第567話 クラスクの決断

「まあ自国内に勝手に街を造られてあまつさえ勝手に開拓されてる側からすれば私たちの事を認めたくないってのはよくわかりますけど…」

「その街を造るべしと最初に言い出したのはお主じゃお主」

「そうでした」


ミエの台詞にシャミルが毒づき、ミエがこつんと己を拳で軽く叩く。


「じゃあなんで旦那様を呼び出すんでしょうか」

「「「う~~~~~ん」」」


ミエの素朴な疑問に一同が腕を組んで呻き声を上げた。


「本当に旦那様の持ち帰ったあの剣を見たいだけ、とか……」

「ないないそれはない」

「ですよねー」


ミエの希望的観測は即座にシャミルによって打ち砕かれ、ミエ自身もまたその意見を受け入れざるを得なかった。

どこをどう考えてもそんな単純な話であろうはずがないからだ。


「クラスク殿の立場を認める認めないは置いておいて、一度会って確かめてみたいのではないか。その人品…人となりなどを」

「確かめてどうするのです、隊長」

「む……」


エモニモの疑問の前にキャスが言葉に詰まった。

キャスとしては珍しくエモニモにやり込められた形である。


「キャス、

「む……?」


だがクラスクがそのれを受けて少し興味深そうに面を上げた。


「国王陛下のことだな。陛下ならばクラスク殿に興味を抱くだろうと思った」

「成程。キャスがそう評価すル男カ……」


ふむ、と腕を組んで首を傾げるクラスク。

何か気になることがあるのだろうか。


「アーリはこの国の王をドう見ル」

「聡明な国王だと思うニャ。あと意外としたたかニャ。商人的に言うと『話はわかるが油断はできない』って感じだニャ」

「ダイブ評価高イナ。ならこの手紙はドう見ル」

「ニャ~~~~」


顎に手を当てた考え込んだアーリは、己の内にある答えを確かめるかのように言語化を試みる。


「純粋にクラスクに会いたいって気持ち自体はあっても不思議じゃないと思うニャ。国王は人間族以外の種族にも比較的寛容ニャし、珍しく獣人に差別的感情も持ってニャイ。あと好奇心の強い人ニャから、話の通じるオークなんてのがいたら会ってみたいと思ってもおかしくないニャ」


アーリの人物評にキャスとエモニモがうんうんと頷き賛意を示す。

二人は元国王直属の翡翠騎士団の団員である。

その二人が同意するならアーリの評価はかなり的を得ているということだろうか。


「ただそれは国王の私見であって、この手紙の真意とは考えにくいニャ」


けれど続くアーリの台詞に、キャスが鋭く目を細めた。


「なんデそう思ウ」

「トゥーヴか」

「ニャ」


クラスクの問いにアーリではなくキャスが応じ、アーリが頷く。


「前にうちに攻めに来テタッテ言うバクラダの手先ッテ派ダナ?」

「ああ」


クラスクの言葉に肯首で応じるキャス。

内陸ながら順風満帆と言っていいこの街の最大の敵が南の軍事国家たるバクラダ王国であり、王国秘書官たるトゥーヴはその尖兵と言っていい立場である。

為政者として意識しておくのは当然と言えば当然だろう。


「彼の立場からすれば外交でこの街を潰すのも自らの手で攻め滅ぼすのも上手くゆかず、その間にこの街はみるみる巨大化し近隣の街との関係も良好にそして密になってきているわけだ。遠征の手間とかかる費用を秤にかければ半ば要塞と化したこの街に出兵するのはもはや愚策とすら言える」


