第578話 オーク族の特性
オーク族と他種族との間に子が生まれるとほとんどの場合オーク族の男子が生まれる。
例外は人間族との混血だけで、この場合両者の特徴が合わさりハーフオーク…この世界で言うところのいわゆる半オーク…が生まれるが、肌の色は緑がかっているし容貌もオーク似のため、群れて遊んでいると純粋なオークとほぼ区別がつかぬ。
これまでも街中で走り回っているオーク族の子供達を皆一様に『オークの子』と表現してきたが、街のオーク族の配偶者の中で最も多いのは人間族の娘であり、ゆえに子供たちもそれなりの数半オークがいたわけだ。
ただ半オークにせよ純オークにせよ、その片親の大多数が異種族の娘である事に変わりはない。
その内に宿る他種族の因子が、彼らにオーク族以外の種族の美醜を自然と学ばせる。
その際己を育てくれた母親の容貌もものをいうのだろう。
結果としてオーク族は、多くの
たとえばエルフ族であれば同族たるエルフの外見が美的感覚の中心にあって、そこから外れるほど『醜い』と感じる。
つまり容貌の近しい
これはドワーフ族の方も同様である。
彼らからすれば髭も生えず体毛も薄く華奢なエルフ族はとても薄っぺらく頼りなく映るのだ。
ドワーフ族にとって美的感覚の基準はドワーフの容姿や体格なのだから、それはむしろ当たり前の感覚と言える。
だがオーク族にはそれがない。
或いはあってもかなり希薄である。
長い間他種族を襲い続け、彼らとの間の子を為し、多くの血を取り込んできた彼らはエルフを見ても美しいと思うし、ドワーフを見てもそう感じる事ができるのだ。
彼らが他種族を差別し、下等なものと見下し、決して心が交わらぬ略奪者としての側面を色濃く出している間は、その特性はどんな種族の娘でもえり好みをせず襲い攫ってゆく食い意地の悪さという悪癖となって表れていた。
だがクラスク市のオーク達のように他の種族相手に友好的に振舞える場合、どんな種族相手でも見た目で差別や偏見を持たぬ彼らはよき交渉相手となり得るのだ。
そうしたオーク達の特性、ある種の『平等さ』…これは美点と言ってもいいだろう…を他の種族はまるで知らなかったし、そもそもオーク族自身が自覚していなかった。
互いがそれを知る契機自体がなかったからだ。
おそらく…クラスクとミエがいなかったなら、この世界の住人はそんなオークの長所に誰一人気づくことなく世界の終焉を迎えていたに違いない。
ともあれオーク族は他の種族の美しさを、その種族と同様、あるいはそれに近いレベルで感じる事ができる。
それゆえにその場にいたオーク達はその少女の美しさに瞠目した。
だが彼らオークどもの無遠慮な視線が突き刺さるたび、少女は身悶え怯えるようにクラスクにひしとしがみつく。
ただその行動はやや奇妙である。
少女がオーク達の視線に怯えるのはオーク族が嫌いで、怖いからだ。
だがそれなら彼女を今抱きかかえている、そして彼女自身がしがみついているクラスクもまたオーク族のはずである。
なぜオーク族の視線から逃れようとしてオーク族に身を寄せるのか。
とくん、とくんと心臓が脈打っている。
クラスクの鎧越しの厚い胸板に押し付けている彼女のささやかな胸が、その鼓動を彼女に強く感じさせていた。
(なんで、こんな……っ)
少女は混乱していた。
己自身が高揚している事を強く自覚していたからだ。
まるで鳴りやまぬ動悸が、その音が、脈動が、少女自身が認めたがらぬ己の気持ちを突きつけているかのよう。
「オー太守ニ必死ニシガミツイトル」
「モーコンナニ調教シチマッタノカ」
「太守様ハスゲーナー」
無遠慮なオーク達の言葉に耳先まで赤く染めるエィレッドロ。
だが困ったことに彼らの言葉を否定する材料が己の内に少なすぎた。
ただ無遠慮、とは言うが集まったオーク兵どもは全員
