第546話 大業
「さて村の掟については後から色々と話すとして、とりあえず何か聞きたいことはあるか?」
「い、いっぱいある……!」
「であろうな。なにせ人里に降りてきたばかりでこちらのこともろくに知らぬだろうし。うむ。わしにわかる範囲でなら答えよう」
ヴィラウアは待ってましたとばかりに矢継ぎ早に質問する。
小人にはどんな種類があるのかとか、彼らの服はどうやって作るのかとか、あの壁の向こうには何人くらいの小人がいるのかとか、共通語というのは一体どうやって学べばいいのかとか、とにかくいろいろだ。
ユーアレニルはわかる範囲の事は丁寧に答え、わからぬものははっきりわからんと返す。
そんな彼と会話をしている内に……ヴィラウアの内では徐々に、だが急速にとある疑問が募ってきた。
彼…ユーアレニル本人に対する疑問である。
普通
巨人族の中ですらそう言われるほどの連中なのだ。
短気で、面倒くさがりで、気に入らなければすぐに暴力で片を付けようとする厄介者で、己の暴力でどうにかできないと泡を喰って逃げ出す、そんな困りものどもの集まりである。
己が一番強ければ威張り散らし、己より強い者がいれば逃げるかゴマをすり、さらに凶悪で強大な連中がいればそれに付き従い部下として暴れることだって平気でやらかす。
時には魔族の配下として暴れまわる者すらいるのである。
ヴィラウアたちのようないわゆる『真巨人』たちからすら厄介者嫌われ者扱いされている連中なのだ。
だがユーアレニル……今目の前にいる
むしろ彼女の知る故郷の村の巨人たちよりよほど理性的にすら感じる。
小人たちの街の近くに長く住み暮らしていたからなのだろうか。
それとももっと以前からこうで、だから他の
その姿を見れば見るほど、彼の話を聞けば聞くほどそんな疑念が募ってゆく。
「あの……」
「む? なんだ」
「その、 ユーアル……うーあら……えーっと」
「ハハハハ。呼びにくかったらユーさんでもいいぞ」
「ゆーさん」
「ウム」
「ゆ-さんは、なんでこの街に……?」
「む、そうか、気になるか」
こくこく、と頷くヴィラウア。
「だって、人食い鬼…」
「おお、そうだな」
「人を、食べたくなくって…?」
それなら気持ちが少しわからぬでもない。
同族の
…はずだったのだが。
「いや、人は相変わらず喰いたいと思うぞ。とても旨そうだ」
「!?」
あまりに予想外の返事が返って来て、思わずぎょっとしてしまう。
ヴィラウアは慌てて周囲を見回し、今の失言が誰かに聞かれていないか確かめる。
ただ他の者達は皆己の仕事か趣味に従事しており、こちらの話を聞いていたかどうかよくわからない。
まあそもそもがこの村にいる聞き手には
「ハハハ心配するな! 皆知っておることだ! ハハハハ!」
「ええ……?」
ますますもってわからない。
なぜ人を喰いたいと思う鬼がこんな人里近くで暮らしているのだろう。
いや無論人食い鬼としてはそちらの方が都合がいいにしても、なぜこの街の者はそんな人食いを放置しているのだろうか。
「一応断っておくが今はもう喰ってはおらんぞ」
「で、でも美味しそうって……」
「それは思う。我が種族の本能であるからな」
「???」
言っている意味がよくわからず、ヴィラウアは首を捻る。
「ふむ、少々難しかったかな」
ユーアレニルはさてどう説明したものかと腕を組んで少々考え込む。
「ヴィラウア、おぬしは立派だ。実際に人を襲うことなく、それが悪い事だと気づけた」
「ち、ちがう…悪いこと、みんなの、わるいの、止められなかった……」
「それは仕方なかろう。襲撃は巨人の
「………………」
ぐうの音も出ずに押し黙る。
だが今とても気になる事を言われた気がした。
この街のタイシュという人物はそれを成し遂げたというのだろうか。
「タイシュ…さん? は、やり遂げたの?」
「あー違う違う。太守は人の名ではない。役職だ。まあ
「おおおおおー」
そんなものがいるとするならものすごくすごい人に違いない。
今日初めて知る事ばかりのヴィラウアは素直に感心してしまう。
「そして先ほどの質問だが…答えは是、だ。この街の太守殿はオーク族である。オーク族はわかるか? わしらが小人と呼んでおる中でも大柄で肌が緑色の、少し狂暴そうな顔つきの奴がいるだろう。見たことはないか?」
「ある…あれがオーク……」
というか言われてみれば先ほど歩いていた畑のあちこちにいたではないか。
他の連中と仲良さそうに畑を耕して立ち話などに興じていた。
ただかつて巨人の村の近くで見かけた狂暴な連中とあまりにイメージが違い過ぎてすぐには気づけなかったけれど。
「オーク族は乱暴者で他の
「しってる。しってる」
「だがこの街のオーク達を見ろ。他の種族と仲良く暮らしておるではないか。この街の北に広がっておるここ以外の十一の村々も、そのほとんどがオーク達の村だ。彼らはこの街の衛星村として交易をして生計を立てておる」
「すごい…!」
「そう、すごいのだ。そしてそれを成し遂げたのがここの街の太守である大オーク・クラスク殿である。彼は他種族との融和という自らの掲げる主張の為に村の長を打ち倒し、村のオーク達を導いてこの地に村を造り、幾つもの困難を乗り越えてここまで大きな町にしてのけたのだ」
「おおおおおおおおおおー!」
すごい。
それはすごい。
ヴィラウアは感嘆し、興奮した。
そのオークはヴィラウアと同じように他の種族と仲良くしようとして、それを嫌がる他の同族を降し己の力と正しさを示したのだ。
つまり彼女に寄せて考えれば、故郷の巨人の村の巨人たちをみんな説得して襲撃をやめさせて、あの村を小人たちが訪れるおーっきな村に大改装する、といったところだろうか。
到底できる気がしない。
けれどそのオークはやり遂げたのだ・
そしてその村が今ではあんなに巨大な街に発展している。
それはとってもとってもすごいことだと彼女は思った。
「話を戻そう。先ほどお主の事を立派だと言ったな。あれにはちゃんとわけがある。わしはお主と違って既に罪を犯しておるのだ」
「罪……?」
「より正確にいれば
「!!」
やっぱり。
ヴィラウアは驚きつつも納得した。
そのはずだ。
いやそうでなくばならぬ。
問題は……そんな危険な存在がなぜ小人たちに受け入れられているのか。
そしてなぜ彼は小人たちを襲わなくなったのか、である。
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