第542話 変わり者どもの群れ
奇妙な垂れ幕をくぐり、その内に入ると、そこにはのどかな田舎村の光景が広がっていた。
内側から見た村外の景色は垂れ幕をくぐる前と変わらない。
あくまで外から見た時この村だけが見えなくなっているようだ。
「わあ……!」
初めて入る
ヴィラウアは瞳を輝かせて周囲をきょろきょろと見下ろして……
「わぁ~~……………?」
声のトーンが徐々に下がってゆく。
「~~………………???」
そしてへにょんと途切れた。
だっていない。
人間もいない。
ノームもいない。
ドワーフも(案内してくれたネッカ以外は)いない。
エルフはいるけどなんか肌が黒い。
かわりにゴブリンがいる。
ゴブリンが何かの細い棒のようなものをやすりで真剣に磨きながら時折それを日の光にかざし幾度も頷いている。
そしてコボルトもいる。
犬のような顔をしたコボルトが石台の上で短刀をとんてんかんとんてんかんと木槌で叩きながら表面の傷を観察している。
なぜか眼鏡(のようなもの)をかけた
彼は屋外だというのに木製の椅子に座り片胡坐を掻き、書物を片手に静かにページをめくっている。
その後ろで大きな岩の周りをぐるぐる回りながら色んな角度からその岩を観察しているのは
彼に至っては何をしようとしているのかすら不明である。
彼らだけではない。
そもそもヴィラウアには種族すらよくわからぬ連中までいる。
村の奥にいる背中に蝙蝠のような羽を生やし角を生やしたあの女性は何者だろうか。
さらにその向こう、家と家との隙間を横切っているのは獅子だろうか……だがその割にその顔はどこか人のようにも見える。
そう、その村にいるのは種族がみんなバラバラで、それでいて普通の
それでいて服装はある程度統一されているのがますますよくわからない。
「? ???」
事態がよく呑み込めず、頭上に幾つもの『?』を浮かべるヴィラウア。
「ここはさっきも言った通り『隠れ里』でふ」
「隠れ里……」
「はいでふ」
皆ネッカとヴィラウアに気づいたようだが、特段声を上げたり群れ集まったりはせず、数人が片手を挙げて挨拶するのみだ。
「ここにいるほとんどは考え方や主義主張が自分の種族と合わずにはじき出されたか、或いは自ら決別された方々でふ。そうした方のうちそのまま
「そのままでは、
そこまで言い差してようやくヴィラウアにも己がここに案内された理由が理解できて、自分自身を指さした。
「わたしも!」
「はいでふ。申し訳ありませんが」
「………だいじょうぶ」
確かにちょっとがっかりはしたけれど、そもそもが討伐されず受け入れてもらえた、というだけでまず僥倖なのだ。
とりあえず同族たちから離れることができた。
この村だとてすぐ横を
そうすれば
…とそこまで考えてあまり頑張ったらダメなんだと先刻の言葉を思い出す。
「失礼します」
と、そこでヴィラウアの背後の垂れ幕が開きそこから人間族の女性が入ってくる。
馬を引いており、その馬が樽を積んだ荷車を引いていた。
「ネカターエル様。こんにちわ」
「ラルゥさんでふか。いつもご苦労様でふー」
「あら、こちらは新しい方ですか?」
「はいでふ。しばらくここで暮らすことになると思いまふ」
「まあ。ではこれからよろしくお願いしますね」
嬉し気に微笑みながら会釈した娘…ラルゥがぎょっとして目を丸くするヴィラウアの足元(文字通り足元である。彼女は巨人族なのだから)を通り過ぎてゆく。
そして村の様々な異種族どもに軽く会釈をしながら奥の方で背の高い人物と何やら会話しつつ書類を交わしていた。
「あ、あ、あれ……」
「今は周辺村で暮らしているラルゥさんでふね。この街の一番の古株でふ。ネッカより昔からいまふから」
「あれ、これ、幕……」
「でふ?」
わたわたとヴィラウアが背後の垂れ幕を持ち上げてその向こうの景色を指し示す。
まあ内側から見れば幕に映っている景色も実際の外の景色も変わらぬのだが。
「ヒ、ヒトからわたしたちを隠すため……じゃ……?」
そう。
ヴィラウアの精いっぱいの思考回路ではこの状況は明らかにおかしい。
村を覆っている垂れ幕……それがどこから垂れているのかは不明だが、少なくともその垂れ幕の効果によって村の外からはこの村が見えないようになっている。
単純に考えればその垂れ幕の力によってこの村を隠しているのだ。
何故隠しているのかと言えば見られたくないからで、なぜ見られたくないのかと言えばここに暮らしている者達がこう……
ヴィラウアはそう考えたわけだ。
盗人や騙し討ちや戦場の死体漁りばかりしているゴブリンやコボルト。
よくは知らぬが砂漠で隊商などを襲うとされる
そして乱暴で粗暴な巨人族!