なにせオーク語には粗野で荒々しい発音や言い回しが多いため、彼ら的には和やかな会話であってさえ言葉のわからぬ他種族が聞けばやけに刺々しく好戦的な雰囲気に聞こえてしまい、喧嘩を売っていると誤解されかねないのである。
ここのオークどもはそこまで把握しているためわざわざ
「馬鹿共、お前らに怯えテルンダ」
「ヒデー」
「コンナニ紳士的ナノニー」
「「「ナー?」」」
口々に不平をぶつオークどもだったが、クラスクの一瞥を受けると慌てて口をつぐんで距離を開けた。
(やさしい……)
ぽ、と頬を染めクラスクの気づかいに胸の動悸を早めてしまう。
いけないことだと知りつつ、だがそうと自覚する程に鼓動が高まってゆく。
一体この不如意な身体を、この溢れる想いをどうしたらいいのだろう。
少女が熱っぽい顔でそんな事を考えながらクラスクを見上げていたら、顎を下げた彼と目が合った。
「……熱デモあルノカ」
「う……っ!」
なんとも見当違いなクラスクの言葉に思わずカチンとするエィレッドロ。
「あ、あるわけないじゃない! 何言ってんのよ! ばっか…勉強してるならバカじゃないかもしれないけど、とにかく失礼ね! 失礼よ! わたしをアルザス王国第四王女アルザス=エィレッドロと知っての狼藉なの!?」
少女の叫びを聞いた時、ラオクィクの目が一瞬細くなる。
「オー、イイ啖呵ダ」
「気合ノノリモイイ」
「イイナ」
「イイゾ」
そして周囲のオークどもがざわめきながら互いに好き勝手のたまいつつ少女を指さした。
オーク族はこうした気の強い娘が大好きなのだ。
なにせ彼らの略奪の歴史は長い。
気の弱い娘は集落に連れ帰っても環境の激変に耐えられずすぐに死んでしまう事を、長持ちするのは頑丈な身体と同時にどんな環境でも生き延びてやろうとする精神力の強さであることを長い経験で知っているからである。
「……エィレ」
「勝手に人の名を略すなむむぎゅ」
真っ赤になってなおもまくし立てようとする少女の頬をクラスクがつまむ。
「ひゃひひょひゃひひゅんにょよはにゃひにゃひゃいよ!!」
ずいと近づく顔が妙に気恥ずかしくて、つい強気な口調でまくし立て……ているつもりだが、頬を摘ままれてまともな言葉にはなっていない。
「名乗られタ以上こちらも名乗ルのが礼儀らシイから俺も名乗ル。俺の名ハクラスク。クラスク市太守、大オーククラスクダ。まあお前はわかっテテ見張っテタんダロうガ」
「あ、あひゃりまえでひょ! っていーかげんつまむのやめてー!!」
腕を突き上げクラスクの手指から無理矢理逃れるエィレッドロ。
まあ未だに馬上で彼の片膝の中に抱っこされている現状は変わらぬのだが。
「なンデこの国の王……お前の父親ハ俺呼ンダト思ウ」
「知らないわよお父様の考えてる事なんて! どうしてオークなんかを呼び寄せたのかって私の方が聞きたいくらいだわ!」
まくし立てる腕の中の少女の言葉にクラスクが小さく首を振った。
「わからナイなら考えロ。お前は賢そうダ。考えればわかル」
「考えるー?」
むうと唸って少女がクラスクの腕の中で腕を組む。
「邪魔だからお城で退治しちゃうとか……?」
「マジカ」
「マジカ」
「ヒデー奴ダナ!」
「騙シ討チダー!」
「卑怯者ッテ奴ダナ!」
「オークに言われたくないわよオークに!!」
「言ワレテミレバソウダ」
「コリャ一本取ラレタ」
「「ワハハハハハハハハハハ!!」」
囃し立てる周囲のオークどもにエィレが実にもっともなツッコミを入れて、オークどもが愉快げに笑う。
これがあの毛嫌いしていたオークだろうかと目を見開いて驚くエィレ。
まあクラスク旗下のオークどもは格別に知的かつ文化的ではあるので、彼らを基準にオーク族を測ると大きく目測を誤りそうではあるのだが。
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