第503話 滞空攻撃

クラスクらが機先を制して戦い続けられている理由…それは竜が二度にわたり≪竜の吐息≫を使用したことにある。


≪竜の吐息≫は村一つを丸ごと焼き尽くすほどの広範囲に甚大なダメージを与える属性範囲攻撃で、竜族最大の脅威であり、最強の攻撃である。

だが最初のひと噴きでクラスクらはその炎に耐えた。

ならばなぜ彼はその吐息を二度にわたり繰り出したのだろうか。



それは聖職者の有する属性攻撃への対抗手段が複数ある事に起因している。



最も初歩的な〈環境遮断ツモノロ・オラウモ〉…これは火山の高熱などを防いではくれるが≪竜の吐息≫に対しては何の用も為さぬ。


次に〈属性抵抗〉の呪文で炎を選択した〈火炎抵抗オラフ・ステュツォル〉…これは一定量の炎を防いではくれるがそれを超えた分のダメージは受けてしまう。

炎版の物理障壁のようなものだ。


さらに上位の〈属性防御〉の呪文で炎を選択した〈火炎防御オラフ・ニルフ・ミュージゴシリィ〉…これはその身に受けた炎のダメージを全て吸収し無効化してくれる…が、一定量の炎を受けると呪文の許容量を超えてしまいその効果が消滅してしまう。

こちらは火炎版の〈岩肌ヴォックツェック〉に近い効果だろうか。


そして最上位の呪文として〈属性免疫〉…この呪文で炎を選択した〈火炎免疫ウーサマーニュ・オラフ〉…これは熱も炎も完全に防いでくれるし、許容限界もない。

まさに最上位の効果と言っていいけれど、これを使用できる聖職者はほんの一握りだし、よしんば唱えられたとしてもそれを人数分唱えきるには相当の魔力を消耗してしまうだろう。


つまり赤竜イクスク・ヴェクヲクスは、クラスクらが身に纏っている炎への耐性が〈火炎免疫ウーサマーニュ・オラフ〉ではなく〈火炎防御オラフ・ニルフ・ミュージゴシリィ〉ではないかと踏んだわけだ。

或いは〈火炎免疫ウーサマーニュ・オラフ〉を使っているとしても人数分ではなく、残りの連中は〈火炎防御オラフ・ニルフ・ミュージゴシリィ〉で間に合わせているのではないか、と推測したのである。


それならば彼の≪竜の吐息≫を二度も浴びせればその許容量を超過することができるはず。

炎への護りを失った者が出たならその者どもから順次焼き殺してゆけばよい

。人数が減れば狩りも楽になるだろう。


そうした目論見で、まだ体力に十二分の余力がある内に、のための二度目の吐息を放ったわけだ。


だが彼らの炎への護りは一切衰えを見せぬ。

それはつまり今回挑んできている一行が全員炎を完全に無効化する〈火炎免疫ウーサマーニュ・オラフ〉の保護を受けているという事で、それを成立させるだけの高い練度と、おそらくそれを巻物に記して当人の魔力を残存させている計画性や財力を有している事も意味する、と彼はすぐに把握した。


つまり彼の巣穴に潜入してきた狼藉者どもは、入念な準備と手間をかけた、相当に鍛え上げられた一行である、ということだ。


さらに赤竜にとって気になることはもう一つあった。

前衛と後衛の距離の開きと積極性の違いである。


でかいオーク。

魔狼。

エルフ…のできそこない?



彼の内心の呟きを聞いたなら、きっとキャスは烈火の如く怒ったに違いない。



これら三人…は、彼の周囲をうろちょろと飛び回っては集中攻撃の的にならぬよう立ち回り僅かずつダメージを積み重ねている。


一方で後衛の三匹…ドワーフ族と天翼族ユームズと人間族。

役割で言うなら魔導師と聖職者と…最後のあらん限りに声を張り上げ声援を送っている一匹はなんなのだろう。

よくわからない。

竜のまなこから見る限り、その娘は戯れに村や街を襲わんとした時己の前で怯え固まり何もできず食われ或いは焼き尽くされるそこらの有象無象程度にしか映らない。


だがあの恐怖の咆哮に耐え、さらには他の連中がわざわざ連れてきた相手なのだからきっと何かはあるのだろう。

油断はしないよう目をつけておかねばならぬ。



問題は…相手の魔導師の動きがまるでないことだ。



聖職者はまだわかる。

彼らの呪文は治療や回復に特化しているため、常に待機状態にあって前衛が大怪我をした瞬間にそれらの呪文を唱えるつもりなのだろう。

それはいい。



だがなぜあの魔導師はなにもしない?