そこまで心の中で呟いて、ヴィラウアは背筋をぞぞぞ、と総毛だたせた。
考えるだけで恐ろしい。
もう二度と
ともあれそんな嫌われ者連中が一か所に群れ集まっているのである。
単純に考えれば見られたくも知られたくもないだろう。
だから呪術か何かを使って他の
だが先ほどの娘は当たり前のように村に入ってきた。
ネッカの仲間だから知っていたのだろうか。
「勘違いされてるかもしれないでふが、別にこの村があること自体は街の人たちに秘密にされてるわけではないでふ」
「そうなの!?」
「はいでふ」
だがそれならなおのことこの村を隠している理由がわからない。
呪術についてはまるで詳しくないけれど、村一つまるごと消し去ろうだなんて相当強い呪いのはずなのだ。
隠す必要がないならなぜそんな強い呪いを使うのだろう。
「ここに最初の
「ミエサマ、すごい!」
またミエサマである。
一体何者どんな化物なのだろう。
目の前のネカターエルが畏怖するレベルなのだから相当恐ろしい呪術師に違いない。
ヴィラウアは改めて恐れおののいた。
「なので街の住人は皆『こういう村が街の北にある』こと自体は知ってまふ。まあこの場所を正確に知っている人はそう多くはないでふが」
「なるほどー」
「なのでああして食料の運搬とかも普通に行われてるでふ」
「なら、その、やっぱりなんでかくして……?」
「街の外の人たちに知られないように、でふね」
「あ……」
そう言われてヴィラウアは思い出す。
この街の南から東をぐるりと回って北に来たけれど、南と東と北には大きな街道が整備されていて馬車が頻繁に通っていたし、旅人らしき者達も多かった(そして彼らは一様に彼女の姿を見て大いに驚き怯えていた)。
つまりこの街は人の出入りが多いのだ。
ド田舎の巨人の村とは違うのである。
そうした人たちから見れば巨人族など恐ろしい存在に見えて当然だろう。
だから隠すわけだ。
ヴィラウアはよくやく得心してうんうんと独り頷いた。
「ではネッカは用があるのでそろそろ失礼しまふね」
「行っちゃうの!?」
名残惜しそうにヴィラウアが叫ぶ。
「申し訳ないでふ。あとのことは彼にお任せしまふから」
ネッカは先ほどまで村娘ラルゥと話していた長身の人物を指さす。
彼はネッカの指に気づき、己を指さすと大きく頷き、そのままこちらへ歩いてきた。
「ユーアレニルさん、新人のヴィラウアさんでふ。村の案内と説明をお願いしまふ」
「おお学院長殿! お任せあれ! 見事指令を果たして御覧にいれよう。ハハハハ!」
片手を挙げて挨拶しながら朗らかにそう告げるその男は身長8フース(約2.4m)に達するほどの巨躯であった。
つまりヴィラウアと同じ巨人族である。
それもただの巨人族ではない。
ヴィラウアの前にやって来たのは人肉を好んで食べるとされる……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます