第580話 手荒い歓迎

己がここまで乗ってきた馬が素直に自分たちの横に付き従ったことにエィレは目を丸くして、興奮してクラスクに質問を浴びせかけた。

クラスクには馬の言葉がわかるのか、と。


「わからナイ」

「でも言う事聞いたじゃない! いま!」

「言っテ聞かせタのハコイツ。うまそうキートク・フクィル。俺の馬かしこイ。共通語ギンニム少しわかル」

「へー! へー! すごーい!」


興奮するエィレ。

ぶるるる…と高く嘶きそれに応えるうまそうキートク・フクィル


「おっきいし! はやいし! かしこい! すごいね! すごいねあなた!」


少女の賞賛の声に嘶きで返す黒い馬。

心なしか機嫌がよさそうに見える。


「名前! 名前はえっと…きーとく・ふきる? って何? 何語?」

「オーク語ダ」

「へー、オーク語なんだ。どんな意味?」

「うまそう」

「……………………」


明らかにショックを受けた表情の娘が己の背後にギリギリと振り返りクラスクを凝視する。


「ひどくない!?」

「ひどくナイ」


……確か以前も似たやり取りをしたことがあったはずだ。


「え? え? 食べちゃうの? 馬を!?」

「今ハモウ食べナイ」

「昔は食べてたの!?」

「昔ハ食べテタ」


愕然とする少女の問いにクラスクがこくりと頷く。


「ひっどーい乗ったら早いし騎馬だって強いし農作業だってやれるのに」

「オークは普通畑仕事シナイ。それにダイタイノ馬オーク族怖がル。乗せテくれナイ。ダから食べテタ」

「あー……そっかオーク族だもんね」

「ソウ」

「貴方達は……違うの?」


小首を傾げてクラスクを見上げる少女のうなじが木漏れ日に映える。

その大事な問いに……クラスクは大きく頷きながら小さく愛馬の脇腹を蹴った。


クラスクが話し始めるのと同時にゆっくりとうまそうキートク・フクィルがその蹄で歩き出す。

それに合わせて他の騎馬達も隊列を組みなおし、静かに行軍を再開した。


そしてエィレが乗ってきた馬もまた、彼らの横を静かについてゆく。



小さな丘の向こう、街道を進んだその先に見えるは大きな大きな城。

そしてその城を囲う巨大な城壁。



城の名は王城ザエルエムトファヴ。

都の名は王都ギャラグフ。




土地に根を張り縄張りに陣取る本来のオーク族では決してたどり着けぬ地……

クラスクは遂にその目と鼻の先までやって来たのである。




×        ×        ×




道中、好奇心旺盛なエィレにより大量の質問が浴びせかけられ、クラスクはそれになるべく丁寧に答えた。

彼の語りはとても面白く、少女は瞳を輝かせて聞き入った。


クラスクはそもそも語りが上手い。

相手が見たことも聞いたこともないような話を身振り手振りで大仰に、時にコミカルに、時に臨場感たっぷりと語り聞かせる。


語りの上手さは≪カリスマ≫スキルの影響も大きい。

魅力的な語りもまた≪カリスマ≫の補正を大きく受けるからだ。


かつての彼は≪カリスマ(オーク族)≫を妻であるミエの≪応援≫によって範囲拡大させ≪カリスマ(人型生物フェインミューブ)≫として活用していた……まあ当人たちはまったく意識していないのだが……けれど、今の彼は素で≪カリスマ(人型生物フェインミューブ)≫を修得していた。

