第502話 かくて障壁は破られた

「まず量だ。隕石自体がとても希少で、そこに含まれている隕鉄レガセカともなるとさらに希少。それを我らの剣や斧に変えるだけの量を確保するのは難しい。今からという時間制限も含めるとさらに困難だろう」

「ニャら既に武器になってる隕鉄を回収して…」

「エルフ族は隕鉄レガセカやじりに変え、それを個々がお守り代わりに一矢ずつ持たされるという。今でもこの風習を残しているエルフ族がどれだけいるかはわからんが…この限られた期間内ですべてのエルフを説得して鏃を必要なだけ集めるのはどうしたって無理だ」

「ぐニャ…」


アーリが奇妙な呻き声を上げる。

反論したくともキャスの言い分が正しいことが商人の感覚としてわかってしまうからだろう。


「そして最後に…すべての条件をクリアして、ネッカの鍛冶の腕を総動員してその武器を造れたとしよう。。我々が長い間愛用した武器ではない」

「それは困ルナ。俺この武器使イタイ」

「…といわけだ」

「ぎにゃああああああああああああああああああああああ!!」


己の毛を掻きむしりながらアーリが吼える。

まあ負け犬の遠吠えに近いものだが残念ながら彼女は猫である。



「…それ、なんとかできるかもしれないでふ」



と、そこにおずおずと挙手をする者がいた。

宮廷魔導士のネッカである。


「どうにか…どうにかとは? 具体的には?」

「えっとでふね…」


キャスの詰問長の口調にやや緊張しながら、ネッカが彼女の知るについて提言する。


「例の地下迷宮なんでふけど、ネッカ達が見つけた場所はこれまで未発見だった場所で、あの地下都市の上流階級が住んでいる場所だったそうでふ」

「ああ、アーリがそう言っていたな」

「それででふね、そこでアーリ様が発見した巻物が…現代の魔導学院に未収蔵のキェクレック…だったんでふ」

「ほう?」

「この呪文は対象となる金属を別の金属に変化させる呪文で…」

「お? それあたし知ってるぞ。人獣ルゥジェムスフリーヴォと戦う時に隊の魔導師が使ってた気がすんな。こう…鉄の武器を銀製に変えるみたいな…」

「はいでふゲルダ様。それは〈金属変化イジョークリュウ〉の呪文でふね。人獣ルゥジェムスフリーヴォは通常の武器で攻撃してもすぐに傷が再生してしまいまふが銀の武器なら再生を阻害することができまふから、その用途で武器を銀化したんだと思いまふ」

「…だよな。じゃあ遺失してなくね?」


ゲルダの意見を、ネッカは首を振って否定した。


「今回発見されたのはその上位版、〈上位金属変化イジョークリュウ・クィライク〉でふ。下位の呪文に比べ、魔法金属を対象にすることが可能となり、変化先の金属も魔法金属が指定できまふ」

「「「あ……!」」」


そこまで話を聞いて、一同は理解した。

今すべての障壁は取り除かれたのだと。


「つまり…!」

「はいでふミエ様。クラ様とキャス様がお持ちの武器をそのままに、材質だけ『隕鉄レガセカ』と同様の性質に変化させることができまふ」




×        ×        ×




がいん、と大きな音が響いた。

そのあまりの大きさにそれは火口の外壁に幾重にも反響し、しばらく残響が残った。


それはクラスクの大斧の一撃。

その一撃がかの赤竜イクスク・ヴェクヲクスの竜鱗に当たり大きく弾き返されたのだ。

だがそれをエルフ達が見ればこう言ったことだろう。



硬い何かに弾かれたサホームラ』と。



それは歴史的快音だった。

偶然でもなく、ましてや僥倖でもなく。

明確な知識と知恵とそれらを束ねる『意思』によって、長きにわたり不壊不落の城塞と化していたその竜の物理障壁を突破した音だったのだ。


「フンヌッ!」


弾かれて上に上がる斧を押し留めることなく、むしろその勢いのままぶん回し、そこに俺の膂力を乗せて再度大斧を叩きつけるクラスク。

再び響く乾いた金属音。


オーク族の、さらにはクラスクの剛力を以てしても、その鱗に傷をつけることは叶わない。

だがそれはその赤竜に一切のダメージが通っていない事を意味はしない。


鱗越しでも衝撃は通るのだ。

喩え硬い硬い外皮の上からだろうと、それだけの勢いで叩きつけられればその身に響くダメージを完全に無にすることはできぬ。


さらにはキャスの攻撃。

これはクラスクほどの力はないが、相手の懐…というか攻撃の裏側に潜り込み、鱗で覆われている表面部分ではない、その裏の白い皮膚を直接貫いてゆく。

こちらもまた物理障壁に弾かれた様子はない。


本来であればそこから〈風の刃ギューヴ・アギン〉などの精霊魔術を解き放ち、小さな刺し傷を致命傷に変えるのが彼女の得意戦法だが、キャスの魔力ではこの赤竜の有する魔術結界ネザガー・ダイアミュールを貫くことができぬ。

