第497話 有効利用

「のはいいのでふが、結局この呪文の巻物を人数分用意するのはかなり難しいでふね。いいところ一本…作れて二本分くらいしか余裕ないと思いまふ。予算はともかく時間的余裕が…」

「「「う~~ん…」」」


結局元の問題に立ち返り、一同が頭を抱える。


「つか初手でつまずいたらその時点で詰みじゃねーか。なら他の準備よりもそっちを重視すべきじゃね?」


ゲルダが至極もっともな意見を述べるが、アーリが首を振って否定した。


「ダ・メ・ニャ。こっちの手を抜くと初手で全滅の危険があるんニャけど、他の準備を怠るとニャ。どっちが嫌かって言ったらニャ。だからどうしたって≪竜の吐息≫と≪畏怖たるその身≫への対策は余りの枠でやりくりするしかないニャ」


ほとんどの冒険者が、軍隊が、これまで最大の焦点としていたのがこの二つの対策で合った。

どちらを怠っても会敵して早々に全滅する恐れがあるのだから当然といえば当然だろう。


だがクラスクが出してきたは違った。

彼は明らかに竜を仕留める事にこだわっていた。

とどめを可能な限り確実に刺すための方策を、彼は提示していたのだ。


アーリも賛成である。

序盤を無事にしのげて竜相手に善戦できたとして、それで逃げられてしまってはこれまでの千年の繰り返しである。

自分達はどうにかしてそれを越えなければならないのだ。

それならばこれまで最大の脅威とされていたその二つなど、片手間で対策できるようになっていなければそれこそ話にならぬのである。


「…ミエのて、どうかニャ。竜に有効と思うかニャ?」

「「「!!」」」


向こうの壁際、黒板の前。

クラスクやキャスとの議論が白熱しているミエを横目で見つめながら、アーリが小声で囁き、一同が瞠目した。


「…可能性はあると思いまふ。ミエ様の応援時、明らかに声援を受けた対象に[高揚]系統の[精神効果]を感じまふから。魔術的なものではないので具体的な効果までは不明でふが」

