第600話 オーク族の謎

神々同士の力関係により異種族同士が子を為した場合どちらの種族の子が生まれるのかの確率が変化する。

これが種族間の『綱引き』と呼ばれる現象の正体である。


ただし神話由来などの明確に優劣がある場合であってもその出生確率の差は大概は6:4、極端な場合であっても7:3がせいぜいだ。

オーク族のように9:1以上の高率で己の種族にできる種族は相当に稀である。


それもほぼその優位性を保っている、という事になれば、これはもうオーク族しか存在しない。

圧倒的優位性と言えるだろう。


なにせその特性があればこそ、オーク族はこれまで他種族の集落を襲い娘を攫う、という方法で種族を維持してこれたのだから。


それほど極端な出生率の差を有する以上、それは神々の間で交わされた盟約としか考えらえぬ。

つまり太陽の女神エミュアによる『半種族の約定』と同様の契約が交わされたはずなのだ。


だが……オークを生み出した神、地底に潜む邪神フクィークグが他の神々とそうした契約を交わしたという記録はどこにも残っていない。

各種族の、己を生み出した神の神話が記された聖書を紐解いてみても、そうした記述はどこにも、どの聖書からも見つからない。


そもそも前述のとおり生まれてくる子の種族がどちらに傾くのかは神々にとって死活問題であある。

太陽の女神エミュアとの約定のように自身の種族にもメリットがあるならともかく、自分達にとって明確に不利でしかないの約定を邪神フクィーフグと他の神々が好んで交わすはずはないのである。

にもかかわらず現状オーク族はこのにおいて無類の強さを誇り、そして聖職者たちが神々にその理由を直接尋ねても返ってくるのはただ沈黙のみだ。



つまりはまあ、完全に謎である。



ともあれこれらの要素の結果としてオーク族が子を為した場合以下のようになる。

・オーク族と人間族が子を為した場合、生まれてくるのはハーフオークの男児である。

・オーク族と人間族以外の種族(オーク族含む)が子を為した場合、生まれてくるのはオーク族の男児である。


神話的な謎ときについてはとりあえず置いておくとして、オーク族が抱えている宿痾についてはオーク族の集落を殲滅させたときの彼らの構成人員や救い出した娘達…その内の正気を保っている者に限られるが…などの証言からある程度他種族も把握していた。


すなわちオーク族は自分達だけで種族の維持ができず、他種族の娘を攫ってくればその子は殆どの場合オーク族となるためそれを種族維持の代替して利用している、と推測されてきたのだ。

断定でないのは誰もオーク達と言葉が通じずまた交渉もできず、確証が得られなかったためである。


「タくさンのオーク族そのタめに他の種族襲っテ女性攫っテきタ。デモそれダメ。イけナイコト」


ざわり、文官どもがざわめく。


「なぜそう思うのかね」

人型生物フェインミューブハ瘴気を浄化すル力あル知っタ。この国ハ元々瘴気を晴らす為に生まれタ国ダトモ聞イタ。ダからミんナ今国中の瘴気晴らす夢中。ダから辺境の俺達好き勝手デキル」


この国の設立の目的と、この国の現状を。

静かに、訥々とオークが語る。

政治とオーク族というあまりに不似合いなその組み合わせは、だがクラスクという個体が口にすると不可思議な説得力を生んだ。

壁際に控える文官達は知らぬ間に固唾を飲んで聞き入っている。


「デモそれ長く続かナイ。国土ハ有限ダカらダ。魔族来ナイなら瘴気イツカ必ず晴れル。そしタラみんな余裕できル。辺境の俺達ノ放置やめル。軍隊率イテ討伐しに来ル。俺ハなんトカナッテも俺の子ガ孫ガイつカミナゴロされル。それ困ル。オークみんナのオーク族の存続のタメ女攫ウ。デモそれが理由デ目の敵にされテ全滅しタラタら意味ナイ。本末転倒」


ふう、と小さく息を継ぎ、クラスクは軽く視線を走らせた。

物珍しい人物が、これまたなんとも珍しい話をしている。

だがそれゆえに好奇をそそられている。

周囲の反応を確認し満足したクラスクは、再び話を続けた。


「ダから俺決めタ。俺達の村もう襲撃シナイ。デモ他の種族の娘イナイト種族維持デキナイ。ダから他の種族ト仲良くシナイト駄目。仲良くナッテ平和に求婚すル。その為に共通語ギンニム勉強シタ。村のオークにも教えタ。他の人型生物フェインミューブ住めル村も造っタ。移住希望者募っタ。街になっタ」


