第595話 剣の選択

「では此度こたびの用件を手短に済ませてしまいましょう。汝が簒奪したという剣を王の下へ」

「トゥーヴ!」


王の脇に控えていた秘書官トゥーヴはその巨躯たるオークにかつてのトラウマ…全族長ウッケ・ハヴシに狙われ続けた事…を少々思い起こしながら苦々しげに皮肉を述べ、国王に叱責された。


だが王のお叱りがなんだというのだ。

バクラダの意向に背くわけにはゆかぬ。

あの堅牢な街からのこのこと出てきたこの千載一遇の好機、なんとしてもこのオークを政治的に、或いは物理的に亡き者にしなければ。

秘書官トゥーヴはそういう決意と覚悟の下この謁見に臨んでいた。


「サンダツ…」

「言葉の意味もわからんか。オーク族らしい教養の程度だな」


クラスクの呟きに好機とばかりに畳みかける。

国王エルスフィル三世に再び睨まれるが構ってなどいられない。

このオークに何一つチャンスをくれてやるわけにはいかないのだ。


「貴様が不遜にも腰に挿したるその剣はコノザの英雄フォリアグン殿が手にしていたとされる伝説の聖剣である。オーク風情が手にして良いものではないのだ。早く国王陛下に納めるが良い」

「これトゥーヴ」

「陛下、あれなるはオーク族ですぞ。宮廷には剣も持てぬ文官達も多くおりまする。そんな中オーク族に武装させたままではまともに会談もできますまい。なに十分な詮議ののちあれが無害であると知れたならその後返せばよろしい」


なんとも無礼な言い回しだが言い分としては筋が通っている。

国王自らが見たいと望んで手紙を出した…まあ文面にはトゥーヴの意図も入ってはいたが…伝説の聖剣である。


見るためにはここまで持ってこなければならぬ。

つまりクラスクは今帯剣している。

それが危険だとトゥーヴは釘を刺しているわけだ。


ただし後で返すというのは無論今だけの方便であり、嘘八百である。

…いや八千くらいあるかもしれない。


トゥーヴはクラスクがこの玉座の間に入ってきたとき背中に斧がないことを目ざとく確認した。

まあ国王に見せる聖剣はともかく斧は明らかに戦闘を前提とした武装である。

それを持ち込もうとすれば国王に叛意ありと見做して即十重とえ二十重はたえに取り囲んで誅殺するつもりだったのだけれど、流石にその愚は犯しはしなかったようだ。


だがこれはこれで彼の想定通りの展開でもある。

武装が剣のみというのなら会談の前に国王にお見せするという名目で取り上げてしまえばよい。

そうなれば四方が敵だらけのこの宮廷でこのオークは丸腰となる。

後はいくらでも好きに料理できるという寸法だ。


コノザ王国は既に滅び今は亡く、バクラダ王国の一地方としてその地名を残すのみ。

だがその勇者の血脈は未だかの地に残っているとトゥーヴは調べ上げていた。

こちらが剣を手に入れさえすれば、本来の所有者、勇者の子孫に返すべきと強弁しそのまま奪い取ってしまえばよい。


それに従えば武器が奪われクラスクは無力化。

それに逆らえば罪を着せられ投獄、あわよくば死罪。


どちらに転んでも、どう転んでも事を有利に運ばんとする。

秘書官トゥーヴはそうした幾重もの幾重もの、蜘蛛の巣のような策を張り巡らせるのを得意としていた。


「そう言えバシャミルがそんな事言っテタナ。お前偉イノカー」


己がいかに料理されるか吟味されているというのに、クラスクはどこか危機感のない口調で己の剣に語り掛ける。

だが今日に限ってその剣はなんの反応もしない。


「衛兵よ、かの者から剣を受け取れ」

「ハッ!」


流石に自分の手で奪うのは怖い。

気紛れに手にした剣で叩き斬られるかもしれない。


トゥーヴは宮廷にオークを迎えるのは初めてだから念のためといつもより遥かに多くの兵士を宮廷内に配置させており、そのうちの一人に剣を受け取らせにゆく。


兵士はあらかじめ言い含められていたのか、白く肌理きめの細かい布を己の両手の上に乗せ、クラスクの前に差し出した。


「フム。合い分かっタ」


そう呟くとクラスクは無造作に剣を鞘から引き抜いた。

たちまち眩い光芒が漏れ、壁際の文官や貴婦人たちから感嘆の声が上がる。


この世界ではガラスは貴重品であり、庶民の窓はだいたい木蓋である(ただしクラスク市は除く)。

ただガラスの製法自体は以前から存在しており、王国の宮廷ともなれば当然ガラス窓が備え付けられ陽光がその内へと差し込んでいた。


だがその剣の輝きは陽の光に反射してのものではない。

明らかにその剣の刀身、その刃自身が光り輝いている。


白銀の剣。

透き通るようなその刃。

それはまさに息を飲むような神々しさで、見る者に神の存在すら強く想起させる。

そのあまりの眩さ、あまりの美しさに宮廷中から感嘆の溜息が洩れた。


「運んデ見ロ。やれルナラ、ダガ」


少々奇妙な言い回しながらクラスクが兵士に剣を託す。

その兵士は過度に緊張しながら己の両腕の上の純白の布に乗せられた聖剣を慎重に慎重に運んだ。



だが…あと少しで玉座の前の階段に到達しようとしたところで、異変が起きる。



唐突に腕が軽くなった。

もしや剣を落としたかと兵士が慌てて目を凝らしたその前で…



白銀に輝く剣が、ゆっくりと宙に浮いたのだ。



ざわめき。

おどろき。

どよめき。


宮廷の内側で、ひそひそと囁き声が木霊する。


指を差す。

あれはなに?


囁き交わす。

剣が、浮かんでる?


そう、ざわめく彼らの前でゆっくり、ゆっくりとその剣は浮かび上がってゆく。


空中3ウィールブ(約2.7m)ほど浮かび上がったその剣は、そこでゆっくりとその刀身を旋回させ、その刃の切っ先を巨躯たるオーク…クラスクの方へと向ける。


そして輝きをそのままに、始めはゆっくりと、だが徐々に速度を上げて、宙を滑るように滑るように彼に向ってすっ飛んでゆく。

そしてあわやクラスクを貫くか……と誰もが思ったその瞬間に、彼の腰にある鞘に寸分違わず飛び込んで、そのまま鋭い金属音を立てて奇麗に収まった。


「おお……!」


嘆声が、洩れる。

余りに見事な剣の帰還に感嘆の声が湧く。


「やっぱりナ。コイツ他の奴のトコ行きタがらナイ。渡シテモすぐ戻っテくル」

「おお……やはり……!」


クラスクの台詞に壁際の囁き声が一層大きくなった。


「まあ」

「まあ!」

「なんとまあ!」


「見ました?」

「見ましたわ」

「剣が浮いて、空を駆けてあのオークの鞘に収まりましたわ!」


「そんな、まさか!」

「どういうことだ、あれは」

「聞いたことがある。かの“魔竜殺しドラゴン・トレウォール”は己の意思を持ち、自らに相応しい主を選ぶのだと」

「おお、ではまさか!」

「そうだ、今のを見ただろう!」






「伝説の“魔竜殺しドラゴン・トレウォール”が……あのオークを主人として認めているということか……?」






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