第638話 閑話休題~時間差の謎~

コンコンコン、と壁を叩く。

リーパグは壁に耳を近づけ、その音の変化を確認した。


現在彼がいるのは小部屋の一角。

元々物置として利用されていた部屋だが、今日の工事の為に荷物は全部外に出してもらうか処分してもらっていた。


「ココカ」


音が変わったところと図面を比べ、問題なしと見極めた彼は壁のその部分に印をつけ、工具を使って手早く壁に穴を空け中に埋まっていた配管を剥き出しにさせる。

そこに追加のパイプを取り付け接続面に問題ないことを確かめるとそこにワッフが持ってきたシャワー口と蛇口を取り付けた。

蛇口の脇には六角形の凹みを備え付け、蓄熱池の受け口も作る。

発熱から多少時間がかかるものの、これで簡単に温水シャワーにできるはずだ。


これらの器具は元々リーパグ自身が持ってくるはずだったものだが製造が間に合っておらず、こうして当日ワッフにより届けられる次第となったわけだ。


そして最後にパテを使って壁を埋め、完全に壁を埋め戻して工事が完成した。


「オットコッチヲ忘レテタ」


リーパグは思い出したように床に遭った落し蓋を外す。

この部屋の住人がこれまで一切利用していなかった場所だ。

蓋の下にはオーク族が座って足を伸ばせるだけの広さの凹みがあり、下部に小さく栓がついている。


そう、言わずと知れた浴槽である。

この世界の住人にとっては初めてお目にかかるものだろうけれど。


「コッチニモ導水シテヤンネートナー」


そして壁の下の方に穴を空け、あらかじめ通してあった配管から先刻と同じように蓄熱池の受け口がついた蛇口を取り付ける。


「オオイ工事ガ終ワッタゾ! チョットコッチ来テクレ!」


リーパグが住人を呼びつけ説明を始めた。

なにせ温水シャワーや内風呂の使い方などこの世界の住人には未知の事ばかりだろうから。



…まあ、それを言い出したらこの街には他にも覚えるべき未知の事がたくさんあるのだろうけれど。



×       ×        ×



「シカシ鮮ヤカナモンダベー」


ワッフが大きな箱を抱えながら階段を降りつつそんな感想を述べた。

彼より少し前を降りているリーパグの工事の手並みを褒めたものらしい。


「スゲーカッコヨカッタダ、リーパグ」

「俺ハ元カラカッコイイダローガ」

「ソレハ知ッテルベ」

「オメーハイツモ素直ダナ。チョット羨マシイゼ」


真顔でそんなことを言い出すワッフにリーパグがあきれ顔で呟く。

二人は階段を降り切って人の行きかう街道の前に出た。

目の前を馬車がゆっくりと走り抜けてゆく。

リーパグはそのまま次の建物へと向かい、ワッフもそれに続いた。


簡単な仕事は部下に任せるだなどと言っておきながら、二人ともどうしてなかなかにワーカホリックである。


「大体スゲーノハ俺ジャネーヨ」

「? ソウナンダベカ?」

「オウヨ」


リーパグは人差し指で宙をくるくる回すようにしながら背後のワッフに語り掛ける。


「今俺ラガ廻ッテル建物…『アパート』ダッケカ? コレハイツ頃建テタ?」

「イツ頃ダッタベカー?」

「ヨク考エロヨ。何製ダ」

「石ダベ! ソッカネッカノ姉御ガ来テカラダベ!」


この街には現在外交大使が駐在する大使館が建てられており、街の南部には大使館以外の駐在員などが住む(この世界にしては)巨大な集団住居なども建てられており、そちらは『マンション』と呼ばれている。

