第522話 攻城弩弓(バリスタ)
「オーク族が攻城兵器か…飛び道具なら
キャスがクラスクの策の実現性について熟考する。
「ただしそれはあくまで何の問題も障害もなかった場合の話だ。アーリ、今の策を実現させようとした場合、対竜種に於いて何が問題になると思う?」
「単純に考えると運んでる最中に空飛んでる赤竜に見つかって焼き殺されて終わり、ってなりそうだニャー」
「ギャー!? 無理ィィー!!」
「音を上げるのが早すぎるわこのたくらんけ!」
アーリの指摘にリーパグが早速音を上げて、あまりの情けなさにシャミルが思わず叱咤する。
「それを防ぐにハドうしタらイイ」
「ニャー…そもそも真竜には多重瞳孔ってのがあってめちゃくちゃ目がいいニャ。だからこっちから見て竜が芥子粒くらいにしか見えてなくても向こうからはこっちがはっきり見えてると思った方がいいニャ」
「それって幻術でどうにかなったりは…?」
魔術について詳しくないなりにミエがとりあえず意見を述べる。
「確かに幻影系統の魔術には視覚を惑わすものがありまふね」
「けど視覚だけ欺いてもダメニャ。竜種には≪
「それって幻術でどうにかなったりは?」
魔術について詳しくないミエが素朴な私見を述べる。
「それは…それはどうなんニャ?」
「要は対象の形までわかるエコーロケーションですよね? ってことは聴覚か触覚の幻覚で誤魔化せないんです?」
「「…………………」」
ミエの話をきょとんとした表情で聞いていたアーリとネッカだったが、その後半を聞いて思わず互いに顔を見合わせる。
「…理屈の上では不可能ではないでふね。対象の形状を把握するのは≪
「おー…それなら上から見たら誤魔化せる?」
「はいでふ。理論上は」
「んじゃあ横から見たら」
「一発でバレまふね。確実に」
「ダメじゃねーか!」
サフィナが感心する横で、ゲルダが眉根を寄せてツッコんだ。
「いや…案外いけるんじゃニャイか、それ」
ネッカの説明を聞きながらずっと壁際で唸っていたアーリが、何か思い当たる風で顔を上げた。
「でも上からしか誤魔化せねーんだろ?」
「アイツはそもそも山腹に降りてまで確かめてこないと思うニャ」
「あん? どーしてそんなんが言い切れんだよ?」
ゲルダの怪訝そうな問いにアーリは小さく咳払いして話し始める。
「第一に鋭い視覚や≪
しれっと部外者のように語るアーリ。
まあこの少し後に自らが盗族であるとばつが悪そうに明かすことになるのだが。
「第二に竜は飛ぶのが苦手ニャ」
「ふぇ? そうなんですか?」
「あの巨体と重量をあの羽だけで支えるのはかなり大変で、空を飛べはするんニャけどお世辞にも軽快とは言い難いニャ。滑空とかするだけなら早いんだけどニャー」
「あー、あれって魔術とかじゃなくて普通に羽で物理的に揚力得て飛んでるんですか? それだと確かにかなり飛ぶのは大変そうですねえ」
「ニャ」
ミエの言葉にアーリはこくりと頷く。
「地上だとものっすごい筋力で見た目よりかなり俊敏なんだけどニャ。ともかく連中は飛ぶの苦手ニャから、急な上り坂や下り坂からだとちょっと飛び立つのに手間取るニャ。だからわざわざ急坂の山腹に降りてきて確認はしてこないと思うニャ」
アーリはそう語りながらあとでイエタの占術で確認しよう…などと考えながら羊皮紙にメモを書き足してゆく。
「とはいえいかにオークといえどもずっと上に布を引き被ったまんまあの高さの山の整備されていない急坂は登れないじゃろ」
「そうダナ……」
クラスクは腕を組んで少しの間首を捻る。
「こう……あいつが巣の中にイルか出払っテル間ひタすら山登っテ、あいつが山に出入りすル時ダケ隠れるトかハダメカ」
「巣穴にいる時はなるべく控えた方がいいと思いまふ。呪文とか魔具とかで周囲を探ってる可能性がありまふから」
「ニャ……つまり『赤竜があの山を出る日付と時間』と、『再び山に戻ってくる日付と時間』がわかればある程度計算できるってことだニャ」
イエタに頼む占術にその質問を加えようとアーリは素早くメモを走らせる。
「ヨシその路線デ行こう」
クラスクが即断し、街の方針は決まった。
「うちには
「「「オウ!」」」
アーリがびしりとラオクィクら三人を指差して、オークどもが力こぶを見せて応える。
「やれやれ、どうにも大事になってきたのう」
話がまとまり嘆息するシャミル。
「あのー……」
と、そこにおずおずと手を挙げて近づいてくる謎の影。
「なんじゃミエ」
「ええっと、
「まあおおむねそうじゃな」
「それならアーリさんが購入する
× × ×
標高千五百ニューロ(約2200m)の山頂に似つかわしくないその重量物は、イエタの占術によって赤竜の行動パターンを洗い出し、彼がクラスク市の北の村々を焼き払って最後のカウントダウンをしている間に、一台につきオーク十人がかりで必死に山腹を縦に運ばれていた。
クラスク達一行がドワーフの街オルドゥスから迷宮に挑まんとした出立の日、見送りにラオクィクらがいたのはこの
そして夕暮れ時、その赤竜が火口へと帰る時間を見計らって皆でネッカが作成した魔具『
矢を一発装填するのに怪力自慢たるオーク達が数人がかりでやっと、という強靭な
その上で、彼らが射出する矢の先端には赤竜イクスク・ヴェクヲクスが身に纏っている物理障壁を無効化する魔力を帯びた隕鉄が使用されていた。
クラスクら火口突入組は〈
ゆえに彼らの鏃には本物の隕鉄が使用されていた。
シャミルが解き明かした赤竜を護る物理障壁の秘密…あの時キャスが語っていた通り隕鉄はとても希少で数が少ない。
そのほとんどはエルフ族がお守りとして弓矢の
ゆえにそれを多少集めたところで剣や斧を鍛えるだけの十分な量は集まるまい、と彼らは結論付けた。
だが……多少でもエルフ達から集められた
「
あまりにも不遜なオークどもに赤竜の怒りが天を突き、低く、重く唸りを上げる。
竜種と相対する際ほぼ初見殺しとなる彼らの≪
けれど火口に群がるオークどもは誰一人恐慌に陥ったりはしなかった。
それもそのはずである。
≪
『下から上がってきた時』には効果を発揮しないのだ。
「ハハハ何言ッテルカワッカンネーヤ!」
オークの内の一人…オークとしては背の低いリーパグが、赤竜の怒りに震える呻きをせせら笑いながらなんとも奇妙な行為をはじめた。
その不遜なオークの行動を目にした赤竜は……次の瞬間ぞわり、とその背に悪寒を走らせる。
それは……
それは、まずい。
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