第541話 隠れ里
クラスク市の南方から北方へ。
流石に巨人族を連れて街中を突っ切るわけにもゆかないのでぐるりと城壁に沿って輪作されている畑を廻ってゆく。
退屈な道行きに飽きて巨人の娘が何かしでかさないかと少しだけ身構えていたネッカだったが、彼女…ヴィラウアはきょろきょろと興味深そうにあたりを見回しているもののネッカの先導を外れて勝手に歩き出したりはしなかった。
ずしん、ずしんと地響きがする。
警戒態勢が解かれ農作業に戻ってきていた農作業従事者たちがその音に驚き振り向いて、次に目にした光景にぎょっと目を丸くした。
まあ畑のど真ん中を巨人族が歩いているのを間近に見て驚かぬ
「貴女が多大な決意の下にこの街を訪れた事は理解していまふ」
ネッカが歩きながらヴィラウアに告げる。
「でふがその上で私は貴女が私たちと共に暮らせるかどうか見定めなくてはならいないでふ。それは理解してくださいでふ」
「ガ、ガンバリマス!」
二人の会話は巨人語でなされているため余人にはわからない。
ただ少なくとも街の魔導学院の学院長がその巨人と意思の疎通ができているようだとわかると、目撃者達は皆安心して己の作業に戻った。
…いやまあ、時折興味深そうにじろじろと眺めてはいたけれど、少なくとも大きな混乱は起きていない。
それだけネッカをはじめとするこの街の首脳陣達への信頼が厚いのだろう。
「
「
ネッカの短い断言の意味が理解できず、思わず聞き返してしまうヴィラウア。
彼女…巨人族の娘ヴィラウアとて人型生物の街に飛び込んで上手くやっていくことがとてもとても難しいであろうことは想像がつくし、覚悟もしてきた。
だからなんだって頑張るつもりでいたのに、のっけからそれを否定された形だ。
一体何が間違っているというのだろう。
「共存とは頑張らずなくとも共にいられることでふ。頑張って無理矢理合わせているのは共存とは言わないんでふ」
「…………!!」
「そんな風に片方がもう片方に無理に合わせている関係は早晩破綻しまふ。だから頑張ったらダメなんでふ」
「な、ならどうすれば…?」
おずおずと尋ねるヴィラウアに対してネッカが提示する解は明快だった。
「第一に知る事でふ。第二に知ってもらう事でふ。相手がなにを好み、何を求め、何を怖がり、何を嫌がるのかを知れば、相手を怯えさせずに話し合うことができまふ。自分が何を好み、何を求め、何を怖がり、何を嫌がるのかを知ってもらえば、相手の恐怖心や警戒心を解くことができまふ。そうやって互いが互いのことを理解すること、理解しようとすること。これを『相互理解』と言いまふ」
「おおおおおおお……!」
なにやらすごくためになる話をされたような気がして、ヴィラウアは瞳を輝かせる。
「ネカターエル、すごい…!」
「まあネッカのはただの受け売りなんでふけど。これを最初に言ったのはミエ様…ネッカの姉嫁……この街の太守夫人でふね」
「アネヨメ? タイシュフジン?」
「えーっと、太守夫人はこの街の一番偉い方の最初のお嫁さんでふね。姉嫁って言うのは……えー、ネッカがその片の第三夫人なので、嫁として上に立てているというか」
説明しながら少々赤面するネッカ。
流石に面と向かって口にするのは恥ずかしいらしい。
「おー……それも『ソーゴリカイ?』」
「! そうでふね。まさしく」
思ったより筋がいいヴィラウアにネッカが嬉しそうに応じた。
「そのアネヨメ、ネカターエルよりすごい?」
知る事と学ぶこと。
少しだけ目を大きく見開いたネッカは、腕を組んでうんうんと頷きそれを肯定する。
「当然でふ。ネッカなんて全然叶わないでふ」
「そん
なに」
ぞぞぞ、と背筋が凍り付く。