「そうですね、わたくしも〈祝福ットード〉などと似た力を感じます」

「確かに彼女に声をかけられた後の衛兵たちの発奮する様子は目を瞠るものがありますが…」


当然というべきか、ミエの≪応援≫の特殊性に気づく者はこの世界にも存在していた。

単なる応援を受けて頑張る、だけでは明らかに説明のつかぬ効果を彼女たちは幾度も目にしてきているからだ。


ミエの≪応援≫がなければあの二度にわたる地底軍の襲来の際にどこか防備の一角が崩されてこの街は破滅していたかもしれぬ、などと考える者すらいた。


ただ彼らには『スキル』という概念がない。

多くのスキルは努力や修練で身につけた『技』や『技術』だと認識している。


ゆえにミエのスキルについて彼らは正しく解釈できぬ。

例えば≪威伏≫や≪潜伏≫などは磨いた技術だと理解も説明もできよう。

実際相手が恐怖で委縮したリ掻き消すように姿を消したりできるからだ。


けれどなにをどう磨いても、応援という行為が強い効果を持つ技術となり得るとは到底思えないからだ。

エモニモがやや懐疑的なのはそのためである。


「何かはあるけどその何かがわからニャイ、か…心当たりは誰もニャイかニャ?」

「そうですね…わたくしが唯一思い当たるとすれば『加護ザフス』でしょうか…」

「「「『加護ザフス』!」」」


イエタの呟きにそれを聞いていた者達はやや過剰な反応を示した。


「『加護ザフス』つーとアレか。神様が信者に与えるっつー…」

「はい、ゲルダ様。神が寵愛した我が子に授ける特殊な祝福です」


加護ザフス』とは各神性…要は神様が、自らの信者の内で特に敬虔な者に与えるとされる特別な恩寵である。

例えば毒や病気に侵されないとか、その手ですくった水には治療効果が発生するとか、そうした通常の『呪文』では計れぬ奇跡を起こせる存在は世界でも幾例か報告されている。


「ニャるほど…? 他人に応援することで力を与える加護ザフスかニャ?」

「確かにこれまでのミエ様の功績を考えれば神に愛された子、と言われても納得できまふね」

「オークの村を解放し彼らを恭順させて街を造る…確かに」


どうやら彼女たちはミエのスキルを神に与えられた加護かなにかだと解釈してしまったようだ。

まあ神の代理人を名乗る胡散臭い相手から与えらえたものなのだから当たらずとも遠からずではあるのだが。


「≪畏怖たるその身≫は[精神効果][高揚]系統のデバフと考えられまふから、ちょうどミエ様の応援の逆位相だと推測できまふ。相性は悪くないと思いまふね」

「お? じゃあミエのこと呼ぶか? おーいm」


ゲルダが口を開きかけたところをアーリが無理矢理塞ぐ。

ミエが一瞬振り返るが、一同で首をぶんぶんと振って特に用がないことを告げた。


「なんだよミエの話なんだから呼んだ方がよくねー?(ヒソヒソ」

「どーみてもミエは自分の意思であの力を発揮してるとは思えないニャ。『無意識でいられること』が能力の発揮条件だったらどうするニャ!(ボソボソ」

「あー…そーゆーのもあるのか(ヒソヒソ」


確かにアーリの言う通りミエはまったく当人の意識の外で≪応援≫のスキルを使用している。

だがそれは使用条件なのではなく、単に本人が己のスキルについてすっかり忘れ果てているためであって、彼女たちの心配は完全に杞憂に過ぎない。


「ともかくミエの応援の効果を密かに計って、可能なら作戦に組み込むニャ。それが可能ニャらだいぶ作る魔具の時間と手間が節約できるはずニャ」


赤竜イクスク・ヴェクヲクスの咆哮とほぼ同時である。

勇壮ウジョークィグ〉の巻物は結局二本造られ、それぞれミエとイエタに使用された。

ゆえに彼女に対し≪畏怖たるその身≫は効果を発揮せず、彼女は即座に皆を鼓舞した。

無論意識しての事ではない、彼女にとってのである。


たちまち皆の心に湧き上がる勇猛、勇気。

それは恐怖によって対象の敏捷…即ち『動き』を奪う竜の畏怖を克服し、皆の身体に自由を与える。


直後畳みかけるような炎が扉の向こうから放たれ、通路全体を包み込むが、こちらはイエタの〈火炎免疫ウーサマーニュ・オラフ〉により完全に無効化、炎の海の中をクラスクとキャスが一気に駆け抜けその赤竜に一撃を喰らわせんと火山の火口…彼らの目的地へと突入した。


扉の向こうは自然の岩肌に囲まれた広い空間だった。

直上から僅かながら光が差し込んでいる。

遥か上方にある火口からの月光である。


右の壁の端には沼がある。

真っ赤な沼だ。

それはぐつぐつと音を立てながら時折巨大な泡を浮かべては弾けている。


マグマである。

マグマ溜まりだ。

赤蛇山の活動が活発になればこの火口底すべてを覆い尽くさんとするはずのマグマだったが、今回はまだ端の方にその存在を主張するのみである。


そして遥か直上から降り注ぐ月光とマグマの赤熱によって照らされているのが…部屋の中央部に山と積まれている黄金である。

じっくり見ればそれが様々な財宝が埋まった金貨の山だとわかるだろう。

うず高く積まれたその金貨の、宝石、装飾品の上に……はいた。


この赤蛇山のあるじ。

山の名となり、山脈の名となり、そして川の名ともなりこの地に伝わる厄災の主。

恐怖を撒き散らし、そして人々が抱いた恐れをその身に纏う畏怖の顕現。



多くの人々を殺め、幾つもの国を滅ぼしてきたこの地の生ける災害。

赤竜イクスク・ヴェクヲクス。



それは己の咆哮も炎も効かぬ久々の相手を前に、その黄金の山の上に鎮座したまま威嚇するように小さく唸る。



突然赤竜の左前脚がキャスを貫かんと放たれた。

その巨体からは信じられぬほどの速度である。

まともに食らえばキャスの五体がバラバラになりかねない速度と威力だ。


咄嗟に右斜め前に駆け抜けるように避けるキャス。

相手の横腹に回り込もうとしたのだ。


だがその直後今度は左後脚が彼女に目掛けて放たれる。

普段の彼女であればその攻撃をギリギリで避け、かすめた相手の腕などに反撃を行うところだが、なにせ竜の身体は巨大である。

後脚だけで彼女の肩幅よりも遥かに大きい。


喰らえばミンチ。

その上初見の相手。

どうしても最初は安全策を取ってより大きく避けてしまう。


そうして彼女がさらに右に大きくダッシュした瞬間…視界の横からが飛び込んできた。


尻尾だ。

竜の尻尾である。


たかが尻尾と言っても赤竜のそれは太く巨大だ。

なにせ太さだけで彼女の背丈ほどもある。

場所によってはそれ以上にある。



それが彼女の視界右側を



そう、赤竜の尾が火山の火口を這いずるようにして、金貨や宝石を吹き飛ばし高速でながら迫っていた。






そしてそれは…人型生物フェインミューブにとってはおよそ不可避の範囲攻撃となって、かの竜の前方をまるごと薙ぎ払った。






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