第511話 吐息変換
「あんのかよ!?」
驚くゲルダのツッコミにネッカはこくりと頷く。
「あくまで可能性の話でふが…」
彼女は立ち上がり壁際の黒板の方へ向かうと書き込みだらけの黒板をさっと拭いて板書を始める。
「竜の身体…もちろんもっと若い竜のものでふが…を魔法王国エーランドラで解剖したことがあるそうでふ」
「うむ、気になったらまず解剖じゃな」
「引くわー」
ネッカの説明にシャミルが即賛同し、それを聞いたゲルダが思わず眉根を寄せてツッコミを入れた。
「竜の身体にはさまざまな驚くべき機能が備わってまふが、その最も驚くべき機能でかつ竜独自とされるものが
「ほほう!」
シャミルが瞳をきらきらと輝かせて身を乗り出した。
未知の知識だけに興味津々のようだ。
「この
「なるほどニャ。≪竜の吐息≫を連続で使ってこニャイのはそのためニャのか」
「はいでふ。一度使ったら
板書で丁寧に図解してゆくネッカに皆がおお、と感心する。
「ただし…この
「あん? どういう意味だそりゃ」
「赤竜だろうと白竜だろうと体内に備わっているのは同じ
「あ……ってことはつまり赤竜の
ミエの言葉にネッカがこくりと肯首する。
「はいでふミエ様。そして竜はその存在自体がより魔導の精髄に近い存在…放つ言葉だけで魔術的力を持つ種族でふので…『自らの持つ本来の属性をこっそり別の属性に変質させて竜袋に貯めこむ』といった行為も不可能ではないと思われまふ」
「「「………………っ!!」」」
ネッカの言葉に一同がしんと黙り込む。
それはあまりにも恐ろしく、そしてあまりにも理不尽な結論だったからだ。
「それじゃあ炎の対策しても意味ねーじゃねーか! いつ吹雪を吐いてくるかわかんねーってことだろ?!」
「…そんな簡単なものかのう。各種族から集めた文献を見てもかの赤竜イクスク・ヴェクヲクスどころかそれ以外の竜でもそのような記録は載っておらなんだが」
「奥の手、ならあり得ルナ。使っタ時は相手を必ず殺す、それなら記録には残らナイ」
「はいでふ。それに…おそらく赤竜が使ってくるのはその雷撃の吐息だけだと思われまふ」
「なぜそう言い切れる」
シャミルの問いにネッカが再び板書を再開する。
「シャミル様の御指摘の通りこれまでそうした例は報告されてないでふ。クラ様の仰る通り切り札的なものだから、というのもそうだと思いまふが、これは竜の生態的にそもそも結構な無理をしてる行為だと思うんでふ。なので貯めこめる属性も訓練してやっと追加で一種類がせいぜい、とかではないかと思われまふ。ひとつで十分切り札になり得るものを、苦労して幾つも覚えるとは思えないでふ」
「なるほど。理屈ではあるが…」
キャスがフムと頷きつつ悩ましげな顔をする。
「それはそれとして雷撃の吐息に対する対策を取らニャイといけないってことだニャ。今から」
「はいでふ」
そしてアーリの言葉で一同が頭を抱えた。
「困ったでふ…流石に今から人数分の〈
ただでさえ魔具作成には時間がかかる。
本来はそれ以上に金もかかる事が問題なのだがことこの街に於いてはそちらは大した問題ではないので割愛する。
ともかく現状の時点で魔具作成は期間ギリギリいっぱいいっぱいだし、その上出発までの期日も迫っている。
正直これ以上の〈巻物〉を作成する余裕はない。
「なら当日のわたくしの呪文として用意すれば…」
「それはダメニャ」
イエタの言葉をアーリが即否定する。
「〈属性免疫〉の呪文は中位階の最上級。同じ帯域には効果的な回復魔術が目白押しニャ。当日の魔力を無駄に使うことは許されないニャ」
「ならドうすル」
「うーん…そだニャー…」
クラスクの言葉にアーリが腕を組んで考え込む。
