第527話 金貨の意味は
「クラスク! クラスク! クラスク! クラスク!」
「偉大なる我らが市長! 竜退治の英雄よ!」
「クラスク! クラスク! クラスク! クラスク!」
「おおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
観客たちが大興奮してクラスクの名を連呼する。
クラスクは斧を頭上に掲げてそれに応え、さらなる歓呼を受けた。
…のだが。
「なんだあれ」
「剣……だよな?」
「市長様って軍事教練以外で剣使ってたっけか?」
彼が腰に差した…と言っても入手時点で鞘はなかったので獣皮で巻いて紐で縛っただけの簡素なものだが…剣が、勝手に腰から飛び出しそうになってはクラスクが片手でよっこいしょとしまい直している。
その刀身から眩い光芒を放っている剣はなにやら字の如く剣呑な雰囲気を上に掲げられている斧に向けて放っており、斧の方は斧の方で紫色のおどろどろろしい空気をまるで挑発するようにその剣へと向けている。
少しでも事情を知るものがそれを見れば「なによ! 竜の首を落としたのはこのわたくしなんですからねっ!」「そこまでのお膳立てしたの誰だと思ってやがる!」のような会話が聞こえたかもしれない。
ともあれクラスクが通り過ぎた後、金貨が山と積まれた荷馬車一台につき一人、彼と同様竜退治より帰還した英雄たちが、群衆の歓呼に手を振り応えていた。
「ふむ、少々身に余る名を受けてしまったかな」
などと呟きながら手を振るハーフエルフのキャスは流石に堂に入ったものだ。
ただ竜を倒した達成感と疲労で、ここで己がやらかしたことを後で少々公開することになるが。
「はうっ、はうううううううう~~~~~~っ」
わたわたと手を振り首を振り挙動不審になりながら、己の名を連呼する観衆に向けてぺこぺこと頭を下げまくるドワーフのネッカ。
「…………………」
無言のまま、けれど後光が差すようなアルカイックな笑みで手を振り歓呼に応え、その眩い美しさで彼らにため息をつかせる
「……アーリは主に探索と前準備が主な仕事だったんニャけど、まあ投資の見返り分の売名としては悪くないニャー」
そんなことを嘯きながら万歳をしたり宙返りをしたりで観客に存分にアピールするアーリ。
なかなかのサービス精神である。
「なんか私だけ場違いな気がするんですけどー…」
そして手を振り観衆に応えながらも困惑気味のミエ。
「いえいえ何を言ってるんすかミエ様」
「そうそう。赤竜の巣穴に挑んだってのはホントでしょう? もっとどうどうとしてちゃあいいんですよ」
「ばうばう!」
「っと耳元でうるせえ!」
「尻尾じゃまくせえ!」
ミエの護衛についている衛兵のライネスとレオナルが彼女をフォローしつつ彼らに同意しているらしきコルキに翻弄されている。
そんな彼らを見てくすくすと笑ったミエは、気を取り直して拳を握った。
「さ、こうしちゃいられない! レオナルさん、頼んでいたもの持ってきていただけました?」
「あーハイハイ拡声器っすね。でもこれでなにするんすか?」
「ええっとー…せっかくだからこれを機に旦那様の評価を上げておこっかなって…」
「「この上さらに!?」」
携帯式の拡声器……シャミルが開発したそれは見た目はほぼメガホンのそれだが、中央に突起物がありそれが発生口から入った音を逆向きに返し、そこからメガホンに沿って再度外に向けて放たれるといういわゆる増幅器つきのいわば簡易式のトランジスタメガホンとなっている。
ミエはそれを手に取って、パレードの最後尾からその後方を見つめた。
案の定、後方の観衆たちはやや熱狂が冷めつつも別のことに気づき、ざわつきながらも色めき立っている。
その要因はパレードが通り過ぎた後の街道にあった。
……金貨である。
ミエたちが通り過ぎた後をなぞるように、金貨が転がっているのである。
それも数枚程度ではない。
数十枚、数百枚と地面に帯を引き、結構な量の枚数なのだ。
まあ主街道とはいえアスファルトで舗装されているわけでもないし、運搬しているのも剥き出しの荷馬車なのだから山積みされた金貨が零れ落ちるのはある意味当たり前なのだけれど。
ただミエやアーリたちが魔具の作成や物資の調達の際当たり前のように数百枚数千枚と予算を計上しているため麻痺しがちではあるが、庶民にとっては金貨一枚でも大金である。
それが地面にこれ見よがしに転がっているのだ。
誰だって目の色を変えようというものである。
ただしだからといって皆争うようにして拾ってはいない。
なにせ彼らの前には衛兵たちがずらりと並んでいるし、荷馬車の後にも歌いながら行進しているオーク兵どもがいる。
もし迂闊に拾ってそれをオーク達に見とがめられたら…?
