第525話 財貨の後始末
「しかしこの山のような財宝はどうするか…」
キャスが見上げるのは黄金の山。
戦いの最中ほぼ赤竜がその上に居座っていた彼の巨万の財宝である。
他にやたら目につくのは
黄金の光が紅に煌めいているのは決して彼らの背後で煮え立つマグマの仕業だけではない。
「セキュリティが生きている以上ネッカ達以外はそうそうここまで来られないとは思いまふが……」
「うむ。だがその都度あの迷宮を突破し直すのは面倒だな。この火山を守っているという魔具を解析できないだろうか。それなら私たちだけ次からは火口から直接降りてこられるだろう」
「う~ん…この山の中のどれだかわからないでふから手あたり次第の調査になりまふし…かなり時間がかかりそうでふね。一日二日で終わるかどうか……」
キャスとネッカが財宝の山を見上げながらその処分について相談する。
ミエとクラスクの二人は財宝の周りをぐるりと巡りながら物珍しそうに見学しているが、どうにも宝の山を前にしたにしては淡々とした反応である。
まあ確かに彼女たちの元来の目的ではないのだけれど、普通これだけ莫大な財宝を見ればもっと目の色を変えるものなのだが。
「耐火の守りも永劫に続くわけではありません。加護が切れればわたくしたちとて危険な地。お気を付けください」
イエタの言葉に確かにと頷く二人。
「それを言い出したらここの財宝がそもそもそうニャ」
彼女たちの背後でなにやら背負い袋から次々と袋を取り出しているアーリ。
「財宝が…?」
「そうニャ。考えてみるニャ。火山の火口に野ざらし放置で硬貨が溶けてニャくて宝石や魔具が痛みもなく無事なままニャ事がまずおかしいニャ。まー金貨だけニャら多少の熱なら耐えるかもニャけど……たぶん赤竜がなにかの保護のまじないをかけてたと思うニャ。その赤竜が死んだ今それがどれくらいもつのかはわからんニャ」
「「あー……」」
言われてみればその通りである。
財貨を守る力が竜の魔術によるものなのかこの財宝の山の中にある魔具のなんらかの効果によるものなのかは不明だが、多くの魔術に持続時間があるり、したがってその効果は赤竜によって定期的にかけ直されていたはずだ。
赤竜が死にその方法が……仮に後日ネッカが解明するようなことがあるにせよ……失われたとなると、次に再びここに訪れた際それらが全てドロドロに溶けていたりあるいはボロボロに傷んで使い物にならなくなっている可能性がある。
「というわけでここにある財宝は今から全部持ち帰るニャ。火山の外から内は防御魔術で転移阻害かけられてるニャけど内から外はなんも邪魔されないはずだからそれでいったん戻ってひととおり魔具の調査をしてまた戻ってくるニャー」
ネッカは己が取り出した袋を次々とキャス達に渡してゆく。
「これは……全部
「当然ニャ! 勝つことを前提にした時点でどうやってアレを持ち帰るのかを考えるのは盗族としての責務ニャ!!」
字の如く山となっている金銀財宝を指さしながらアーリが堂々と言い切った。
サイズによって許容量が変動するが、最も小さい袋でも金貨一万枚程度は入れることが可能だ。
アーリはそれを何袋も何袋も用意しており、そこに財宝を全部詰め込もうというのである。
ちなみにそんな便利な袋なら一つの袋に他の袋を全部入れれば楽に持ち運びできるではないか、と思うかもしれないが、なかなかそう上手くはゆかぬ。
異空間を利用した魔具を別の異空間に詰め込んだ場合、異空間同士が干渉し合って中身が消え失せてしまったり異空間の大海へと放り出されてしまうリスクがある。
ゆえにアーリはわざわざすべての袋を別々に持ち運んでいるのだ。
「わかったわかった。今回の勝利もアーリンツ商会の資金援助あってこそのものだしな。協力しよう。それはいいのだが…」
袋を受け取り中身を空けて各委任しながらキャスが問う。
「この袋に財宝を全部詰め込む気なら、なんでまたここに戻ってくる必要があるのだ」
「なーに言ってるニャ。竜の亡骸があるじゃニャイか」
