第587話 武装解除

「なぜわかった」


翡翠騎士団団長ヴェヨール・ズリューはクラスクの前だからと他の騎士達のようにいきり立ったりはせず、落ち着いた声で応える。

ただし今回の一件、彼は完全に傍観者であった。


第一騎士隊隊長ツォルムと第二騎士隊隊長ドレゴムの、国王陛下の手紙をないがしろにしかねないある種の暴走を止めるでもなく、それでいて主導するでもなく、彼らの行動を看過したのだ。


団長として無責任とも取られかねぬ行動であるが、彼はそうした強引な手段を見過ごすことでどうしても確認したいことがあった。

国王が呼び出したそのクラスクというオーク族の本性を確かめたかったのである。


その強さ、性格、目的、野望、さらにはこうした事態に巻き込まれた時いかに対処するかという対応力。

実際に彼が殺されそうになったら割って入って助けるつもりで、ずっと騎士達の間に混じって待機していたのである。


そして他の騎士達に混じりこちらに向かう際、彼はいつも己が着用している専用のサーコートや盾を用意せず、平の騎士達と同じ装備で同行した。

これには三つの意味が込められている。


すなわち同行する以上全ての責任は己が取るということ。

ただし今回の主動はツォルムとドレゴムであって、己はそれを助ける意思がないこと。

そして最後に他の騎士に混じってクラスクを観察することだ。


それは同時に彼の外観が他の平騎士とほぼ変わらぬということであり、鎖鎧と兜を身に着け騎士達の容姿が判別しづらいこの現状にあって、他の騎士達に混じっている彼をピンポイントで見つけるというのはかなりの難事であるということだ。

にもかかわらずクラスクは事も無げに彼を見つけてのけた。

団長ヴェヨールが疑問を持つのも当然と言えるだろう。


「それは本気デ言っテルのカ」

「なに?」

「鹿の中に狼を入れテモ狼ハ狼ダ。鹿にハナらン。狼ト鹿ノ見分けガつかんオーク族イナイ」

「なるほど」


つまり見た目をどう変えようと団長である彼が放つ戦士としての力量は見誤らない、ということらしい。

細かい身のこなしなのか、それともその身から放つオーラ的なものなのか、それともオークの独特な感覚なのか、そこまではわからないが。


「キャスバスィは元気か」

「元気デイテもらわんト困ル。イロイロ頼りにシテル」

「そうか」


短く言葉を交わしながら、相手から目を逸らさずに、お互い目の前の相手をじっくりと観察しする。

やがてクラスクは小さく嘆息すると、己の斧で肩を叩きながらその緊張を解いた。


「あんタが出テ来なくテよかっタ。まあキャスの話じゃこうイウやり方ハ趣味ジャなさそうダッタシあまり心配シテナカッタガ」


ヴェヨールはわずかに目を細めた。

その言い草だとまるであらかじめこういう事態になることを予期していたみたいではないか。


「その口ぶりだと我らが待ち受けているのを予測していたかのように聞こえるが」

「? 襲撃ト略奪ガ代名詞のオーク族ダゾ。領民に被害が出タら責任問題ジャナイカ。方法ハ知らんが俺達の事をエィレ…王女トハ別にから監視しテタはずダ。どの呪文かハ知らんガ感ジタ。ならこの国の王女をオーク族が同じ馬に乗せテ連れ歩イテルノ見テ放ットクハズナイ。オ前達翡翠騎士団ハ国王直属ダロ。なら娘の王女も庇護対象ノハズダ。ダカラ俺達の状況ミテ出張っテ来ルトシタラあんタらの可能性が一番高イ。まあお前らの宮廷の事ハよく知らンからあくまデ分のイイ賭けッテくらイダガ」


滔々と語るクラスクの言葉に周囲の騎士達がざわめいた。

まさに彼が語った通りの行動を彼らが取っていたからだ。


魔導学院に依頼し〈念視イクスク〉の呪文でオーク達の行軍ををちょくちょく覗いてもらい、麦畑に入ったりするごとにすわ大事と武器の準備などをしては問題なしと再び壁に戻したりもしていた。

