第588話 クラスクの真意

「小隊単位デ武器集メロ! 剣ト斧ダケジャナイ! 弓モダ!」

「「「ヘーイ!」」」


長身痩躯のオークの騎士…立ち位置的にクラスクの次の地位にいるであろうオークの指示の下、オーク達がきびきびと武装を解除してゆく。

特に嫌がる素振りもなく武装解除に応じてゆくオークども。

その整然とした所作に騎士達は目を丸くする。


「縄デ縛ッテ名札ヲ付ケテ……ト。オオイニンゲン族ノ騎士! 大事ニ扱ッテクレ。武器ハ俺達ノ命ダ」

「…わかった」


武器が大切なのは騎士達も同じである。

面と向かってそう言われては粗略には扱えない。

当初は彼らを打ち倒し無理矢理奪った武器を積んでおくつもりだった荷車に丁寧に並べてゆく。


「ソウダ。念ノタメ鎧ノ下ニナイフヲ忍バセテルンダ。スグニ取リ出セナイカラコレハイイダロ?」

「あ、ああ」


ラオクィクの最後の言葉についそう口にしてしまい、直後しまった、と思ったが少々遅かった。

ラオクィクは部下に命じ表向きの武器を総て騎士達に手渡し、隊列へと戻ってゆく。


武装解除と言うからには全ての武器を奪うべきだ。

ナイフ一本でも許すべきではない。

だが彼らがあまりに素直に武器の受け渡しに応じた事、率先して武器を渡してきたことでつい油断してしまった。


また鎧の下なら取り出すのにも時間がかかるだろうという安心材料と、信じられないくらい素直に武装解除に応じてくれたオーク相手にここで完全無防備になれと強引に迫り却って暴れられたらたまらないという迷いもあり、結局彼らはそのままナイフの武装を看過してしまう。


なにより鎧の下に隠しておけばまず見つからぬであろうナイフの存在をわざわざ進言してきたのである。

そうそう悪いことはしないはずだ、という思いもあった。


絶妙のタイミングで自分たちの最低限の武装を認めさせたラオクィクは、満足そうに唇を吊り上げてオーク兵達の所へと戻ってゆく。


これでどんな事態になっても最低限の戦いはできる。

クラスク一人に全てを背負わせはせぬ、とその背中は語っていた。


クラスクもまた翡翠騎士団団長ヴェヨールに挨拶をするとそのまま馬首を巡らせてオーク兵どものところへと戻ってゆく。


その途中で翡翠騎士団の平騎士に気軽に話しかけ、彼らを驚かせた。

だが当初警戒していた騎士どもは二言三言話すうちにすぐに緊張を解いた。

そしてクラスクのおどけた返事に噴き出してつい軽口を叩いてしまう。

そこにクラスクの下らぬ返しが飛んできて、彼らは耐え切れず笑い出した。


その少し先でも、同じようにクラスクが騎士達に何か質問し、しばらく問答ののち彼らはすっかり緊張感を解いてしまう。

すぐにその場から笑いが湧き起こり、それが周囲にも伝播していった。


その巨漢と表現していい肉体と先ほどのような優れた手練を併せ持ちながら、語っている時のクラスクの表情と所作はなんともコミカルで、騎士達も知らず耳を傾け笑い混じりに聞き入ってしまうようだ。