赤竜イクスク・ヴェクヲクスもまた魔導術の使い手である。

いかに竜の身に魔術結界ネザガー・ダイアミュールがあり、ほとんどの術が防がれてしまうとしても、この巣穴までたどり着いた術者がただ棒立ちというのはあり得ない。

例えば仲間に付与して身体能力を強化するような呪文であれば、対象が竜そのものではないため彼の魔術結界ネザガー・ダイアミュールで防ぐことはできぬ。

それらを矢継ぎ早に唱えて仲間を強化するなりの戦い方があるはずなのだ。

事実これまでの魔導師は…中には聖職者さえ…彼に魔術が効かぬと悟るとそうした補助呪文で前衛を強化し、対抗しようとしていた。


ならばこれは一体どういうことだ?

まさかにここまで十分な調査と準備をしてきた連中の魔導師が、ここにたどり着くまでにすべての魔術を消費し尽くしてしまったとも考えにくいのだが。


「余所見をすルナ!」


クラスクの大斧が振るわれるも竜の鱗に強く弾かれ、その衝撃で少しよろめき後退する。

それを狙っていたかのように真上から噛み殺し飲み込んでやろうと襲い来た竜のあぎとを、クラスクは己の斧でがっきと受け止めた。


「ガフッ!」


と同時に真横から巨大な尾が振り払われ、身動きができぬクラスクの横っ腹に直撃する。

彼は大いに吹き飛ばされ、そのまま横の壁へと叩きつけられた。


「旦那様ー! しっかりー!」


だがミエの≪応援≫が飛ぶと時を同じくして彼は壁から地面にしゅたんと着地、そのまあ雄たけびを上げると再び赤竜目掛けて突貫した。

凄まじいタフネスぶりである。


それはミエの≪応援≫の賜物でもあるのだが、同時に赤竜にも己の尾の手応え…尾応え? からその巨躯のオークの身を覆っているものの正体に気が付いた。


岩肌ヴォックツェック〉である。


当たり前と言えば当たり前だろう。

竜の物理攻撃を避け続けることは難しい、長期戦ともなれば被弾はどうしたって避けられない。

となればダメージを受けること前提での防御呪文もまた彼らは準備していて然るべきなのだ。



となれば彼…赤竜イクスク・ヴェクヲクスのすべきことは決まっていた。



後脚で大きく地面…もとい財宝の山を蹴る赤竜イクスク・ヴェクヲクス。

一瞬後ろに飛び退ったのだと勘違いし、一気に間合いを詰めんとするクラスク、キャス、コルキ。


だが彼らは見誤った。

それは竜が後退するための蹴り足ではない。

いや間違いなく財宝の山を蹴ってはいたのだがそのベクトルは竜の後方には向かっていなかった。



ぼふん、と赤竜が羽を大きく広げた。

と同時に空中で急停止する。



彼はその巨大な翼膜で大いに空気抵抗を受け己の跳躍を急停止させた。

それはつまり彼が超低空で宙に浮かびした、ということだ。



次の瞬間……彼は咆哮を上げながら一気に猛攻を仕掛けた。



羽を強く打ち鳴らし、彼を中心にすさまじい風が巻き起こる。

素早く体勢を低くしてその暴風に耐えんとするクラスク。

元々四つ脚のコルキもまた風に耐えるように姿勢を低くし、地面に爪を引っ掻けその場に留まろうとする。

だが同じように姿勢を低くしたキャスは、それでもなおずるずるとその身を後ろにずらし、苦渋にその顔を歪めている。

前二人に比べ彼女の身体は軽すぎるのだ。


そしてその風の中竜の攻撃が襲ってきた。

前脚がクラスクとコルキに、後脚がキャスとクラスクに、牙による噛みつきがコルキに、それと同時に羽ばたきを止め左右の羽をキャスとクラスクに、そして宙空でぶうんと振った巨大な尻尾が、三人を纏めて吹き飛ばさんとしたのだ。


龍は超低空を浮遊することで、その身の身体武器を総て一度に仕掛け周囲の相手を皆殺しにすることができるのだ。

その並の人型生物フェインミューブであれば木っ端の如く吹き散らす羽ばたきと尾による周囲の一掃は、≪竜の吐息≫と並ぶ広域殲滅用の竜の得意戦術でもある。






三人の対処は…三様に違った。





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