第597話 魔術審問
「俺が妖術使イダッタトシテ、何故俺こンナ真似すル?」
「オーク族ならば上を目指すものだろう? ならばこの国の王の命を狙うのは至極当然の帰結ではないか!」
「ナルホド確かに」
トゥーヴの的確な返しに思わず感心してしまうクラスク。
確かにオーク族は上昇志向が強く成り上がりを好む。
その意味ではこの国で一番偉いとされる国王に戦いを挑み打ち倒したいと望むのはオーク族としてなんらおかしくはない。
なぜならオーク族の思考回路からすれば『偉い』=『強い』なので、その理屈で言えば広大な国を治める王様なんぞ相当な強者でなければ務まらぬはずだからだ。
(マア別の意味デ強そうな奴ダガ…)
己を静かな目でじいと見つめている国王を視界の脇に捉え、クラスクは何食わぬ顔でそんなことを考える。
それは普通のオークの理解できる
それが今のクラスクにはよくわかる。
「ダガそれハお前が勝手に言イ立テテルダけダ。証拠はあルのカ」
「証拠だと?」
クラスクの言葉を予期していたかのように秘書官トゥーヴが唇の端を吊り上げて
「当然だ。我が国の魔術は決して裁定を誤らぬ。ヴォソフ殿、ヴィフタ殿。前へ!」
秘書官の言葉に壁際やや前寄り…玉座の近くに控えていた二人の人物が進み出る。
一人は初老の男性で、白く長い顎髭を垂らしている。
宮中だというのに頭に三角帽子、その身には黒いローブを引き被り、周囲の者とは明らかに異質な出で立ちで大層目立つ…が、当人は特に気にしていないようだ。
手にしているのは頑丈そうな木製の杖。
短めで打突武器とするにはいささか頼りなさそうだが、それが見た目以上に凶悪な力を発揮するであろうことをクラスクはすぐに看破した。
そう、その杖は物理的な武器ではなく、魔術を行使する際に補助として用いるもの。
そしてそれを手にした彼こそは……宮廷の魔導士達を統べる者、宮廷魔導士長ヴォソフに他ならなかった。
そしてもう一人。
こちらは一見すると三十代程度の壮年の男性に見える。
髭は生えておらず、やや柔和な印象だ。
だがその身をゆったりと纏った法衣は随分と豪奢であり、その佇まいからも見た目の年齢とは不相応な落ち着きがあった。
もっともその法衣は彼の細かい動きと共によく揺れて、だから見た目よりだいぶ軽い造りなのかもしれない。
ともあれ彼こそがこの王都の、そしてこのアルザス王国の全教会を統べる者。
大司教ヴィフタ・ド・フグルその人である。
彼らはこの宮廷の中でも秘書官トゥーヴや諸大臣と並ぶ重鎮であり、この国の国政の重責を担う者達だ。
そして同時にこの国で最も高い魔導術と神聖魔術の使い手でもある。
そんな、二人が。
ゆっくりと前に進み出て、クラスクと国王の間、そのやや手前で立ち止まった。
「さ、どうですかなお二方。こやつの今の暴挙、その言に一片の真実でもありはしますかな?」
厳かに告げながらトゥーヴは内心ほくそ笑む。
なにせ二人には既に話を通してあるのだ。
このオークがどんなに潔白であったとしても、彼らの出す結論は変わらない。
「ハ。このヴォソフの見立てによりますと、このオーク族からは魔力の流れを感じませぬ。一方でかの剣の方からはその刀身に込められた『変化』や『付与』の系統の魔術を感じまする。さらには魔術的な知性も有しているようですな。まず間違いなくこの剣が自らの意思で為した行為と思われます」
「このヴィフタの
「そうか」
そう、彼らの出す結論は変わらない。
クラスクの完全な潔白である。
んん~~~~~~?
落ちくぼんだ瞳をぎょろりと見開き、彼らの発言を脳内で二度繰り返す。
だが幾度繰り返しても結果は変わらない。
二人が、このオークを擁護した。
…いや厳密には擁護というには当たらないかもしれない。
二人は単に事実を述べただけだ。
クラスクは妖術を使ってはいない。
かの“魔竜殺し”は己の意思で勝手に動いた。
そしてクラスク自身にこの宮廷を破壊するような邪悪な意思や意図はない(少なくともこの時点では)。
これらは全て厳然たる事実である。
事実が彼の身の潔白を証明しただけだ。
だがこの場に於いて事実を捻じ曲げずそのまま述べる事は秘書官トゥーヴにとって重大な裏切りに他ならない。
なにせ彼らとは以前から幾度も幾度も相談を重ね、この国の為に協力すると約束してくれていたのだから。
それをこの土壇場での裏切りだなどと、トゥーヴは殺気の籠った目で二人を睨みつける。
が、少なくとも当の大魔導師と大司教は少なくとも表面上は全く意に介した様子はない。
(ええい、貴様ら何を考えている! いったいどちらの味方なのだ!)
内心で無数の呪詛呪言を並べ立て、大司教ヴィフタにむしろ汝の方が邪悪に見ゆると言われかねないほどの内面となったトゥーヴだが、これまたそうした態度は一切表には出さぬ。
ただその裏切りに歯噛みしつつ、その頭脳をフル回転させて二人の意図を汲まんとした。
宮廷魔導師ヴォソフと大司教ヴィフタ・ド・フグル。
この二人が一体どちらの味方かと言えば……それは間違いなくクラスクの味方である。
クラスクはとうの昔に宮廷内部にいる対立存在について知悉していた。
キャスが王都の宮廷勢力についてみっちり教授していたからだ。
そして秘書官トゥーヴが彼の目的と強い利害の不一致を有している事も把握していた。
ただクラスク自身は彼を対立敵対勢力とは見做していない。
あくまで利害が一致しない相手、という認識である。
そして宮廷に於いてクラスクが陥るであろう最大の窮地が濡れ衣…即ち冤罪であるとキャスは予測していた。
クラスク自身にやましいところは殆どない。
何を言われようと正々堂々と論破すればいいだけだ。
ただし謂れのない罪を着せられ無理矢理投獄や処罰されたらどうしようもない。
大人しく従えば身の破滅だし、抗って暴れればそれはそれで社会的な信用が失墜してしまう。
そしてその冤罪の温床となり得る最たるものが…魔術師の手によるものだ。
魔術には『占術』と呼ばれる系統がある。
探知・察知能力を高めたり、或いは何者かに尋ねごとをしたり、といったいわゆる情報収集に関わる系統だ。
多くの者が魔術と言えば攻撃魔術ばかり思い浮かべるが、電信が発達していない世界に於いて占術こそが戦いを有利に進める最も有効な手段である。
相手の性能や性質を知悉していればその長所や得意戦法を潰し、弱点や欠点を突くことができる。
いわゆる『メタを張る』事ができるようになるからだ。
ともあれ情報を集める系統というのは貴重であり、重要である。
喩えば今回のような時、魔導術であれば〈
問題は……検査をする者自体に恣意がある場合である。
つまり〈
そうなると検査を受ける側の身の潔白は完全に検査を行う術師の思惑のままとなってしまう。
つまり術師を抱きこまれた時点でクラスクの敗北は必至、というわけだ。
ゆえにクラスクは謁見を行うまでに、なんとしても彼ら…宮廷に於ける魔術の二大巨頭、魔導師長ヴォソフと大司教ヴィフタ・ド・フグルの二人を抱き込んでおく必要があった。
その結果が…今まさにこうして結実したのである。
だが…クラスクは一体どうやって遠方にいたこの二人を抱き込んだのだろう。
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