ざわざわ、と壁際から囁き声がする。

それは驚くほどにしっかりと歴史を学び未来を見据えた上で現状分析された、オーク族による改革だった。

この人物に任せておけばむしろ他のオークどもを抑えてくれるだけマシなのではないだろうかとすら考える者すらいた。

クラスクの言葉にはその種族性を越えて届く不思議な説得力があるのだ。


「騙されてはなりませんぞ」


だがそこに秘書官のトゥーヴが待ったをかける。


「融和と言っても要はこやつらは女が欲しいだけです。すべてはそのための方便ではないですか。だいたい村を作って女性を招くだと? ならばから貴様らが抱えていた女たちは攫ったものということだ。村を作る前の貴様は暴力で生きてきたはずだ。狂暴な蛮族が融和を語るな」


クラスクの、そしてクラスク市の最大の傷をトゥーヴが突く。


彼の指摘は事は完全に正しい。

クラスク市の前身であるクラスク村…厳密には森にあったクラスク村だが…には既に多くの女性がいたが、そのほとんどが…いや当人の認識の齟齬を別にすれば全員が…奪われ、拉致されてきた女性達である。


村を焼き払われ、時にはオークどもに夫を刺し殺され、家族を斬り殺され、絶望し、泣き叫び、暴れ、或いはうずくまり嗚咽する女性達を殴り、蹴り、縄や鎖で縛り、酷い時には髪の毛をひっつかんで引きずりながら己の村へと連れ帰り、オークの子を産ませるための出産の道具にした。


力と強さが全てのオーク族にとって貧弱な女性は蔑視の対象であり、さらに彼らの知識不足や文明度の低さから生活環境も劣悪だった。

なにせ彼らの肉体はドワーフ同様他種族に比べ頑健すぎて、酷い衛生環境の下でも平気で生存できてしまうのだから。


激しい環境の変化に心を病む。。

食べ物が喉を通らず衰弱する。

そのため栄養不足に陥り身体を壊す。

さらにそれらを乗り越えられても大きすぎるオークの子の出産に母体が耐えられない。

もし無事出産できても産婆のを受けられなかった娘は産褥の間に感染症などで亡くなったりもする。


そうして様々な理由で多くの女性が亡くなって、その分だけ新たな娘が補充されてきた。


そのくせオークどもは他種族の女性を感じさせ排卵させねばならぬというその歴史的経緯から女を抱くスキルだけはやたらと高く、夜の交わりは彼女たちの身体に強い性の悦びを教え込み刻み込んだ。

結果として討伐隊などによってオークどもが殲滅され救出されても、元の世界に馴染めぬまま苦しむ女性も少なくない。

もはや同性の男子では彼女らを満足させられなくなっているからだ。


そのことに気づき絶望し、助け出された後で自ら命を絶つ娘もいる。

そして…それ以前にオークの子を孕んだ、或いは生んだ時点で既に心が壊れてしまった娘すら。


種族維持のためとはいえオークが為してきたことは間違いなく悪であり、許されぬことである。

その想いはオーク以外の殆どの種族の総意であって、クラスク一人程度の努力でそれを霧散させることはできない。


過去は変えられないのだ。

仮に大魔術を用いて時を遡る事ができたとて、できるのはせいぜい無数の被害者の中の幾人かを救える程度。

大きな歴史の潮流は変えられない。


そしてクラスク自身もまたその誹りを受けるだけの傷を持つ。


あの日ミエの勘違いから素直についてくる彼女を村へと連れ帰り、ミエの≪応援≫によって知性と知恵を得てしまったことで情緒を獲得してしまったクラスクは、誰かを思う気持ちを、そして愛情を学んでゆき、遂には個人からオーク族という種全体の未来を考えるに至った。



…だがミエに会う前の彼は、優秀な若手オークだったのだ。



ということは、それだけ強く残酷ということで、多くの隊商を襲い、他の種族を斬り殺してきたということである。



その過去は消えない。

消せない。





クラスクの、そしてクラスク市の最大の弱みを糾弾した秘書官トゥーヴは、彼の反論を待ち受け、その舌をさらに研ぎ澄ませていた。




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