第521話 あのときの答え

「オー、当タッタ当タッタ」

「スゲー」


山のすそ野には赤竜の縄張りたる無人荒野ミンラパンズ・アマンフェドゥソが広がっており、その先にあるアルザス王国大平原のさらに向こうには巨獣の巣モッシ・ズロース・ドースと呼ばれる山嶺がそびえている。

そんな景観を誇る赤蛇山脈ロビリン・ニアムゼムトの最大標高を誇る赤蛇山ニアムズ・ロビリン…その山頂。

活動期に入った火山の大きな大きな火口がそこにはあった。


そして…そこに場違いな者達がいる。

オークである。


オーク達が数十人、火山の火口、その縁に群がってそれぞれなにやら大きな武器…いや兵器を備えていた。


それは攻城弩弓バリスタだった。

城攻めなどに用いる超大型のいしゆみである。

十人ほどのオークが一台の攻城弩弓バリスタを支え構えて、それが計四機。

そのすべてがこの山の名に自らの異称を冠する赤竜イクスク・ヴェクヲクスに狙いを定めている。


「俺俺俺! 最初ニ当テタノ俺ー! コノリーパグ様ダカンナー!」

「「「兄貴スゲェー!」」」

「コッチモ負ケテラレンナ」

「ンダベナ! 撃デェー!」


そして他の攻城弩弓バリスタからも次々と矢が射出され赤竜の翼膜を貫いていった。



×        ×        ×



ダ」


あの日……アーリに軍隊かパーティーか、と問われた時、クラスクが出した答えがそれだった。


「両方ニャ……?」

「ということはつまり街の方でも襲撃に備え兵を配置し、その上で赤竜を討伐する面子を編成し迷宮ワムツォイムに挑む、ということか?」

「違ウ」


きょとんとしたアーリと具体案を提示してきたキャスに対し、クラスクは首を振る。


「まずパーティーで挑む。アイツ追い詰めル。アイツ逃げル」

「オイオイ、逃がさねえための本拠地攻めじゃねーの?!」

「今まデあいつ追い詰めタ奴イナイ。ダから追い詰めタ時アイツがドウ動くかわからナイ」


ゲルダのもっともな問いに、クラスクは真顔で返答する。


「なるほど…結論として竜が逃げないと断定するほどには帰納法的な証拠が足りてないってことですか…?」

「よくわからンがソレダ」


ミエの呟きにクラスクが大いに頷く。


「確かにイクスク・ヴェクヲクス以外の若き竜であらば危地に際して己の巣穴から逃走した記録も残ってはおるな。ただ年経るとともにそうした記録は少なくなってゆくが」

「ただそれを本能の強まりと見るべきかそもそも年経ることで敗北の機会が減って逃走するケース自体が観測されなくなってしまうからなのか、安易には断定できんな」

「フム、確かにそうじゃな」


キャスが腕を組んで私見を述べて、シャミルが小さく頷き同意を示した。


「そもそもパーティーか軍隊か、その選択肢がおかしイ。やっテタらになル。俺達はシタイわけジャナイ。んダ。ダから何が何デモ絶対逃がさナイ」


クラスクの言葉に一同がハッとなる。

彼らはいかに『勝つ』か、そして『負けない』かばかり考えていたからだ。


逃げ勘のいい竜と戦うのだ。

巣穴以外であれば少しでも不利となれば平気で逃げ出し、その後数百年かけて恨みを晴らさんとする執念深い竜種と戦うのだ。

だから戦う前から勝った後の『勝ち方』、そして相手の『仕留め方』まで考えておくべきなのである。


戦闘種族たるオーク族との意識の違いを痛感し、皆これまで以上に真顔になってクラスクの意見について考え込む。


「トにかく追い詰めタラあいつ逃げる前提デ考えロ。ドう逃げル」

「一番ありそうなのは呪文かニャー」

「ならそれはネッカが止めロ」

「わ、わかりました、止めまふ!」


この時点ではパーティーのメンバー選出も対抗呪文についても一切話題が出ていないのだが、クラスクは即座にそう告げてネッカもまた即答している。


「……どうにか、ニャ」


そしてこの時の会話からアーリは『イエタに大量の占術を使わせて相手が修得していて使われると致命的な呪文を可能な限り洗い出し、それを打ち消せる呪文をネッカに覚えさせて対抗魔術で竜の攻め手を潰す』という今回の作戦を思いつくことになる。


「止めタらドう逃げル」

「エモニモ。これも王国の座学でやったな。答えてみろ」

「ハ、ハイキャスバス隊長! ええと対竜戦に於いて翼膜に付いている鉤爪はとても危険で、その上攻撃がとても速く、真上から降ってくるためかわしにくく致命傷を負いやすいと言われています」

