第586話 クラスクの意図

オーク族に姫様が囚われた。

それは王族を守護する翡翠騎士団に於いて存亡に関わりかねない失態である。


喩え国王自らが招いた者だろうとそのまま城の中に入れるわけにはゆかぬ。

どんな理由があろうと、どんな事情があろうとオーク族の馬に乗ったまま行軍する王女を街の住人達に見せるわけにはゆかぬ。


ゆえに彼らは強引に城門を塞ぎ、往来する旅人や隊商達を別の門に誘導して、オーク兵達を包囲した。

もし、仮に彼らが狂暴な連中だったら最悪の事態になる。

追い詰められたオークどもが姫様に何をしでかすかわかったものではないからだ。


当然他の騎士団にも見せるわけにはゆかぬ。

もしオーク達が暴れて被害など出そうものならこの状況を生み出した翡翠騎士団の責任となりかねないではないか。


この強硬論を主導したのが第二騎士隊隊長ドレゴムであり、それに賛同して手続きを行ったのが第一騎士隊隊長ツォルムである。


だが…強引な手段を取ったことで彼らは後に引けなくなってしまった。

城門のひとつを閉じ、旅商や旅人たちを避難誘導させ、重武装で待ち受けた。

それだけものものしい準備を整えてなにもなかったでは済まされない。

が必要になってしまったのだ。


最悪なのは先述の通りオークどもに姫様を人質に取られ街中に入られてしまう事だけれど、脅しつけたことでオーク達が大人しく姫様を引き渡してきたとしても、それはそれであまりよろしくない。


そのまま王宮に戻れば彼らはきっと他の騎士団からこう糾弾される事だろう。

『お前達は交渉で解決する程度の問題をこれほどの大事にしたのか』と。


つまり彼らは最悪の事態を想定して万端の迎撃準備を整えてしまったことで、その警戒に相応しい戦果を得られぬ限り気軽に城に戻れぬ身となってしまったのだ。


「もしそのオーク達が危険な連中だったら」という過剰な危惧が、「悪しきオークを討伐して姫様を救い出さねばならぬ」という引くに引けない状況を生み出してしまったのである。


当初クラスクとエィレが比較的友好そうにしていた時彼に殺気が突き刺さったのもそのためだ。


あの時点で既にクラスク達は「悪しきオークであったら困る」という単なる警戒相手から「悪しきオークとして自分達に討たれてもらわねば困る」存在へと変貌してしまっていたのだ。


クラスクは……その全てを読んでいた。


いや読み切っていたとまでは言えないが、少なくともエィレの出自を聞いて自らの馬に乗せ王国へと向かった時点である程度この事態を想定していたのである。


翡翠騎士団はかなりまともな騎士団であり、団長は立派な人物である。

そうキャスは言っていた。


だが同時にかつてキャスが翡翠騎士団に入り騎士隊長に上り詰めるまで、幾度となく嫌がらせや嫌味を受けたとも言っていた。

その主な相手が第一騎士隊ツォルムと第二騎士隊隊長ドレゴムである。


真面目で厳格でなツォルムはスラム上がりというキャスの身分の低さを問題視し、差別主義者で強硬派のドレゴムは彼女がハーフエルフであることで忌み嫌った。


まあ最終的にキャスは己の実力と実績とで彼らを黙らせ、態度を改めさせたのだが、それはあくまで彼女個人に対する評価であり、彼ら騎士達のそうした差別的な特性は簡単には変わらぬとクラスクは踏んでいた。


ゆえに己がオークである以上、そうした差別感情により彼らが暴走し過剰に敵対的に振舞ってくるやもしれぬ、とあらかじめ準備していたわけだ。


国王の招待客であろうとオークはオークだ。

多少手荒い真似をしても彼らが暴れたと讒言すれば済む話だろう。


オークのような下等な種を城に入れたがらぬツォルムと、そもそも人間族以外を見下しているドレゴムはそういう心づもりでクラスクらを待ち受けていた。


そしてそれを読んだ上で人質…と騎士達が思い込んでいるエィレが己の手の内にあることを利用したクラスクが、彼らを巧みに挑発して四対一の決闘に持ち込んだのである。


これには二つの意味があった。

一つ目は騎士達に有利な戦場を演出し、その上で彼らの流儀たる高い技量を見せつけて勝利する事で、ピリピリしている騎士達に感嘆と感銘を与え落ち着かせ、自分達を高く評価させること。


そしてもう一つが『戦闘を行い』『その結果として』『エィレを引き渡す』という手続きを踏む事で、彼らにを与える事だ。


先述の通り物々しい警備と準備を敷いて交渉だけでクラスクがエィレを引き渡せば彼らは目的自体は達成できてもその面目が潰れてしまう。

最低でも相手の力量や性質を見誤ったのだと他の騎士団に揶揄される事は疑いない。


この国に於いて『他の騎士団』とはすなわち『他の国や勢力の利益を代弁する戦力』である。

翡翠騎士団としては彼らに足元を見られるのはなんとしても避けたいのだ。


だが、となれば話が変わる。

彼らは勇猛な騎士として堂々と凱旋できるだろう。

その際クラスクらオーク兵達が一緒に城に向かっても十分言い訳が立つ。

『戦いの結果』『彼らを城へと連行してゆく』と街の者にも堂々と答えられる。

その説明を聞いて騎士達がオークどもを屈服させて城へと連行しているのだと解釈するのは聞いた者の勝手なのだから。


妙にねじくれた大斧で肩を叩きながら巨馬の上で周囲を見渡すクラスク。

そんな彼を見つめながらエィレは己の心臓の鼓動がいや早く鳴るのを感じていた。


だってそれは驚くだろう。

興奮するだろう。


圧倒的に強いと信じていた…いやそれは紛れもなく事実なのだが…翡翠騎士団の騎士隊長らがまるで子ども扱いだった。

恐るべき強さ、圧倒戟技量、そして驚くほどの精緻さ。

それは彼女が抱いていたオーク像とあまりに違っていて、エィレはすっかり彼の動きに目を奪われていた。


騎士達に囲まれ、クラスクに何かされていないかと心配する彼らの質問攻めに丁寧に答えながら、少女は視界の端にずっとクラスクを捉えたままだった。


(あら……?)


そしてそんな彼女だからこそ、クラスクの様子が少し妙な事に気づく。

他より大きな馬、他者より巨躯な肉体。

そんな彼の遥か上からの見下ろすような視線が……誰かを探しているような気がしたのだ。


(あ、動いた)


やがてクラスクは先ほどの対決を興奮気味に語り合う騎士達の横を抜け、自分達を取り囲んでいた騎士達の一隊にゆっくりと馬首を向けた。


「まあそんなわけダガ、それデ問題ナイカ?」


そして騎士達の一人に当たり前のように声をかける。


「問題ない」


そう言いながら騎馬を操り馬群の中から姿を現したのは中年の騎士だった。

その姿を視界に捉えエィレははっと息を飲む。


他の騎士たちと同じような板金鎧とサーコートを身に着けたその人物は…







翡翠騎士団団長、ヴェヨール・ズリューその人だったからだ。







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