アーリが顎をくいと向けて赤竜の遺体を指した。
「竜の爪も! 牙も! 角も! 目玉も! 鱗も! 肉も! 血も! 余すところなく超高級な魔術の素材ニャ! 呪文の研究にも魔具の材料にもニャるし竜の鱗や牙それ自体で強力な武器や防具も作れるニャ。それこそそこの金貨の山と同じかそれ以上の価値があるニャ! それを放っておくなんてありえないニャー!」
「ああ……」
確かに竜の鱗で作られた鎧などがあれば相当堅固なものになるだろう。
各国の騎士が涎を垂らして欲しがりそうだ。
そしてアーリの言う通り、その回収のためには再びここに訪れる必要がある。
なにせ竜の遺骸は大きすぎて彼女らに配られた
「竜の身体部位は本当にどこも高級な魔術の素材や触媒になりまふねー」
瞳をキラキラさせながら竜の死体の鱗部分を撫でるネッカ。
彼女のかつての冒険者時代では考えられないほどの、まさに宝の山が目の前に転がっていた。
魔導学院のカタログで竜の鱗や牙のたとえひとかけらでも購入しようとしたら、冒険者当時の彼女の収入の全てを注いでもなお足りまい。
「なに他人事みたいに言ってるニャ。この竜の身体、のちのち保管するのはネッカなんだからニャ?」
「わふ?」
アーリの言葉に怪訝そうに眉をひそめるネッカ。
なかま? なかま? とすり寄ってくるコルキ。
「あったり前ニャ。こんな超超高級高品質魔術素材を魔導学院で保管しなくてどうするニャ。赤竜イクスク・ヴェクヲクスの竜素材を保管している学院なんてきっと他の街にでかい顔できるニャー?」
「わっふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!?」
アーリの言葉に思わず目を丸くして身構えてしまうネッカ。
宮廷魔導士の肩書すら未だ慣れぬというのにその上そんな重責を担わされたなら、心労で倒れる自信のあるネッカであった。
「ともあれとっとと撤収するニャ。おおいクラスク! ミエ! そっちも手伝うニャ! ほれイエタもニャ!」
アーリは魔法の袋を片手で振り回しながら、竜の財貨……金銀財宝の山の周りを散歩していたクラスクとミエを呼び寄せる。
そして彼らにも袋を渡し、次々にその宝の山を魔法の袋に詰め込んでいった。
「よし、まあこんなもんニャ!」
「ふひー、つかれましたああああああああああ」
アーリが首を個きりと回し、ミエが大きく伸びをして地面に倒れ込む。
こんなことが許されるのも呪文の加護あってこそだ。
ここはすぐ脇でマグマが煮え立つ火山の火口底。
もし耐火の護りなくそんなことをすればたちまち服は燃え落ち全身大火傷だろう。
「ではそろそろ帰還しまふ! なるべくネッカの近くによってくださいでふ!」
ネッカの言葉に皆がわらわらと集まってくる。
この場面だけ抜き出せば遠足やピクニックの帰路にみえなくもない。
「では目的地は円卓の間でいいでふか?」
「わかっタ」
「ああ、頼む」
そしていざ帰還せん……としたところで、
「ちょっと待ってください」
何故かミエから待ったの声がかかる。
「わふ? もしかしてやり残した用事でふか?」
「財宝の山は一応一通りしまったはずだが…」
「いえいえ。そうではなくってですね…私たちの目的地なんですが……ネッカさん、こんな場所に出られます?」
「わふ? ええっと…はいでふ。見慣れた場所でふから」
「じゃあそれでお願いします!」
「???」
ネッカは不思議そうに首を捻り、クラスクに視線を送る。
クラスクもまたミエの意図がよくわからなかったけれど、彼女が望むことならば特に異論はなく、軽く頷いた。
魔法の袋に詰め込んだ金貨は一定量以上の重量にならず、仮に多少歩いたとしても大した手間にならないと判断したからだ。
「では…
そうして今度こそ対抗魔術ではなく本来の用途で呪文を唱え……
ネッカの手にした杖が光り輝くと同時に、彼らは一瞬にして姿を消した。
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