「ウム」

「早く避けにくいという事は反撃もしにくいという事。となれば仮に竜を追い詰められたとしてもそのダメージは四肢や胴体などに集中し、高い位置にある羽や頭部は相対的に被弾が少ないと思われます。つまり仮に竜が重症になったとしてもそのまま飛んで逃げることは状況的に十分可能ではないかと推測できます」

「よし。クラスク殿、私もエモニモと同意見だ。仮に赤竜が追い詰められ逃亡を試みたと仮定すると、まず呪文による逃走…おそらく瞬間移動系の呪文だと思われるが…を用いての逃走を試み、それができぬとなった場合自らの羽で飛んで逃げようとすると思われる。そして…パーティーで挑んでいる場合それを防ぐのは困難だ」

「なぜダ」

「『風圧』だ。羽から巻き起こる風圧のせいで人型生物フェインミューブのサイズでは一度羽ばたかれるとなかなか近づけん。風圧に対処する風の精霊魔術もあるがピンポイントすぎて私は修得していないし、そもそも火の精霊の力が強すぎる火山の火口では発動が不安定になる」

「精霊魔術は自然由来ニャから魔導学院にも巻物がほっとんどニャイのニャー」

「一応ネザグエンさんに聞くだけ聞いてみまふ」


円卓の面々からの話を聞きながらクラスクは大きく頷いた。


「つまりそいつは火山の底から上に逃げルんダロ? だからその上に

「「「!?」」」


とんでもないことを言い出したクラスクに皆が目を丸くした。


「上…火山の火口にか!?」

「さっきそう言っタ。パーティーと軍隊デ挑ム。火山の中に入り込むの大変。色々護られテル言っテタ。デモなら問題ナイ」

「ニャ……!」


確かに、とアーリは唸って考え込んだ。

竜の魔術か財宝の中の魔具や神具の力なのかはともかく、それらは赤竜の巣穴…即ち火山の火口底にとする者を阻害する効果ばかりである。

火山に自力で登る事を邪魔する効果はこれまで確認されていない。

だからこそ火口まで登って上から巣穴に潜入しようとする数多くの失敗談が記録として残っているのだから。


「火口の大きサわかるカ」

赤蛇山ニアムズ・ロビリンのか。記録によると1/3ニューロ(約0.5km)ほどとされておるな」

「ダイぶ大きイな」


ふむ、と腕を組んで考え込むクラスク。


「手持ちの武器届かナイ。全員弓ダト物理障壁トやらを抜けナイ。トなルトデきれば何人かデ扱う威力の高イ飛び道具がイイ」

「兵士が集まって運用する火力の高い…つまり攻城兵器でしょうか」

「それダ」


エモニモの言葉にクラスクが指を差す。


「攻城兵器の飛び道具、それを山頂まデ運ばせテ待ち構えさせル。奴が上がっテきタトころを打ち落とす。それデ行ク」

「行けるか阿呆! 攻城兵器は仮に車輪を付けたとて兵士が数人がかりで平地を転がすだけでも困難な重量じゃぞ! しかも赤蛇山ニアムズ・ロビリンの山頂は千五百ニューロ(約2200m)近くあるとされておる! そんなところに攻城兵器を? などどうやって……」


そこまで言いかけたシャミルの言葉が止まる。

高い山頂まで登る体力、重量物である攻城兵器を運ぶ剛力、そしてそれらを備えた上で兵士として訓練と統率の取れた軍隊が……


「そうダ。オーク族なら運べル。オークの軍隊を集めテ逃げ出す赤竜を叩き落トす!」


どん、と机をたたいてクラスクが宣言する。


「ラオ! ワッフ! リーパグ! それトここにはイナイがイェーヴフ! この四人を隊長に精鋭を付けた兵士ノ一団で赤蛇山ニアムズ・ロビリンの山頂を目指す! そして迷宮から火口に突入したパーティーが竜を追い詰め奴が逃げ出し山頂に顔を出したところに一斉攻撃させル! お前ら! デきルナ!」


クラスクが顔を向けた先には…明らかに高揚しているオーク達の顔があった。


「当タリ前ダ」

「ワカッタダ! 絶対ヤッテミセルダ!」

「オッケーダゼ! マ飛ビ道具ナラナントカナルダロ!!」





そして…これまでに例がない『竜相手の』『軍隊による』『攻城兵器を用いた』『山頂での待ち伏せ』なる、人間族の軍議であれば鼻で笑われそうな案がその円卓で真剣に論じられることとなった。





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