第510話 村の惨状から
赤竜は炎の化身であり、火山など火の精霊の力が強い場所に棲みつく。
その身はマグマなどの高熱などで傷つくことなく、その口からは炎の属性そのもののを吐き出し己の敵を焼き尽くすと言われる。
これが≪竜の吐息≫である。
≪竜の吐息≫はこのように竜の色や住処などによって属性が決まっており、基本的に赤竜なら炎しか吐かないし、白竜なら吹雪しか吐けない。
年経た竜の吐息は軍隊ひとつ村一つを軽々と殲滅させてしまう驚異の攻撃ではあるけれど、その色で属性がわかるため対処すること自体は不可能ではない。
竜の討伐に向かう冒険者はまずその竜の色を聞いて対策を立てるのが常識となっている。
だが……もしその≪竜の吐息≫の属性を変質させられる竜がいたとしたら?
確かに稲妻を吐き出す竜も存在している。
黄金竜、或いは雷竜と呼ばれる全身
だが雷竜と戦う時には当然電撃や雷撃の対策をするであろう冒険者たちも、赤竜相手にそんな対策をする者はまずいない。
もし十分炎に対する防御や耐性を固めていった冒険者相手に、赤竜が電撃の吐息を放ってきたら?
それはかわせない。
それは耐えられない。
そもそも
炎の吐息や恐怖の咆哮といった致死性の攻撃に対しさまざまな対策を講じてはじめて渡り合えるのだ。
そこに対策外の致命的な攻撃が突然降って湧いてきたら…結果はまさに火を見るよりも明らかであろう。
「
首をもたげながら目の前の惨状を見つめる赤竜イクスク・ヴェクヲクス。
先ほど誰を残すべきか悩んでいたにも関わらずあまりに致死性の高い二連撃だったけれど、それは竜の移り気とその根本的な性質に由来する。
彼らは基本的に竜以外の全てを下等の劣等種だと思っている。
だから殺すのも生き残らせるのもただの気まぐれ、彼らの気の向くままだ。
会話も交渉もできるけれど、根本的な相互理解できないのである。
ゆえに興味深い対象を見つけて、連れ帰ろうとしたら抵抗されて、つい本気で攻撃をしてしまった結果相手が死んでしまったなら彼らはこう思うのだ。
『まあ、仕方ない』
と。
そうした傾向は年経た竜ほど強い。
だからこそ…その日、その時、その光景を見た赤竜は多重瞳孔の目を剥いた。
土煙の中から立ち上がるその冒険者どもを目撃して。
× × ×
「稲妻…?!」
「うむ。かの竜は稲妻の吐息を吐く」
それぞれが各種族へと資料を集めに奔走したのち街に帰参し、遂に出発を控えた二日前、全員が集まった夜の円卓会議にてシャミルが唐突にそれを告げた。
「なぜそんなことがわかる」
重ねて問いただすキャスに、シャミルは少し重々しい顔で逆に問いかけた。
「キャス、お主襲撃があったあの日、かの赤竜めがこの街を標的にしておると我らに知らしめた台詞を覚えとるじゃろ」
「ああ…確か『まず手始め』『二つ目』『三つ目』だったか」
キャスが指折り数えるのを聞きシャミルが深く頷く。
「そうじゃ。その『三番目』はよいじゃろう。それを聞いた村の娘テグラはそもそも村におらなんだ。森の中に隠されておったでのう」
シャミルの言葉にミエは確かにと頷いた。
「『二番目』もまだわかる。イェーヴフとその妻ギスクゥ・ムーコーは彼女の魔術によって地に潜っておった。大地が高熱をある程度遮断してくれたお陰で彼女らは命脈を保てたわけじゃ」
続く言葉にキャスもまた頷いた。
「この二つはまだよい。じゃが最初の村、『まず、手始め』たる竜の言葉を伝えたこの村の証言者だけはおかしい」
「イクフィク兄貴ノ何ガオカシイ」
少しムッとした口調でラオクィクが問いただす。
イクフィクは確かにかつてミエを襲ったオーク族の旧弊を体現したような人物ではあったけれど、それはかつてのオークの集落では当たり前のことではあったし、またクラスクに敗北してからは比較的協力的でもあった。
さらにはラオクィクやクラスクの斧の師の一人であったのだ。