少女の歓心を買うなどお手の物なのだ。


それにしてもエィレが妙にクラスクに傾倒してしまっているのは一体何故なのだろうか。

彼が魅力的な人物であることは疑いないのだけれど。


さて、そんな彼らオーク騎兵隊が無事王城へと入城を果たす……



わけが、なかった。



「随分ト物々シイ出迎えダナ」


呟いたクラスクの前にはオークどもと同様全身を重装備の金属鎧で身を固めた騎兵……こちらは正真正銘の騎士である……が騎兵槍ランスを携え、抜刀しながら待ち構えていた。

さらにその左右にも同じく騎士共が散開し、クラスクらオーク騎兵隊を取り囲んでいた。


正確には後方だけは塞いでいないため完全に包囲しているわけではないが、それは逃げ道を作っているわけではなく必要がないからだ。

なにせ互いに騎馬でその上重装備であり、さらにはオーク達は皆行軍中で長い隊列となっている。


騎兵は咄嗟に進行方向を逆向きには変えられない。

目が横についている馬の視界は広いけれどそれでも斜め後方までで、完全に真後ろの視界は確保できぬ。

そして動物は視界が確保できぬ方向へ進むことを極端に嫌がるのだ。


馬の進行方向を後ろに向ける一番の方法は走りながら大きく旋回し最終的に後方を向くことだが、その方法は前方と左右が塞がれていると取る事ができぬ。

ゆえにこの場で真後ろに進むためには馬首を巡らせ手綱を操り歩みを曲げてその場でゆっくりと後方に馬体を向けて……といった手間を取らねばならず、その間隙だらけとなってしまう。

つまり後方を空けているのはそこを塞ぐ意味がないからで、その分前方を厚めにすることで相手を決して逃がさぬようにしているわけだ。



つまり……その騎士たちは明らかに戦闘の準備を万端に整えてクラスクらを待ち構えていたことになる。



ここは王城の遥か手前、王都ギャラグフを取り囲む城壁、その南門。

その巨大な門の前で、彼ら騎士団は待ち受けていた。


「フム、計画的ダナ」

「え? え? え?」


クラスクの話に夢中になっていた少女は、突然状況が大きく変わって驚いて周囲をきょろきょろと見まわしている。

すぐに事態は呑み込めなかったが、とにかくオーク兵と王都の守護騎士達が一触即発の状態になっているのだけはすぐに理解した。


「計画的? え?」

「見ロ。あいつらの背後。王都へ続く城門閉じテル」

「あ、ホントだ……いつも開けっ放しなのに」


クラスクが指さした先には物々しい出で立ちの騎士団がいる。

少女も見慣れた王都の騎士達だ。


そしてその背後にある城門が閉じられている。

このあたりはいつもであれば街に出入りする旅人たちや商人たちの荷馬車でいつもごった返していて、番兵による検問はあっても門自体が閉じられたことなどついぞ見たことがなかった。


だいたい門を閉じてしまっては中に入れない隊商達があちこちで困って…

困って……


「隊商がいない? あれ? 旅の人も?」


南門の街道を出てまっすぐ進めば商業都市ツォモーペ。

つまりこの街道は普段であれば王都への出入りが最も多いルートのはずだ。

にもかかわらず門を閉じているというのに周囲に中に入れず立ち往生している隊商や旅人の姿が一切見えぬ。

これは些か妙であると少女もすぐに気がついた。


「よく気づイタナ。ソウ。急に城門を閉めタなら中に入れず困っテル連中がイルハズ。デモそんな奴ドコにもイナイ。つまり……」

「計画的に避難させてた……?」

「ソウダ。ダガそれダけジャナイ」

「あそっか! 立ち往生してる人がいないだけじゃなくって後からもやってこないってことは…つまり私たちが通った後のこの街道を封鎖して北門や西門に誘導してる!?」

「「「オオオ~~~~~~」」」

「カシコイ」

「エィレカシコイナ」

「スゲー」

「ソウダ。よく気づいタナ。偉イ」

「えへへへへ……」


馬上、クラスクの前にちょこなんと座っていたエィレが、彼に頭をぽんぽんと叩かれて嬉しそうに照れ笑いする。

だが少女はすぐに鋭い視線を大量に感じてびくりとその身を竦ませた。


(え? あれ……?)


騎士達の目つきが少しおかしい。

なにやら殺意の籠った瞳でこちらを睨んでいる。


騎士団にも所属によって色々あるけれど、自分に対しそんな剣呑な雰囲気を放つ彼らを見るのは初めてだった。


(ええっと……わたしなにかしたっけ……?)


いやもちろん父に内緒で勝手に城を抜け出したのは悪いことだけれど。

うん、とても悪いことだけれど。

もしクラスクがいいオーク? じゃなかったら危ないところだったかもしれないけれど。

だからといってこんな怖い目で見られるいわれは……


「お前じゃナイ。視線よく見ロ」

「え……?」


瞳から漏れ出すほどの敵意、害意、殺意。

それらが一斉にこちらに集まっている。

どこをどう見てもエィレ自身を……


(あれ?)


違う。

微妙に違う。

彼らの視線の先は自分じゃない。


だ。


自分を射抜いたその向こう……ということは。


「そう、俺ダ」


クラスクはニタリと笑って彼らの殺意に応えた。







騎士達の殺意が一層濃くなった気が、した。







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