たた呪文には持続時間があり、常時監視しっぱなしというわけにはゆかぬ。

呪文が切れて唱え直している間に事態が大きく変わっている可能性もなくはないのだ。


しばしの休息の後、改めて監視任務に戻ってみたところ先頭を進むオークの馬上にいつの間にか少女が乗っていた時もまさにそうだった。


一体何があったのか。近くの村娘を騙して人質に取ったのか、などとざわめいていた騎士達は、その少女が第四王女エィレッドロと気づき驚き慌てふためいた。


呪文と言っても万能ではない。

念視イクスク〉は『対象を取る』呪文のため、彼ら翡翠騎士団は当然ながらオーク達の一団を対象に選択し注視していた。


ゆえにその水晶球の視界の届かぬところでエィレが勝手に城を抜け出し、林の脇に馬を繋いで、よじよじと樹によじ登ってはこれまた勝手に監視任務を開始……などといったおよそ王女にあるまじき行動力を発揮していたなどと彼らには気づくよしもなかったのである。


その後の事はだいたい先刻述べた通りであり、そしてほぼほぼクラスクが語った通りである。

行軍中に彼が横のラオクィクに尋ねた『自分達を見ている視線』は林からのものだったが、あの時点で彼は既に上空からの視線にも気づいていたのだ。

ただしそちらの視線は角度から考えて魔術的なものに間違いなしと断じ、ラオクィクにはあえて黙っていたわけである。


「トもかく助かっタ。お互イ元気のイイ部下がイルト大変ダナ。あんタ相手ダトこいつを使わントナらントコダッタ」


ぽんぽん、と左手で己の右手に掴んでいる斧を指し示し、軽く叩く。


使?」


妙な事を言う。

斧なら先刻使用していたではないか。


「コイツハ呪われテル。手にしテルト俺以外の近くにイル奴の血を際限なく啜っテ殺す。お互イ死人ハ出シタくナイダロ? 後に引けなくナルカラナ」

「……………!」


ざわり、と周囲の騎士達が目を剥いて、団長ヴェヨールがぴくりとその身を震わせた。


「一度そうナルトなかなか煩くテナ。アイツを殺せドイツを殺せみんな殺せト喚き立テルンんダ。まあ面倒ナンデ聞き流シテルガ勝手に血を啜ルノハ止められンからナ。あんタ相手ダト手加減デきンダロウシ」


軽い口調でそう語りながらクラスクは己の左腰に挿している剣の柄を軽く叩く。


「こっちもこっちデ跳ねっ返りデナ。ダから他の奴に渡すわけにハいかん。まあドっちも呪イの武器みタイナもんダ」


ぷしゅーとなにか銀色の粉のようなものを噴出させながら、クラスクが腰に挿している剣が鞘から勝手に飛び出そうとしてはクラスクの手に無理矢理押し込められてを繰り返す。

どうやら彼の物言いが気に入らなかったらしい。

一方で彼が肩たたきに使っていた斧の方は何やら一瞬だけその禍々しくねじくれた斧身を勢いよく震わせたように見えた。


わたくしを呪いの武器扱いしないでいただけませんことー!?


…さしづめその剣が主張したいのはそんなところであって、そしてそれに斧の方が反応して噴き出しつつ爆笑した、といった構図だろうか。


「似タようナモノジャナイカ」


特段会話しているわけではないのだろうが、剣の自己主張をなんとなく察したクラスクがそう呟き、腰に挿した剣の挙動がガッシャガッシャと激しくなる。


「落ち着け。部屋に案内されタラ磨イテやルから」


クラスクの言葉にぱあああああああと刀身を強く輝かせたその剣は、最後にクラスクがもう一度強く押し込めると大人しくその鞘に収まった。


本当ですの!? 本当ですの!?

嘘でしたら承知しませんことよ! 嘘でしたら承知しませんことよ!


まるでそう叫んでいるようにも見える。


「まあそうイうわけデこいつらハ渡せんガ、代わりにうちの兵の武装解除にハ応じよう。その方が俺達を城まデシやすイダロ?」


クラスクはそう語った後振り返り、大声でオーク達に呼び掛ける。


「オオイお前ら! この国の騎士様に武器を預けロ! 城まデ案内しテ下さルそうダ!!」

「「「了解オッキー!!」」」






勢いよく返事したオーク兵どもが皆剣と斧と弓を取り外しはじめ……

その整然とした態度と所作に騎士達が再び目を丸くした。






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