第539話 巨人族の娘

クラスク市の上空に流星が駆ける。

魔導学院の天頂より放たれた光が、クラスク市の郊外へと落ちてゆく。


空を見上げていた者の中にはそれを目撃した者もいた。

昼日中ひるひなかに落ちるま白き流星を。


そして目撃した者達は口々に噂した。

大魔導師ネカターエル様が、街を襲わんとした巨人めがけて裁きの鉄槌を下したのだ……と。



誰が知ろう。

その流星の正体こそがネッカだと。



魔導学院の屋上から直上目掛けてし、そのままクラスク市南方の畑目掛けて落ち続けるするネッカ本人であったなどと。



「うわっぷ!!」



轟音。

地響き。

濛々と立ち込める土煙。


激しい振動にうっかり石巨人の頭部から落ちそうになったヒーラトフが慌てて四つん這いになって己を支える。


煙が晴れてくると…そこには小さな陥没があった。

クレーターである。

大きな質量を伴った何かがそこに落下し、地面に穴を穿ったのだ。


「…………………」


むくり、とそのクレーターの中から何者かが片膝をつき起き上がる。

土煙の中、炯々と輝く双眸が見える。


人造兵を操っていた魔導師達も、彼らの仲間たちも、そして巨人の娘も皆一様に息を飲んだ。

明らかに危険な存在が…その大きなクレーターを穿つほどの何者かが、突如そこに現れたからだ。



それは己の膝の土埃を軽くはたきつつ立ち上がって……開口一番にこう告げた。



「着地に失敗したでふー」

「うおい!!」


とぼけた声のネッカに巨人以外の一同がずっこけ、ヒーラトフが全力でツッコんだ。


「あ、皆さんお勤め御苦労様でふ」

「あいやいやおかまいなく」


ぺこりと頭を下げるネッカ。

つい流されて当たり前のように対応してしまうヒーラトフ。

どうやらネッカもかつてのトラウマはすっかり克服できたようだ。

それだけ自信になるような経験を積んできたという事だろうか。


「でどーすんだあれー! 俺らでやっちまっていーのかー!?」

「ちょっと待って欲しいでふー! 指示があるまで待機でお願いしまふ!」

「わかったー!」


人造兵ゴーレムの上にいる立ち位置の関係で話しかける際にはどうしても大声になってしまう。

ゆえにヒーラトフとネッカは互いに大声で怒鳴りあうように言葉を交わした。


「なあ俺今口調強すぎなかったか?」

「大丈夫でしょ。気にしすぎ」

「度を越して気にしすぎんでもよい」


流石に当人を前にしては多少自分の物言いが気になるものらしい。

ヒーラトフの発言に仲間たちからフォローが入る。


「さて…」


こほんと咳払いをしたネッカが、杖を片手にその巨人の娘を見上げる。


我はこの街を守護する呪術師なりアン ユーアクブド クベ クワー コッヅタイアー

「!!」


ネッカの言葉に巨人の娘はあきらかにたじろいだ。


「もしかして今のって…巨人語?!」


どうやら巨人に話が通じているらしい、己の知らない言語を話すネッカを見つめていたライトルが驚きの声を上げて振り返る。


「そのようだな。しかも〈翻話ヴェオラックヴァクル〉の呪文を用いてはおらん。素の巨人語だな」

「「「へええええええええええ~~~~~~」」」


魔導師イルゥディウの台詞に一同が感心した。

そして同時にその巨人の娘は大いに警戒した。

目の前の娘が『呪術師ユーアクブド』を名乗ったからだ。


呪術師は巨人族の中でも特に悪しき連中であり、疫病をはやらせたり狩猟した獣を腐らせたりする嫌われ者だ。

彼女が警戒するのも当然と言えた。


だが魔術に疎い巨人族たちの単語には魔術師に関わるものが二種しかない。

呪術師ユーアクブド』と『霊媒師ルビニル』である。

このうち霊媒師ルビニルの方はこの世界を構成する大自然の化身たち…つまり精霊に助力を願う術師であって、広義では精霊使いの一種である。

彼ら巨人族が認識しているいわゆる『魔術師』がこのカテゴリにあたる。