そしてそうした魔術の後押しがない限り、彼女の刺突は竜に対して大きなダメージは見込めない。


だがそれでいいのだ。

、というのが何よりも重要なのである。

なにせこれまでその竜に挑んだほとんどの相手は、そこにすらたどり着けず殲滅させられていたのだから。


竜の喉奥が赤熱する。

と同時に灼熱の業火がその放たれ火口の内に渦巻いた。

マグマの泡立ちが一瞬より激しくなって、火口の温度が一気に上昇する。


だがそれではクラスクもキャスも止まらない。

燃え盛る炎の内から飛び出してきたクラスクが突き出た竜の前脚に大斧を叩き落とし、鱗で受けられる。

と同時にキャスとコルキが左右から回り込み、それぞれに尾や打ちおろしてきた羽先に攻撃を当て体力を削ってゆく。


大いなる幸運を 我が信心に賭けてフシュー ウン フシュイ クガー ローゼオルツ タオパッツ オテオリィ! 〈朗唱ロガセサイム〉!」


そして赤竜の炎と同時に詠唱が響き、イエタの神聖魔術が仲間全員にかかった。

仲間全体の攻撃や防御、抵抗と言った様々な戦闘行為に少しずつ幸運の加護を与えるという優れた補助呪文である。


呪文の援護を受けさらなる猛攻をかけるクラスク達。

だが火口の半分以上を一掃できるその長大な尾と、器用に地面を穿つ羽。

そしてそれらにはややリーチに劣るがとにかく遠くまで届く彼の前脚と首をぐいと伸ばした頭部による噛みつき、或いは頭上に伸びる角による刺突や振り回し……それらの攻撃の届く範囲が広すぎてクラスクらは未だその竜の胴体までまともにたどり着けてすらいない。

けれど攻撃を避け、かわした隙にそうした攻撃に使われた身体部位…即ち竜の末端に的確に攻撃を当ててゆく。


それにしてもあれだけの高熱に覆われながらその竜の足元で溶けかけてすらいない金銀財宝は一体何に護られているのだろうか。


「がうっ!」


コルキが己を巻き込まんと放たれた尻尾を巻きつくように避け…飛び上がると頭上から羽鉤爪に狙い撃ちされることをキャスへの攻撃で知っているのだ…そのまま尾に強く噛みつく。


この中で唯一、コルキだけはその竜の物理障壁ヴフトゥガー・イヅラグサイムを突破する手段を持たぬ。

なぜなら彼の主たる攻撃は爪と牙であり、『武器』ではない。

ネッカの≪魔具作成(武器防具)≫は武器や防具を魔法のそれに打ち鍛えるスキルであって、そううした身体部位を魔剣にすることはできないからだ。


獣や魔獣の爪や牙を魔的に強化するのは森人ドルイドの本分である。

ただ森人ドルイドと似た呪文を使用できるサフィナはその手の呪文を使用できない(単にまだ修得していないだけかもしれないが)ようで、結局それらの恩恵に預かることはできなかった。


ゆえにコルキの攻撃は物理障壁によって弾かれる。

けれど彼の魔狼としての常軌を逸した力は物理障壁に防がれた上でなお強引にその竜に彼の牙を届かせた。


無論それは圧倒的硬度を誇る竜の鱗に当たれば完全に防がれダメージを通すことはできぬ。

けれど噛みついた場所によっては、つまり鱗の覆っていない竜の皮膚に直接牙を突き立てれば、衝撃越しであっても傷をつけることができた。

コルキは誰に言われることもなく己の限界とできることを察し、可能な限り竜の攻撃の終わり際を狙い反撃を試みるようになった。


竜の体力はその身体の巨大さに相応しく膨大である。

彼の有する障壁の秘密を解き明かし、遂に有効な打撃を入れられるようになったとはいえ、一見派手に見えるクラスクらの攻撃は現状その彼の体力を地味にちまちま削っているにすぎぬ。


だがそれは赤竜にとって珍しく脅威を感じる攻撃であった。

己の物理障壁を飛び越えて傷を与えてくる相手、ということであればクラスクら以前にもごく少数ながら存在していた。


その多くはエルフ族が放つ飛び道具であり、刺さっても致命傷とは程遠いものではあったけれど、中には彼に深手を負わせた者がいなくもなかった。


それは彼にとって忘れもしない百と八十七年前。

竜の鱗をやすやすと切り裂く白い騎士が、彼を苦しめた。

まあその騎士は既に彼の胃袋の中に納まって排泄物として処理済みなのだけれど、いずれにせよ彼は己の身に有効な打撃を与える者には容赦しない。

そうした相手には…常に全力を以て殲滅すると心がけている。







その圧倒的な巨体と強靭さと怪力の影に隠れた、繊細さと執拗さと執念深さ……

それこそが彼が長い間この地方に君臨し続けられた強さの本質なのだから。








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