そんな彼の背中を見つめながら……翡翠騎士団団長ヴェヨール・ズリューは目を細め、その身を僅かに強張らせる。



あれはとんでもない『人物』だ、と。



それがクラスクに対する彼の偽らざる評価であった。


巧みな話術と豊かな表情。

どこかおどけた口調は相手の緊張感をほぐし、肩の力を抜かせてしまう。

オークでありながら他者に好かれ、他者を惹きつける魅力の持ち主なのだ。


だが彼の真の恐ろしさはその表面上の無害さに隠されたしたたかさにある。


先ほど第一騎士隊隊長ツォルムが気づいたクラスクの目的…すなわち騎士団の体面を保ちつつ彼らに安全に城まで護送してもらおうという目論見。

それは確かに間違いないのだが、クラスクはもう一段深いところまで考えている。

ヴェヨールはそう察した。


まず騎士団長である自分の前でわざわざ斧の特性を明かした。

そうする事で彼は二つの事をこちらに印象付けた。


すなわち己の技量の高さと、己の戦力の保持である。


殺気だった騎士隊長と副隊長相手の四対一で全員の武器を落とし勝利してのける。

それは彼の圧倒的に優れた技量を表すものだ。

さらにただでさえ困難なそのハードルに、もし相手の血を一滴も流してはならぬ、という縛りが加わっていたとしたら……その難度は一気に跳ね上がるだろう。


彼が最終的に武器落としウーテルナムズで勝負を決めるつもりならそもそも最初からあの剣の方を使っていても良かったはずだ。

なにせ彼の言葉が正しいのならあの斧はのである。


一度でも縦に、すなわち刃を相手に向けて振るって出血させてしまえばその血を際限なく啜って対手を失血死させてしまうというのなら、相手を傷つけたくないのであればそもそも手にすること自体がおかしい。


実際彼はその斧を一度たりとも傷つける目的で振るってはいなかった。

斧の『平』で受けたり風圧で牽制したリ、あるいは武器を落とす際に用いたりはしたけれど、一度も斧を相手を叩き斬ろうとはしていなかったのである。


もしそれが事実なら騎士隊長ども相手になんとも強烈な縛りプレイである。

そしてその上で相手を無傷のまま無力化させたというのなら、その目的は何か。

団長であるヴェヨールに己の圧倒的な実力を見せつけるため、と考えてほぼ間違いあるまい。


第二に戦力の保持である。

その斧が持ち手を操るというのなら、迂闊に誰かに預けるわけにはゆかぬ。

斧を手にした騎士が突然暴れ出して街中で庶民を斬り殺したりなどしたら責任問題になりかねぬ。

そして剣の方も勝手に動いてしまうというのなら、これまた彼から離す意味がない。

勝手に空を飛んで戻ってしまうからだ。


つまり彼は呪われた斧と剣(そう呼ばれた剣の方は随分と不服そうだったが)と明かすことでそれが自分以外に扱えぬ、制御できぬと宣言し、その管理権を主張したわけだ。


これにはさらに二つの意味が込められている。

すなわち騎士達が手こずるであろうオーク達の武装解除の助けであり、第二にオークたちに対する安堵の提供である。


オークは戦いを好む種族であり、己の武器を手放すことに強い拒否感がある。

それは一般的なオーク族なら皆そうだ。

だから喩えクラスクが彼らの優れた指導者でああろうとも、この危険な敵地に於いての武装解除には難色を示すものがいないとも限らない。


そこで彼はまず相手の隊長たちと戦い自分たちの長が圧倒的に強いことを示した。

そして次に相手の一番偉い者と対話し、己の武装を保持する事を認めさせた。


そうすることでオーク達にいざとなれば自分がお前達を護る、と暗に宣言し、彼らを安心させ武装解除に応じさせたのである。


オーク達に武器を渡すようにと命じたのがわざわざヴェヨールに会いに行って会話を交わした後だったのがその証拠である。


たった一人で何を…と思うかもしれないが、そこに先ほどの呪いが効いてくる。

つまりもし騎士団が武装解除したオーク達をそのまま駆除しようとすれば、クラスクはを出す。

即ち使、ということだ。


たった一滴の出血でも、薄皮一枚の傷でもいい。

そこからたちまち血を啜り、相手を死に至らしめる呪いの斧。

それをいざ武器として使用されたら、ただのオーク一体相手であろうと甚大な被害が発生しかねない。


ゆえに騎士団は彼らを極めて安全に、そして丁寧、そして丁重に城まで案内しなければならぬ。


対外的にはクラスクらは武装解除されて騎士達に護送されたように告げられるかもしれない。

それはオーク達の評価や評判を下げるかもしれない。


だがそれで構わぬのだ。

有象無象の評価評判など彼は一切頓着しないだろう。


なぜならクラスクの目的は国王と相対する事である。

そして国王の自分達に対する評価は庶民の毀誉褒貶などには惑わされない。


なぜなら国王直属の翡翠騎士団団長たるヴェヨール・ズリュー本人が間に誰を挟むこともなく煩雑な手続きなど一切必要なく、直接クラスクの人物評を伝える事ができるからである。

そしてそれゆえにこそヴェヨールの前で騎士隊長ら四人を相手に大立ち回りする必要があったのだ。





クラスクの知恵、用意周到さ、そして何よりも強さ。

それを肌で感じた翡翠騎士団長ヴェヨール・ズリューはその心胆を寒からしめた。






国王陛下。

陛下が対話を望んだ相手は、思った以上に厄介な者かもしれませぬぞ、と。






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