天より流星の如く降ってきた(ヴィラウアにはそう見えた)、ものすごい呪術師であるネッカよりもさらに凄いアネヨメ。
ヴィラウアの脳裏に腕組みをして高笑いしながら空で無数に分身し、次々と地表にミサイルのように突き刺さっては爆発してゆく謎の女性像が浮かび上がる。
随分と想像力逞しい娘のようだ。
「ついたでふ。ここでふ」
「ここ?」
ネッカの視線の先を見て、ヴィラウアは怪訝そうに眉をしかめた。
だってそこには何もない。
ただの麦畑と牧草地と畑地が広がっているのみではないか。
「よっこら…っと」
「
思わずうわんうわんと周囲に反響しかねない大きな叫びをあげてしまうヴィラウア。
だが無理もない。
ネッカが地面付近を指で摘まんだかと思うと、『何か』がめくれてその先の景色が変わったのだ。
「その背丈だとちょっと見にくいでふね」
ちょいちょい、とネッカが手招きし、ヴィラウアは誘われるがまま四つん這いになってネッカの先に広がる光景に目を瞠った。
村だ。
村がある。
普通に石造りの家があって、村人がいて、当たり前のように生活している村がある。
だがネッカの前方以外の景色がおかしい。
だってそこには普通の畑地が広がっているのだ。
何かを境目に景色が変わっているのである。
目を細めたり見開いたりしながら幾度も幾度も観察していたヴィラウアは、やがて小さな違和感に気づく。
ネッカが摘まんでいる何もない空間……その下に、村の景色と一面に広がる畑地を区切る境界線のようなものがあり、それがゆらゆらと揺れているのだ。
ヴィラウアの感覚だと上手く表現できないが、ちょうど空中にかかってる垂れ幕のようなものだ。
その垂れ幕には絵が描かれており、それは現実の景色と何も変わらぬほどに精巧で、空飛ぶ鳥や流れる雲、遠くの街道を通る馬車さえそこに描き出している。
だがそれはあくまで映し出されている景色に過ぎないため、垂れ幕をめくればその向こうに本来の光景が広がっている。
ちょうど村一つの周りをそんな大きな垂れ幕で覆い隠しているような状態、と考えればいいだろうぁ。
ヴィラウアはそのあたりの構造はさっぱりわからなかったけれど、とにかくそれは何かすごい不可思議なまじないの為せる業で、そしておそらくそれをしてのけたのが目の前の小さなネカターエルであろうことは何となく理解できた。
「ネカターエル、すごい…」
「別に凄くないでふ。アイデアをくれたのはミエ様でふしね。なんて言ってたでふかね。確か
「ミエサマ、すごい!」
「そうでふね。ミエ様はすごいでふ!」
またもやミエサマである。
どうやら棍棒を交えることなく自分が敗北と死を覚悟したネカターエルより、さらにとんでもない強さの呪術師らしい。
ヴィラウアは恐怖におののきながらもますます興味を募らせてゆく。
だってきっとそれは背中には羽を生やし口から巨大な牙を生やし火を吐いてこんな畑まるごと焼き尽くしてしまうような恐ろしい存在に違いないのだ。
「こ、こわい…」
「怖くなんてないでふよ。むしろ優しい方でふ。まあ逆に優しすぎて怖いとこはありまふけど…」
「やさしすぎてコワイ!?」
ネッカの言葉を真に受けて、ヴィラウアの脳内でどんどんミエが強大化されてゆくミエサマ象。
このまま順調に肥大化してゆけば遠からずあの赤竜をもその鉤爪でやすやすと引き裂き倒してしまうに違いない。
「ともあれようこそ『隠れ里』へ。まあ隠れ里と言うにはちょっと街に近すぎまふけども」
ネッカがその景色を映し出す不思議な垂れ幕をめくり中へと入ってゆく。
そして手招きされた彼女に続くように…ヴィラウアもまた四つん這いになってその垂れ幕の内へと消えた、
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