それより規模の小さな数階建ての住居をこの街は『アパート』と呼んでいるようだ。


ただ以前も述べた通りこうした大きな建造物の内側を仕切って複数の住居を作る建物は大きさの別なく本来『アパート』であって、この街の呼び方は些かおかしい。

ミエの故郷の(やや不適切な)呼び方がそのまま持ち込まれ定着してしまった例と言えるだろう。


もっともこの街の『アパート』も『マンション』も堅牢な石造りの建物で、街並のイメージはヨーロッパなどのそれに近い。

それらの建物をアパートやマンションと呼ぶこと自体に違和感を覚える者もいるかもしれないけれど。


ともあれこの街のこうした高層建造物…といっても四階建てや六階建て程度だが…はネッカの魔導術あってこそ建造が可能となった。

なにせ元は荒野のど真ん中に建てられたこの街には周囲に石切り場がない。

こんな場所で城壁も含めこれほど大量の石材を入手するには膨大な手間と金と時間が必要となる。


それを実現させたのはひとえにネッカの魔導術とそれを活用したミエのアイデアである。

そのお陰で街の周囲の土地はそのまま石材産出現場となり、地面を簡単に石として運び出せるため耕地の間を流れる用水路も次々に完備されていったのだ。


「ネッカノアネゴモスゲーナア」

「ソリャ知ッテルヨ。デ、今工事シタアパートモソノ頃建テラレタ奴ダヨナ?」

「ンダ」

「ジャアコノ水道ガ導入サレタノハイツダヨ」

「エーット…ドワーフントコカラ配管ヲ受ケ取ルヨウニナッタンダカラ…コノ街ニ他ノ種族ガイッパイ住ムヨウニナッテカラダベナ」


以前述べた通り上水道・下水道を成立させるための配管、いわゆる鉄パイプは複数の種族の得意分野を組み合わせて作られている。

この世界で鉄パイプを量産するためには各種族の技術や魔術を結集させる必要があり、この地方では現状クラスク市でしか実現し得ない高度な技と言っていい。


「ソウダナ。ツマリツイ最近ダ」

「ンダンダ」

「ナラ蛇口ヲ取リ付ケル流シ台…ハマダイイカ。汲ミ上ゲタ水デモ使エルカラナ。ジャア風呂場ガ最初ッカラアノアパートニツイテルノハナンデダ」

「ンダ……?」


そう、この街に石材高層建造物の集団住居…いわゆるアパートが林立するようになってからドワーフ族やノーム族と言った多くの種族がこの街に住み着き始めるまでにはおよそ半年ほどの開きがある。

アパートが建てられた時点では街中を走る水路はあっても地下で配管を繋いで高層建造物の高層階まで水を運べる上水道の存在はそもそもその概念自体からして誰の思考にも発想にも存在していなかったのだ。



ただ、一人を除いては。



「?? ドウイウ事ダベ?」

「ダカラ! アパートヲ建テル時ニモウ既ニコノ水道ヲ引クッテ設計シテタッテコトダヨ!」


水道を取り付ける用の広めの流し台。

導入するまでは物置として利用できるようにした設計されていた風呂場。

蓋を取るだけで準備が完了する浴槽。


通常アパートやマンションの建設の時水道管などは最初から埋め込まれて建てられるものだが、この街のアパートが建てられた時には水道も水道管も存在しなかった。

ゆえに建造当時に水道管が埋め込まれるはずもない。

ほとんどのアパートの水道管は後付けで組み込まれたものだ。


通常であれば壁を壊して配管を埋め直す一大工事であるが、なにこの世界には魔導術がある、

石を一時的に柔らかくしてその間に配管を埋め込む、といった作業で鉄のパイプをすっぽりと壁の中に埋め込むことができるのだ。

石の魔術の専門家であるネッカならではの強みと言えるだろう。


ただ…この後付け工事を成立させるためには建造時にどうしても準備しておかなければならないことがある。

壁のである。


壁にしっかりした厚みがなければ配管を後から埋め込むスペースを確保できぬ。

実際当時施工したリーパグや設計を頼まれた彼の妻シャミルも何故これほど厚い壁が必要なのかと首を捻ったものだ。


まあ頑丈に越したことはないからとそのまま通ってしまったわけだが、今になって考えればあの厚みは最初から水道管をその内側に敷設する為だったことがよくわかる。


つまりミエは未だ達成できていなかった技術への設備投資を既に半年前に終わらせていたわけだ。

それを慧眼と呼ぶならとんでもない先見の明である。


「エーット…ツマリミエノアネゴスゲエベ!?」

「ソーユーコト。マーミエアネゴガスゲーノハ今ニハジマッタコトジャネーケドナ。ダカラ別ニ俺ハソコマデスゴクネーノ。マ、少シハスゲーケドナ!」

「リーパグスゲーベ!」

「オメーモ少シハ人ノ言葉疑エヨ!?」


実際のところクラスクのようなミエの≪応援≫の恒常的な恩恵を受けていないオーク族としてはリーパグの賢さは十分驚異的である。

クラスクを別にした純粋なオーク族の中では間違いなく天才と言っていい部類だろう。


だがそんな彼でもミエのそうした発想にはまるでついていけないと自覚している。

いったいあの娘は何者なのだろうか。

そして…




「ナンデアンナノガ兄貴ントコニ来タノカネエ」





そんな述懐を、自然抱くのも当然と言えるだろう。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る