髭がへにゃっとなっているところを見ると彼女もだいぶ困っているようだ。
「ネザグエンさんに確保してもらいまふか?」
「ニャ…魔導師が単体で作れる巻物と違って他の術者と共同開発した奴は高いんだけどニャー…その上その位階になるとほうぼう探して一本調達できるかどうか…」
ぼりぼり、と頭を掻きながらアーリがため息をつく。
「けどまあないよりましニャ。わかったニャそっちの方はアーリが当たってみるニャ」
「あとアレだよアレ、もっと低レベルの呪文で合ったろ。属性攻撃防ぐ奴」
そこにゲルダが珍しくアイデアを出してきた。
傭兵時代に世話になったのだろうか。
「はい。〈
イエタの言葉にアーリは唇をへの字に曲げて首を捻る。
「確かに低位階の呪文ならそこまで致命傷にはならないニャ。その域の回復呪文使っててもたぶん竜の与えるダメージにはおっつかないからニャ。でもそのレベルだと仮にその雷撃の吐息が元の炎の吐息と同じ威力だった場合防ぎきれず全滅ニャ。せめてもうちょっと威力を低ければニャー」
「う~~ん…」
アーリが頭を掻きむしりながらあーでもないこーでもないとやっている前で…ミエが己の顎先に指を当てて何やら深く考え込んでいる。
「魔法…ですけど結局性質的には本物の稲妻と同じなんですよね」
「はいでふミエ様。おそらくは」
「それならこう…雷の通り道をこっちで作ってあげるってのは? こう…私たちから離すように」
「ニャ?」
「なに…?」
ミエの言葉に…アーリとシャミルが怪訝そうな表情を浮かべた。
「どういうことじゃ」
「ほら雷ってこうジグザグーってなって落ちるように見えるじゃないですか」
「あー、まあそうだな」
「俺も見タ事あル。ジグザグしテル」
ゲルダとクラスクの言葉にミエが嬉しそうに頷く。
「はい! あれって要は雷雲と地上との間の放電現象なわけですけど、実際には雷が落ちる前に雷のルート自体はあらかじめ作られてるんですよ」
「ほう?」
ミエの言葉にシャミルが興味深そうに耳を傾ける。
「空気は本来雷を通しません」
「実際に通ってるじゃねーか」
「はい。だから雷はなるべく通りやすい場所を探してちょっとずつ進むんです。ちょっと進んでは次に進みやすい道を探して、またちょっと進んだら次の進みやすい場所を探します」
「ほー、ほー、つまりあれか、その結果があの不規則な軌道というわけか!」
「はいシャミルさん正解です。そうして雷雲と地表との間が繋がると、その繋がったルートに雷が通ります。なので落雷ってのは要は最後の結果だけを見てるわけですね」
「ふーむふむふむ、それは面白い。確かに齟齬なく説明できるの。ほうほうほう!」
シャミルが興奮して何やら素早く走り書きをしている。
もっともその羊皮紙は先刻まで竜の攻略法のメモとして使われていたもので、完全に上書きしてしまっているが。
「でその雷の通りやすい場所って言うのが…『空気の薄い場所』か『水分の多い場所』ですね。前者は雷の通りにくい空気が少ない、後者は雷が通りやすい金属質を含んでいるから、です。だからこれを用意できれば…」
「簡単に言ってくれるニャア」
ミエの知識に感嘆しつつもアーリが困惑したように呟く。
そんな手段、そうそう手軽に簡単に用意できるとでも…
「…いや、ミエの言う事が本当なら、なんとかなるかもしれん」
だが、そんな中ミエから聞いた話に衝撃を受けつつもすぐに打てる対処法を思いついた者がいた。
ハーフエルフの元騎士隊長にして竜討伐における魔法剣士枠、キャスバスィである。
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