まって形成したものだと聞いた。

逆に言えばこの上街こそがこのクラスク市本来のコンセプトそのものなのだろう。


幾度も通り過ぎていたけれど、そうした意識で眺める事のなかった彼女は己の意識の足りなさを痛感し恥じた。

まあ十三歳の娘としてはむしろ相当気づきのいい方だと思うのだが、彼女が自らに課しているハードルは存外高いのである。


「…………?」


と、その時エィレの動きが止まった。

一瞬、ほんの一瞬だけだが、雑踏の中に奇妙なものが見えた気がしたのだ。



そして…彼女はその一瞬で、に目を奪われた。



「どうしの? じゃなかった、どうしたの?」


ヴィラウアがエィレの様子に首を捻り、尋ねる。


「いや、その…えっと」


ぶるん、と勢いよくヴィラウアの方に振り向いたエィレはなぜか瞳をキラキラと輝かせていた。


「今の見た!?」

「いまの?」

「女の子! すっごくかわいいの!」

「エィレカワイイ」

「わたしじゃなくってあっち! 向こうのほう!」

「みなかった」

「ええー…?!」


不服そうな声を上げつつエィレが再び振り返るが、既に先ほどの場所にあの少女はいない。


「カワイかった?」

「うん、そりゃもう!」


目にしたのは一瞬だけだが、間違いなくそう断言できる。

それほどの愛らしさだった。


すらりとした体躯で颯爽と歩き、緑の長い髪が風にたなびいていた。

ロングスカートも実に様になっていた気がする。


年の頃は幾つくらいだったろうか。

一瞬すぎてよくわからなかったけれど、自分やヴィラに近い年齢だったような気がする。


ただ…なんというか、いまいち年齢がわかりづらい娘だった。


浮世離れしたというか。

超然としているというか。

ともかくどこか普通じゃない空気を醸し出していて、それがその娘の年齢を判然とさせなかったのである。


いったい何者だったのだろう。


「おいかけよう!」

「へ?」

「おいかける! わたしもカワイイの、みたい!」

「…! わかった、追いかけよう!」

「うん! おっかける!」


エィレ自身もすぐに追いかけたかったけれど、というか普段であれば迷いもせずに追いかけていただろうけれど、今日の彼女は好き勝手できる身ではなかった。

連れがいたからである。


ゆえにヴィラウアに遠慮してその場に留まっていたのだけれど、彼女の方も興味があるというのなら話は別だ。


二人は互いに頷き合い、エィレが見失ったという方角目掛けて走り出した。


「すいません! すいませーん!」

「とおります! とおる!」


エィレとヴィラウアが雑踏の中をかき分けて目撃現場へと辿り着く。

だがエィレが見かけた少女は颯爽と歩いていたはずで、当然既にその場にはいない。


「カワイイ! カワイイどこ!」

「もうどっか行っちゃったみたい!」


ヴィラウアは大きく背伸びをしながら手をかざし辺りを見渡す。


は!?」

「えーっと、えっと、髪の毛が緑色だった!」

「かみのけ! みどり!」


う~~~んと背を伸ばしたヴィラウアがぴこんとその眼を見開いた。


「いた! 西のほう!」

「わかった!」


エィレはヴィラウアに比べ背が低く、雑踏の中だとまともに視線が通らない。

ヴィラウアも成人男性に比べれば格段に背が高いというわけではないのだが、それでもエィレよりはずっと遠くまで見えた。


二人はヴィラウアがその少女を見つけたという方角に向けて走り出す。


「どお? かわいかった?」

「うしろすがたしか見てない! わかんない!」

「そっか、じゃあ見なきゃだね!」

「わかった! 見る!」


雑踏を潜り抜け、少女に迫らんとする二人。


「今場所わかる?!」

「ええっと……いた! ずっとさきのほう! えっと、たぶんあっちのおっきな門ぬける!」

「西門ね! わかった!」


相手の行き先が大門なら有難い。

ここで裏通りなどに引っ込まれると土地勘のないこちら側が圧倒的に不利だ。

だが大門を抜けるなら少なくともその地点に於いて行き先は完全に収束する。


「できれば門で追いつこう!」

「…がんばる!」


二人は再び頷き合って足を速める。

姿勢を低く、一瞬で速度を上げるエィレ。

その後を腕を振りながら必死に追いかけるヴィラウア。


確かに相手が門を抜ける気ならこれからどう動こうと大門の一点でのみは捕捉できる。

ただ門を抜けた後どこで曲がるのかがまるでわからない。

だからせめてその前に追いつきたいところだ。


「ところでー!」

「なあに、ヴィラー!」


走りながら口をぱくぱくさせエィレの背中に話しかけるヴィラウア。

こちらもまた走りながらなので大声で返すエィレ。


「あのこのしゅぞく、なにー!?」

「ええっと……?」


そう問われたエィレは、思わずその脚を緩めてしまう。

というか目的地たる大門の前までやって来たのだ。

速度を緩めること自体は間違っていない。

だが…それ以上に今問われたことがエィレの脳内を駆け巡っていた。


種族?

あの美少女の種族?


そこまで考えて出てきた結論が…



だった。



一瞬だけなのでしかとはわからなかったが、背丈は4,5フース(120~150cm)程度だったろうか。

とすれば小人族フィダスやノーム族ではあり得ない。


体型はすらりとしていて優美な印象だった。

がっしりしているドワーフ族にも当てはまらぬ。

体毛は薄そうで、どう見ても獣人ドゥーツネムのそれではない。


とすると人間族ファネム、エルフ族、天翼族ユームズあたりのいずれか、となるはずなのだが…





この大陸の人間族ファネムの多くは金髪である。

西方人ヨーツォルムであれば髪が茶色や亜麻色のこともあるし、北方人ミルスフォルムの中には銀髪や白髪、それに赤毛の者もいる。

また少数ながらミエのように珍しい黒髪の者もいる(他の地域では多いとも聞く)けれど、少なくとも緑の髪の者はいない。


エルフ族ならばほぼ金髪だ。

種族によっては銀髪の者もいるけれど、これまた緑髪のエルフは聞かぬ。

彼らの身体で翡翠色の特徴を持つのはその美しい瞳の色のみだ。


そして天翼族ユームズ

彼らの髪は亜麻色や金髪、或いは白髪が多く、また珍しい髪色として青や水色の髪の者もいると聞くけれど、これまた緑の髪は聞いたことがない。



単純な解答としては染髪がある。

この街には蜂蜜由来の化粧品が多く、染髪料も存在する。

それを利用して髪を染めている者も結構いるのだが…それでも染めた髪はどうしても不自然な髪質になりやすい。


けれど先ほどの少女の髪にはそうしたものは感じられなかった。

どう考えても地毛に見えたのだ。

だが地毛で緑髪の種族など聞いたことがない。






ならばいったい…

いったいあの娘は、何者なのだろうか。






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