第547話 なぜ人を喰わねばならぬのか
「別に大して面白い話でもないのだがな…」
ユーアレニルは頭を掻きながら話を続ける。
「ただ当たり前のように
「………なんで?」
本当に唐突で、ヴィラウアは困惑した。
「なんでと言われてもな…こう鳥や獣はいいのだ。彼らにも言葉があるのやもしれんがわしには解する
「…………………」
その気持ちなら、わかる。
ヴィラウアは押し黙って彼の話に耳を傾けた。
「ならば彼らをわざわざ喰らいたいと思うこの気持ちはなんだ。なぜそう思う。なぜ消えてくれぬ。おかしかろう。おかしいではないか。もしそれがわしの想いではなく誰かにそう思わされておるのだとしたら、なんとも腹立たしいではないか。わしはそう思ったのだ。いわば本能への反乱だな」
「おおおー……?」
ユーアレニルの言葉は相変わらず小難しかったけれど、言わんとしている事はわかった。
ヴィラウアはこくりと頷く。
「それでまあなんだ。山にこもり野に過ごし、花の海の中で心落ち着け、激しい滝にこの身を打たれ、延々と修行して修行して、ひたすらに修行して……遂にわしは己の理性と本能を切り離すすべを会得したのだ」
「おおおおおおー………? ??」
すごい。
なんかすごい。
とにかくすごいのはわかる。
でもなにがどうすごいのかがよくわからない。
ヴィラウアは眉根を寄せてう~んう~んとその巨体で頭を悩ませた。
「つまりこう…あれだ。わしの本能は未だに
「おおおおー……!」
結局最後までユーアレニルの言っている事はよくわからないままだったけれど、彼がとてもとってもすごいことをしたのは伝わってきた。
なにがどうすごいのかは相変わらずよくわからないままだったけれど。
「まあそれでな、そうなってみて初めてわしは己の種の
「ゆがみ…」
「そう、ゆがみだ。わしら
「おー……!」
「だがわしらの本能は彼らを求め、喰らいたいと望む。なぜならそれはわしらを造った者がそう決めたからだ。食人鬼とはこういう生き物なのだとな。なりたちからしてそうなのだからそれを変えることはできん。というか本義としては本能を切り離すことができてしまったわしの方がおかしいのだらな」
意味は未だによくわからぬまでもヴィラウアは息を飲んで聞き入っていた。
彼女自身が把握した範囲で言うなら、目の前の
「だがわしは気づいてしまった。気づいてしまった以上わしはもう他の
「わかる! わかる!」
ぶんっぶんっと首を縦に振って同意を示すヴィラウア。
「同族の元にはいられぬ…ゆえにわしは人里に降りた。彼らが何を考え、何を感じておるのか知りたくなったのだ」
「すっごくわかる! すっごくわかる!」
首が千切れそうなほど縦に大振りし激しく同意を示すヴィラウア。
「だが…当たり前の話だが、そんなわしを受け入れてくれる
「あ………」
その言葉に万感が籠っている事をヴィラウアは察した。
言葉は短いが、その短い言葉では言い表せないほどの苦労を、きっと目の前の
「当たり前の話なのだ。わしは
「…………………」
犯した罪は、消えない。
ヴィラウア自身にも強く覚えのある事だった。
小人たち…ユーアレニルが
想像力が足りていなかった。
自分の気持ちばっかりで、相手の気持ちを考えていなかったのである。
「あ……そーご、りかい……?」
「そうだ。その相互理解をする前提がわしらには欠けておった。ゆえにわしは訪れた先々で
× × ×
「
巨人語でそう呟きながら木の幹に背もたれて、ずるずると崩れ落ちる。
空腹でもう体が動かない。
日が沈みかけた夕暮れ時、道の向こうには黄金の麦穂が風に揺れている。
とすれば
美しい景色ではないか。
ユーアレニルは思った。
かつてはなにも感じなかった光景にこれほど心動かされる。
なんとも不思議なものだと妙な感慨を抱く。
自分は巨人だ。
人食い鬼だ。
こんなところで倒れていたら農民たちに見つかって慌てて村や街に報告が行くだろう。
そして兵士たちがやってきて遠間から槍で突き殺すだろう。
それをどうにかできるだけの体力すらもはや残されていない。
一巻の終わりである。
己の最期がユーアレニルにはありありと想像できた。
人を喰う事はできぬ。
だからと言って同族を止めようとは思わない。
だってそれは本能だ。
本能に抗うことはできない。
己だとて心の内側で囁き続けるその欲望自体は消えてくれないのだ。
だが気づいてしまった以上本能に従う彼らと同じ道は歩めない。
となると残された道は二つ。
同族とも小人どもと離れ山野に籠り隠遁するか。
或いは小人たちに近づき彼らと融和するかである。
普通に考えれば隠遁生活を送るのが一番いいのかもしれない。
だが彼はその道を選ぶことができなかった、
種の本能と決別はできても、彼自身は未だ若者なのだ。
だからすべてを諦めて隠れるように過ごす事には耐えられなかった。
なんの挑戦もせずに諦めることができなかったのだ。
だがすべて無駄だった。
訪れた小人たちの村も街も、全て彼を恐れ、怯え、追い立て、殺そうとしてきたのだから。
まあ仕方ない。
なにせ己の内側がどう変わろうと見た目は変わらず
言葉も通じない。
こちらの言いたいことは伝わらない。
相手の言いたいこともわからない。
これでは誤解の解きようもない。
彼ら小人どもにとって己はただの人里に迷い込んだ危険な
驚き慌て恐怖してこちらを追い立ててくるのも、だから仕方のないことなのだ。
そんな風にすべてを諦めて、ゆっくりと目を閉じた時…
「……もし?」
彼に、話しかけてきた娘がいた。
それは民族衣装のような服を纏った、この地方では珍しい黒髪黒目の娘であった。
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