彼に対する雑言は聞き捨てならぬのだろう。
「落ち着け。別にけなしとるわけではないわ。他の村二つと
「それは…なんでです?」
いまいちピンとこないミエがきょとんとした顔で尋ねる。
「村一つが燃え尽きる炎じゃぞ。屋内に隠れた村娘も皆高熱で焼け焦げ墨となっておった。ならば本来言葉を発することなどできまいに」
「あ……! そっか、喉……!」
言われてミエもようやく気が付いた。
最期に一言だけ竜の放った言葉を告げて腕が崩れこと切れたというイクフィクだが、そもそも言葉を話せるなら声帯が無事でないといけないはずだ。
業火によって炭化していたらそもそも言葉が紡げない。
「そうじゃ。そもそも≪竜の吐息≫を喰らってギリギリ生き延びておること自体オーク族の驚異的な耐久力のなせる業じゃが、それと会話できたことは話が別じゃ。その話を聞いた時わしは思った。もしやしてその村だけ別の手段によって蹂躙されたのやもしれぬ、とな」
「おお、そういやシャミルお前あの時やたら村の調査に行きたがってたな」
ゲルダが当時の彼女の様子を思い返しそんなことを呟くと、シャミルが大きく頷いた。
「そうじゃ。どうしてもそのことについて確認を取りたかったでな。死んだ者達には悪いと思うたが死体の検分…『腑分け』もさせてもろうた」
「!!」
「そのことについては後で謝罪するが、ともかく今は聞け。腑分けの結果わしは確証を得た。デックルグの村だけ死に方が違う。他の村の死体は皆身体の内部まで完全に炭化しておったが、デックルグの村の死体は一部内臓が無事に残っておった。これはつまりあの村の者だけは超高熱が体表を通り抜けたのみである事を意味する」
「体表…?」
「そうじゃ」
ミエの呟きにシャミルは大きく頷いた。
「あの村の木の、そして家の焦げ方から、そして地面に走った線条からわしは確信した。あれは感電じゃ。横方向の落雷という凡そあり得ぬ軌道の稲妻が村全体を襲ったとしか考えられぬ。それはつまり…稲妻を放つ≪竜の吐息≫をきゃつが使ったに違いない、とわしは結論付けるに至った」
しん、と一同が黙りこくる。
かなりの衝撃だったからだ。
「雷って…そんな黒焦げになりましたっけ…?」
「普通はならんな」
ミエの呟きにシャミルがすぐに返す。
彼女自身も十分考えた事なのだろう。
「落雷が人体に落ちた場合、その稲妻が人体を通過したその軌跡に沿って超高熱による火傷を残す。大体に於いて頭部や肩口から足先へと続くジグザグの帯のようになるじゃろう」
「ですよね!」
ミエは相槌を打ちながら、そんなことまで知っているシャミルの知識に驚嘆した。
一体どれだけのことを彼女は知っているというのだろうか。
「じゃが考えてみよ。竜の炎はその口からしばらく放出され続ける。もしかの赤竜が雷撃の吐息を吐けると仮定して、それが炎と同様に暫く放出され続けたとしたら、どうじゃ」
「あ…! そっか、体に無数の雷条が刻まれて、結果的に炎で焼かれたのと同じように黒焦げに見えるのか!」
「つまり一発喰らったら即死の落雷を何十発何百発と喰らってるわけか。あまり味わいたい死に方じゃねえなあ」
ぽんと手を打つミエの横で、ゲルダが眉を八の字に寄せて呟くと、ゲルダの言葉に大いに賛同したらしきサフィナが真っ青な顔で首をぶんぶんぶんと激しく縦に振る。
「ですが…そもそも本当にあり得るのですか、その、赤竜が雷撃を吐く、などと」
だが…そこにそもそもの疑問を呈する者がいた。
エモニモである。
キャスも同意見なのか腕を組んで小さく頷いた。
そして彼女の疑問に…先刻から首をぐぐいと傾けて悩んでいたネッカが呻くような口調で答えた。
「……可能性は、あると思いまふ」
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