かつて王国からの派兵出兵をなによりも警戒していたこの街は、ミエの起死回生のアイデアとクラスクの機転により三日ならぬ三か月で城塞都市を完成させた。

当時の彼らの目的は十全に果たされたと言えるだろう。


「となれば一番確実なのはこの街の指導者であるクラスク殿を謀殺することだ。自分たちの縄張りである王都へと招いて殺せれば一番いいだろうからな」

「それって国王さんが許すんですか?! 御聡明な方なんですよね?」

「ミエ、先刻アーリが言った通り国王陛下は聡明な方ではあるが同時にでもあるのだ。この国の利益になることであればトゥーヴの計画にくみしなくとも制止はしない、ということは十分に考えられる」

「そんな……!」


そうは言いつつもミエにはキャスの言い分も理解できた。

ずっと邪魔だった相手がのこのこと己の手の内にやってきたら懐柔するより始末する方が遥かに楽なのは当然と言えば当然だからだ。


「王宮の中で殺害すれば反乱を企てたなり突然暴れ出して陛下に襲い掛かったなりいくらでも言い訳はできるでしょうし…」


エモニモの言葉にゲルダがなんとも嫌そうな表情を浮かべたが特段否定はしなかった。

彼女も同意見なのだろう。


「太守殿、その手紙が言うておる『魔竜殺し』じゃが……」

「ここにあル」

「」


竜相手だと妙に切れ味のよかった、そしてやけに己の斧と仲の悪そうな銀色の剣。

現在その剣は彼の腰に佩かれており、クラスクはぽんぽんとその柄を叩いた。


なにせ自宅に置きっぱなしにしようとするとやけに恨みがましそうな雰囲気を醸し出しすのである。

まああって困るものでもないのでそのまま携帯しっぱなしにしているクラスクであった。


「調べてみたがその剣をお主の前に持っておったのはフォリアグンという勇士で、ここより南方のコノザ王国出身とあった」

「コノザ王国……聞いたことありませんね」


ミエが顎に指を当てながらん-と考え込む。


「それはそうじゃろ。今はもう存在しない国ゆえな」

「あー、それなら知らないはずです」


ミエはこの世界に様々な事を学んできたが、それでもあまり学びの進んでいない分野がある。

歴史などもその一つだ。


無論過去の歴史は大事だし、現代に連なる重要な役割があるとは思う。

けれど現代と目の前のことにいっぱいいっぱいの彼女は歴史を学ぶほどの余裕がなく、またシャミルなど他に詳しいものが近くにいるためどうしてもその手の知識は疎かになりがちであった。


「かつてのコノザ王国は現在ではコノザとなっている。バクラダの南方の一部だな。あの国が軍拡を繰り返す過程で攻め滅ぼされた国の一つだ」

「あー」


キャスの説明にミエが妙に納得した面持ちで頷く。

要はバクラダに国の一つ、というわけだ。

当時の事情も国情も知らぬミエではあったが、その国の末路に少し同情する。


「まあ国が滅んだ経緯はいいじゃろ。問題は現在コノザ王国はバクラダの領土の一部、すなわちかの英雄もバクラダ出身と言える、ということじゃ」

「そんな無茶な!?」

「無茶ではなかろう。名所なり名跡なんぞというものは往々にして後の国が喧伝するものじゃろうが」

「それはそうかもですけどー」

「…ふむ、つまりトゥーヴはその剣が本来バクラダのものでありクラスク殿が奪ったのだと主張してくる可能性がある、と?」

「あくまで可能性の話じゃがな」

「そんな無茶なー!?」


思わずミエが素で突っ込むが、そもそも無理矢理つけるから難癖と言うのである。

これまで散々煮え湯を飲まされてきたであろう相手なのだからそれくらいのことはやらかしてきても不思議ではないのだ。


「う~~ん、じゃあお話を総合すると…」

「ま、行かない方が賢明じゃな」

「ですよねー」

「行ク」



一同が出した結論を…けれどクラスク本人が否定した。



「ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!? 旦那様!?」

「クラスク殿、話を聞いていたのか」

「聞イテタ。その上デ行ク」






クラスクの言葉は短く、だがそこには強い決意が滲んでいた。







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