そしてそれに属さぬ術師は……基本みな呪術師ユーアクブド扱いなのだ。


ゆえに学問をベースにこの世の真理を解き明かさんとする魔導師も、彼らの分類でいえば呪術師ユーアクブドとなってしまう。

ネッカ自身ももう少し言い方がないものかと考えたけれど、残念ながら巨人語として他に表現のしようがなかった。


霊媒師ルビニルを名乗れば不審には思われないかもしれないが相手に嘘をつくことになってしまう。

それは得策ではない、そう判断してネッカは己の立ち位置を巨人族の語彙に合わせたのだ。


このあたりが文化圏や価値観の違いとそこから派生するの問題であり、一朝一夕には解決しない。


我は呪術師ではあるがブゥーフェヅ アン ユーアクブド


杖を構えたまま、精悍で、そして厳かな顔で言葉を紡ぐネッカ。

かつての彼女しか知らぬ元冒険者仲間たちは驚嘆の面持ちでそれを見下ろしていた。

まあ周囲が牧歌的な麦畑と牧草地で、背景にのんびり草を食む牛がいるあたりが少々緊張感を削いでいたけれど。


小人の呪術師は徒に他者を害する事を好まぬイニッム ナール ユーアクブド ルゥク マイク ビヅン ウゥクベズ


ネッカは自らを『小人のイニッム ナール』と称した。

これも巨人族に合わせた格好だ。

彼らにしてみれば自分たちの大きさが普通であって、人型生物は『小人』の扱いなのだ。

ちなみに小人族フィダスはどうなのかというと、彼らも同様に『小人イニッム ナー』の扱いである。

巨人族にとっては小人族フィダスも人間族もどちらも同様にであって、区別をつける必要がないらしい。

もしかしたら小人族フィダスのことを単に小人どもの子供かなにかだと思っているのかもしれないが。


汝に問うア イルク ユヲ


静かな口調で、だが鋭い眼光。

まるでその瞳から放たれた光芒で胸を貫かれるような圧迫感。


巨人族の娘は直感する。

目の前の小人はとても危険な相手だと。

恐ろしい程の修羅場を幾度もくぐってきた、危険極まりない呪術師であると。



汝がこの地を目指すのは、何故かユーバイ ヴヲ ドゥネ ベゼ



空気が震えた気が、した。


巨人族の娘が棍棒を握る手が知らず汗ばんでゆく。

大地がぐらぐらと揺れている気すらする。

それが己の震えからくるものだと気づき、背筋が寒くなる。


そう、明らかに彼女は…己より遥かに小さな相手に対し、恐怖で竦んでいたのだ。


だがここで怯えて立ち去ることはできない。

彼女にはどうしても、どうしても確かめたいことがあったのだ。

そのために討伐される危険を冒してまでここに来たのだから。


う、噂、聞いたア ベイヅ イ ゾ、ゾンゥヅ

ゾンゥヅ?」


たどたどしく口を開く巨人族の娘。

眉をひそめ聞き返すネッカ。

ぶんっと大きく首を縦に振る巨人の娘。


この街、人型生物以外を受け入れる用意あるクベ クワー ゼイディ ヴウヅ イッデク ルゥルブーナーワット

「………………!!」


巨人の娘の放った言葉にネッカが心の中で半分安堵、半分警戒した。

、と。


期待して来た。安住の地ア ドゥネ ベゼ ブゥヘ ウヴ ルサイヴァーク

「安住の…」


この巨人の娘が先遣隊で、近くの森や山の向こうに他の巨人たちが潜んで襲撃のじゅんびをしているかと念のため警戒して人造兵ゴーレムを配置させたけれど、とりあえずその心配はなさそうだ。

無論この街は魔術によるセキュリティを常備しているし、そもそも起伏のほとんどない平城ひらしろである。

周囲は一面チェック柄の混合農業の耕作地で視界も開けているし、巨人族の習性を考えてもそうそう大群に不意打ちで襲われるとは思えないけれど、ネッカは念には念を入れて備えを万端にしていた。





この街に害意のある何者かがいることは、既にわかっているのだから。





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