最悪の結果が恐ろしくて誰も手を出したくても出せないのだ。
「はいお歌いったんすとーっぷ!」
と、そこにミエの大きな…拡声器越しの声…が響き、オーク達の大オークを称える歌が止まった。
拡声器越しでもすぐに市長第一夫人の声だとわかる。
なかなかに質の高い拡声器である。
「えーっと、クラスク市市長クラスクの第一夫人ミエです! このたびは凱旋パレードにお付き合いいただき大変ありがとうございました!」
流暢に挨拶し、荷車の上に立って頭を下げるミエ。
たちまち歓呼の声がそれに応え、ミエは左手を振ってそれに応じた。
「それでですねー。パレードの後始末について皆さんにご注意とお願いがありまーす!」
ミエの声が拡声器が響き渡り、その意味がわからず観衆たちが少しざわめく。
市長夫人の頼み事ならよほどのことであれば応えてやりたいけれど、一体何を要求されるのだろうか、と。
「ドラゴンさんの巣穴から持ち帰った財宝なんですけどー、運び方がまずくてちょっとこぼれちゃってるのがあると思います! 旦那様ー…ええとクラスク市長は大オークですが、竜をも倒す大オークですが! …ここ大事なところですから二回言いますねー、無駄な争いは好みませんがそれが必要なことならいくらでも容赦のない行いをなさる方です! ですのでー…」
途中の言い回しで少し観客からのウケを取った後、ミエはこほんと咳払いしてそれを告げた。
「拾う時に他の方を押しのけたり暴力で傷つけたりされた方は衛兵さんにしょっぴかれてきびしーい詮議を受けます。場合によっては命にもかかわりかねない扱いを受けちゃうかもです! ので! 重々お気を付けくださいねー!」
ざわり、と観衆たちがざわめいた。
市長夫人は他人を押しのけるなとも暴力はいけないとも確かに言った。
けれど同時に散らばった金貨はすべて回収されるとも、拾った金貨を城に届けろとも言わなかった。
つまりそれは他人を押しのけなければ、そして暴力を振るいさえしなければ金貨を拾った者がそのままそれを手にしていいと言うことだ。
観衆たちはごくりと唾を飲み込み、パレードが完全に去った後で一歩前に出る。
さらに一歩進み、衛兵たちの間を抜ける。
衛兵たちは手に槍を構えたまま、けれど彼らを止めようとはしない。
一歩、また一歩と金貨の元へと歩を進める観衆たち。
そして現場に辿り着くとさっと腰をかがめ足元のもののみスッと拾う。
まるで統制の取れた軍隊さながらである。
まれに欲を出して周囲の者達を肘で突いて数を集めようとしたものもいたけれど、たちまち衛兵に囲まれて連行されて以降そうした不届き者は一切出なくなった。
なにせ一枚だって大金なのだ。
欲をかいてすべてを失うよりも、周囲の者達と少しずつ分け合った方がずっとマシというものではないか。
「…しかし考えたなあ市長夫人は」
たまたま交易に来ていたラグフ商会のヨースフが、感心したように呟きながら金貨を拾う。
同じく交易に訪れていたヴリドロント商会のフレヴトもまた足を動かしてその下の金貨に手を伸ばした。
二人は他の観客たちが金貨へじりじりと近づくずっと前、すぐ近くに転がってきていた金貨を素早く足で踏み込んで隠していたのだ。
「あの伝説の赤竜を市長が退治したってのがまず驚きだが、倒した後の見せ方が上手い」
「見せ方…?」
ヨースフの表現にフレヴトが首を捻る。
「『演出』だよ。さっき中街の方から馬車が大慌てで外に出てったろ? 今金貨が積まれてるのがその馬車さ。おそらく竜の巣からこの街の近くまでは
「あー、ありゃ便利だよなー。馬車の積載量大幅に増やせるし。まあうちはまだ潤沢ってほど揃えられてないけども」
「うちもさ。ともかく呪文で戻ってきたんなら直接居館の中に飛ぶことだってできたはずだ。けど市長様はわざわざ街の外に降り立って、そうやって楽に運んできた金貨をわざわざああやって馬車に山積みにして街の外から凱旋して見せたわけだ」
「なるほど…一目で竜退治したってわかるようにか」
「そそ。
「へー…そこまで考えるもんかね」
「そりゃ考えてるさ! これ見ろよ」
ヨースフはそう言いながらフレヴトに己が拾った金貨を見せる。
「この羽を広げた鳥の刻印…間違いない。こりゃニールウォール金貨だ」
「ニールウォール……? 確かずっと昔のどっかの王国だよな?」
フレヴトの質問に、ヨースフはこくりと頷いた。
「そうさ。あの赤竜に国土を襲撃され、復讐とばかりに幾度も軍を派遣しては敗北し、遂にはこの地上から消え失せたとされる『竜に滅ぼされた国』だ」
ヨースフの見せた金貨は彼らがいつも取り扱っているそれよりも若干大きく……まるでつい先日鋳造されたかのように眩く輝いていた。
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